第十五章 断罪劇
私とマスラ様が国を救った三日後。
王宮のローズガーデンに国民や関係者が集められ、フジャーロ王とミサーラ妃の断罪の儀式が行われた。
私は白いドレスを纏って壇上に立った。
隣にはマスラ様が、黒いマントを翻している。
私たちは静かに互いの手を握り合っていた。
「私はケルダ・ミキ・クリムゾンレッドです」
私の方へ声はさほど大きくなかったが、ガーデン全体に重く響き渡る。
「私は魔物や動物の声を聴きます。でも私は『堕天使の血を引く者』だからではありません。ただ世界が、魔物が、動物たちが私に声を聞かせてくれるだけです」
マスラ様は私に続いて声を上げた。
「私はマスラ・フォン・ライゼン。私は魔物を操る者と呼ばれた。けれど私は操ってはない。私は彼らを理解し、制御しているだけだ」
そして私たちは、目の前で枷を着けられて跪くフジャーロ王とミサーラ妃を見下ろす。
私たちの目にはまだ、怒りも憎しみもなかった。
そこあるのは静かで深い、揺るぎない真実だ。
「フジャーロ王とミサーラ妃は私を『悪女』と呼び、マスラ様を『追放者』にしました」
私の方へ言葉にマスラ様が続いて叫ぶ。
「けれど本当に追放されるべきは兄上──フジャーロ・ド・ライゼンと、ミサーラ・ギ・クリムゾンレッドだ。私たちは今ここでそれを証明する」
私たちの瞳に宿る炎は、揺るぎない正義そのものがあった。
これから、フジャーロ王とミサーラ妃の断罪が始まる。
大丈夫。
役者はすでに揃えてあるわ。
さぁ、断罪劇の始まりよ──。
法廷のような重々しい空気の中、マスラ様は手帳を取り出して広げた。
「まずはミサーラ嬢がこのローズガーデンで、ケルダに押し倒された件について説明しよう。ミサーラ嬢は『お姉様に突き飛ばされた』と主張しているが……本当は目撃者が居たんだ」
マスラ様が合図をすると、ガーデンの隅から一人のメイドが現れる。
それは、普段はライゼンの下級貴族の屋敷の端で働く少女だった。
「彼女は偶然、ミサーラ嬢がケルダに押し倒されたという瞬間を目撃していた。証言してくれ」
「は、はい……私はその日、王宮にお使いがありこのローズガーデンを通りました。そのとき、ちょうど落とし物をしてしまって、屈んで茂みの中を探していると……傍にケルダ様とミサーラ様がやってきたんです……」
少女がミサーラ妃を見ると、ミサーラ妃は裏切るのかと言いたげな眼差しを向けてきて。
少女はビクリと体を震わせて怯えて、口を閉ざしてしまう。
そんな少女を庇うようにマスラ様が間に入った。
「大丈夫だ。続けて」
「はい……お二人が仲良く歩いていると思ったら……突然ミサーラ様が倒れられたのです。ケルダ様が驚いて駆け寄ろうとしたのですが……ミサーラ様はわざと大きく叫び声をあげて……まるで押し倒されたように振る舞われました」
人々が息を呑む音が聞こえる。
ミサーラ妃は顔を歪めたまま声を張り上げた。
「嘘ですわっ!! その女は嘘を吐いております!!」
証人の少女は怯えながらも訴え続ける。
「嘘じゃありません! 私、本当に見たんです! あの日……ミサーラ様が突然転んだふりをして──」
「お黙りなさい!」
ミサーラ妃は金切り声を上げて、少女の言葉を遮った。
「証拠は!? そこまでいうのなら証拠があるんですわよね!?」
マスラ様は静かに手を上げてミサーラ妃を制する。
「証拠と言ったな? いいだろう。彼女は今の話を教会の懺悔室で告白した。しかし、そのことをどこからか聞きつけた君は、彼女の実家の借金を肩代わりする代わりに証言しないよう強要した。そうだな?」
「……そ……そんなことっ……! 私は知りませんわ!」
ミサーラ妃は焦って否定するが、もはや手遅れだった。
「彼女はミサーラ嬢の恐喝内容まで教会に報告済みだ。すべて教会に記録されている。ちなみに……ミサーラ嬢がご所望の恐喝の証拠がこれだ」
マスラ様は手帳から教会が残した記録と借金の借用書の写しを、ミサーラ妃の目の前に落とす。
パラリと地面に着地したその紙には、ミサーラ妃の名前がしっかりと書かれていた。
「次に進もう。ミサーラ嬢がケルダにつけられたと言う痣の件だ。ミサーラ嬢──」
マスラ様はミサーラ妃の目の前に跪く。
「ケルダにつけられたという、腕の痣を見せてはもらえないだろうか?」
冷静なマスラ様とは反面、ミサーラ妃は余裕のなさそうな顔でマスラ様を睨み返す。
「……私が嘘を吐いているとでもおっしゃりたいの? いいですわ、見せてさしあげます」
ミサーラ妃が枷のついた腕を上げると、ヒラヒラしたウェディングドレスの袖が捲れ、腕に残った痣が露わになった。
「ほら、ありましたでしょう? これがお姉様につけられた痣でございます」
ミサーラ妃は目をうるうるとさせ、涙を流しだす。
「私はっ……ずっとずっと……お姉様に虐げられてまいりましたっ……私っ……怖くて……けれど誰も助けてくださらなくてっ……」
嗚咽をあげながら泣き崩れ、ミサーラ妃はいかにも悲哀に満ちたか弱い少女を演じた。
嗚呼、そうか。
こうやってフジャーロや周りの人間を騙してきたのか。
そう思うと、ミサーラ妃の嘘泣きに反吐が出そうになる。
「ミサーラ嬢。ちょっと失礼」
マスラ様はそんなミサーラ妃に気を遣う素振りをまったく見せず、その腕を掴んだ。
「え、……な、なんですの……?」
ミサーラ妃の腕を掴み痣をまじまじと見て、マスラ様は懐から小さな小瓶を取り出す。
その小瓶は、ザルカスの城下町に買い出しに行ったときにマスラ様が購入していた薬液の瓶だった。
マスラ様がその中身をミサーラ妃の腕にかけると、痣がみるみる内に変色し、発光しだす。
そして、その周りにいくつもの指紋の痕が浮き上がってきた。
「世の中には不思議な薬が沢山あってな。人の肌に触れると、痣のような痕を浮かび上がらせる代物があるそうだ」
マスラ様は、発行するミサーラ妃の痣を指先で撫でる。
「その薬草を使って出来た痣は特定の試薬に反応して、こうやって変色し、発行する性質があるんだ。それもご丁寧に、塗ったときに付着した指の痕も浮かび上がらせてくれる」
マスラ様は指紋の痕を強く押し込んだ。
ミサーラ妃の腕から、骨がミシリと軋む音が私の耳にも届く。
「痛っ……痛いですわっ!」
あまりの痛みにミサーラ妃は顔を歪め、本物の涙を流しだした。
「この指紋を調べれば……痣をつけた人物は誰かすぐに分かるだろう。検視官、こちらへ」
呼ばれた検視官はマスラ様のもとへ行くと、予め用意しておいた私の指紋と、ミサーラ妃の腕に浮かび上がる指紋を見比べて調べる。
「この指紋は……ケルダ様の指紋ではありません」
「ミサーラの指紋かどうかも調べられるか?」
「はい」
検視官はその場でミサーラ妃の指紋を採取し、先程のように腕の指紋と見比べた。
「腕に浮かんだ指紋は、ミサーラ様のもので間違いなくありません」
「そうか」
マスラ様は捨てるようにミサーラ妃の腕から手を離し、立ち上がるとミサーラ妃を冷たく見下ろす。
「つまり……この痣は自分でつけ、それをケルダのせいにした、ということだな?」
「ち、違います! 違いますわ!! これは……!」
マスラ様に縋るように伸ばされたミサーラ妃の腕は、虚しく宙を舞った。
「証人は他にもいる。例えば……」
マスラ様が合図すると、新たな証人が現れる。
それは、ミサーラ妃付きの老いた侍女だった。
「私は……ミサーラお嬢様が赤子の頃から記録をつけております」
老いた侍女は恭しく巻物を捧げる。
「お嬢様がお化粧台で痣をお作りになられ、それを見つけ出した私に『誰かにこの痣の事を聞かれたら、お姉様にやられたと言いなさい』と仰せつかりました……そして……」
震える声で老いた侍女は言葉を続けた。
「あの虫の騒動も……お嬢様の計画でした……」
私がミサーラ妃の頰を叩いたと、フジャーロ王に責められたときのことだろう。
マスラ様は手帳からミサーラ妃付きの年配の侍女の方へ目線を移した。
「件の事件は目撃者が兄上だけだと思われていたようだが……彼女も事件の一部始終を目撃していた」
「う、嘘ですわ! そんな都合よく目撃者がいるわけありませんことよ!!」
ミサーラ妃の喚きはその通りである。
本来であれば、そう都合よく目撃者がいるわけがない。
ただ。
脳足りんなミサーラ妃が立てた計画はどれもお粗末なもので、ちょっと調べただけで証拠も目撃者も沢山見つかった。
なぜ今までそれが露見せず王妃にまでなれたかというと、それをすべて私の継母──つまりはミサーラ妃の母親が公爵家の財力と力で捻じ曲げてきたからである。
マスラ様は呆れた様子でため息を吐きつつ、手元の手帳を捲った。
「では、次は虫の騒動の話をしよう。兄上──あなたはケルダがミサーラを叩いたところを『目撃した』と証言していますね? 詳細を教えてください」
「……ミサーラがケルダに平手打ちされて倒れ込んだんだ。だから私は二人に駆け寄って、ケルダに何故妹を叩くのかと問いただした」
フジャーロ王の私を責めようとする物言いに、マスラ様は険しい顔をする。
「ならば、現場を再現してみましょう──」
マスラ様が支持を出すと、その場に簡易なセットが用意された。
「では、ミサーラ嬢を赤い印のつけた場所に。ケルダ、君はミサーラの手前にある白い印の上に立ってくれ。兄上、あなたは支持された場所に立ってください」
三人が指示された配置に着くと真実が見えてくる。
フジャーロ王が立っているところから見ると、私がミサーラ妃を叩いているように見えてもおかしくはない。
だが。
実際にはミサーラ妃と私の間には距離があり、倒れるほど力一杯叩くのは難しいのだ。
「仮にケルダがミサーラ嬢を平手打ちしたとして……果たして張り倒すことができるだろうか?」
マスラ様の問いかけに人々は唖然とする。
冤罪は明白なのに、フジャーロ王は食い下がらなかった。
「私が見間違えるはずがない! それに! 私はこの耳で頬を叩く音を聞いているのだ!」
確かに、あのときミサーラは自ら頬を叩いて音を出してから倒れ込んでいたわね。
「……なるほど。ではこれを見てください」
マスラ様は王宮医に取り寄せさせておいた、当時のミサーラ妃の怪我の診断書を取り出し、皮膚の治療記録を周りに見せつけた。
「これは爪で引っ掻いた傷だ。おそらくミサーラ嬢は自分自身を叩いたとき、誤って頰を引っ掻いてしまったのだろう。この引っかき傷の角度と深さ。そして叩かれた痕を調べれば、ミサーラ嬢が自ら頬を叩いたことは明白だろう。そのことは、この診断書が証明している」
マスラ様が説明すると、フジャーロ王は目を見開く。
「馬鹿なっ……ミサーラが……どうして……?!」
ここまで証明しても、フジャーロ王は完全には理解しようとしなかった。
ならば容赦はしない。
私は一歩前に出ると、フジャーロ王の目の前に立つ。
今度は私がマスラ様の冤罪を晴らす番だわ。
「フジャーロ様。あなたはミサーラがマスラ様に虐げられていると周囲に嘘の情報を流しましたね?」
「……何のことだ」
「白ばくれても無駄ですよ。全部分かっています。マスラ様が追放された件は……あなたがミサーラと結託して仕組んだことでしょう?」
フジャーロ王の肩が微かに跳ねたのを、私は見逃さなかった。
「私が知っているだけでも、四人もの貴族令嬢があなたから接触を持った記録があります。あなたは彼女たちに『ミサーラがマスラ様に虐げられている』という嘘を広げる協力を呼びかけましたね?」
「……」
「黙秘ですか。いいでしょう。ならば見方を変えましょう」
私が指をパチンッと鳴らすと、大量の宝飾品やドレス、そして手紙が運ばれてくる。
「噂によればマスラ様はミサーラを虐げていた。しかし、ここに集められたのはすべて、ミサーラの部屋から押収した、マスラ様からミサーラに送った品々と手紙です」
ライゼン王国の貴族の間では、愛情の意を込めて婚約者や妻にその人の瞳の色の物を送る風習があった。
そして。
ここにある宝飾品やドレスの殆どは、ミサーラ妃の瞳の色と同じ青色を貴重に作られている。
手紙の文面も暖かく相手を慮る内容のものばかりで、政略結婚だったとはいえ、マスラ様はマスラ様なりにミサーラ妃のことを想っていたことが伺えた。
ちなみにミサーラ妃からのマスラ様への返事はすべて侍女の代筆させていて、内容も形式的であり、マスラ様を敬愛する様子は欠片も感じられないものであった。
マスラ様は政略結婚の相手でもちゃんと敬愛できる、真っ当で素晴らしい方だったんだわ。
そんな方を追放するだなんて。
絶対に許さないから。
私は周囲に訴えかけるように見回しなが声を張る。
「どれもこれもマスラ様からの情を感じるものばかりです。これを見てもまだ、マスラ様はミサーラ妃を虐げていたと言えるでしょうか?」
私はフジャーロ王の反論を待った。
しかし、フジャーロ王はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頭を垂れる。
「……そうだ……私がマスラがミサーラを虐げていると……嘘を流した」
「認めて頂いて感謝いたします。では、お次はミサーラが襲撃された事件のことです。供述によればミサーラはマスラ様と二人きりのときに黒い服の男に襲われたそうですね。そうよね、ミサーラ」
私が問いかけると、ミサーラ妃は渋々といった様子で答えた。
「えぇ、そうですわ」
「詳しく話を聞かせてもらえる?」
「あれは、マスラ様とご一緒にお出かけしたときのことですわ──」
ミサーラ妃の話によると、襲撃のあった日は先にあった予定が急に無くなり、マスラ様と一緒に外出することになったらしい。
街を歩いていたら突然黒い服の男が現れて、ミサーラ妃を刺そうとしてきたんだとか。
「……護衛の騎士がすぐに男を捕らえましたので、大事にはいたりませんでしたけれど……私……とても怖かったですわ……」
「そう。ではフジャーロ様、捕らえたその男はなんと供述しましたか?」
私が冷静に尋ねるとフジャーロ王は堂々と答える。
「この私の前でハッキリと、『第二王子の差し金だ』と白状した」
「それこそが最大の嘘なのです。捕まえた男には致命的な矛盾がありました」
私は封筒に入れられた、とある書類を取り出した。
「これは男が持ち歩いていたターゲットである、ミサーラの日程表です。見てください」
封筒の中から書類を出し、広げて見せる。
「この日程表には大きな特徴が二つあります。一つ目はミサーラの私室に置いてあるカレンダーの、特別なマークが写っていること。二つ目はミサーラ付きの侍女の筆跡で、急遽日程が書き換えられた後があるということです」
ミサーラが使っているカレンダーを、捕まった男が持っていたとされる日程表と照らし合わせた。
「つまり、犯人はあらかじめミサーラの行動を知らされていた。そして誰かに依頼されたにせよ──情報源は王宮内部ではなく、ミサーラ陣営内部にあったということです」
「馬鹿なっ……! そんなもの偽装だ!」
フジャーロ王が声を上げたが、誰も信じる様子はない。
「さらに重要なのが報酬の出どころです。男は『金貨で雇われた』という供述がありました」
私は金貨の入った袋を広げ、皆に見えるよう簡易でガーデンに置かれた円卓中央に乗せた。
「この金貨はすべてクリムゾンレッド公爵家が、領内で鋳造している限定流通の金貨です。通常の鋳造とは異なり、紋章の横に小さく“R”と刻印されています。そして──」
捕まった男から没収された金貨を数枚を取り出して、公爵家の金貨の隣に持った。
「ご覧のとおり、没収した金貨にも同じ“R”刻印があります。これを徹底的に洗い出すと、実はミサーラが贅沢品購入のために宝石を質に入れた資金と同じものが使われていました。つまり、黒幕は他ならぬミサーラ本人です」
人々の視線がミサーラ妃に集まる。
その顔は蒼白になり、唇を噛み締めていた。
あらあら?
そんな顔をするのはまだ早いわよ?
ミサーラ。
「フジャーロ様。男の逮捕後、ミサーラ妃を殺害を目論んだ証拠を探すためにマスラ様の自室を捜索させましたね? そのとき、部屋からは何が出ましたか?」
フジャーロ王は私の目をまっすぐ見据える。
その瞳には、どこか怒りが満ちていた。
「マスラの部屋からは……ケルダ、君の肖像画と恋文が見つかった」
当時、婚約者だった私がマスラ様と恋仲なのではないかと疑ったフジャーロ王は、それはそれは腹を立てたそうだ。
怒りに満ちた顔をするフジャーロ王の反面、私は不敵に笑みを浮かべる。
「まさにそれこそが、決定的な偽装工作の証拠です」
私は近くに控えていた、魔法考古学者に目配せをした。
考古学者の老人は、水晶玉と虹色に輝く粉が入った小瓶を携えて進み出てくる。
「この粉は『魔力残留トレーサー』とゆうてな──」
彼は提示された証拠である、私の肖像画と手紙に粉を振りかけた。
瞬く間に表面に淡い青い筋が浮かびあがる。
「見るがいい。ここに浮かんでいるのはマスラ様の魔力痕ではない。まったく別の波長じゃ。この波長は──」
老人は人差し指を立てて、ミサーラ妃を指し示した。
「クリムゾンレッド家の血統にのみ現れる『紫水晶の波動』──」
「待て」
フジャーロ王が老人の言葉を遮る。
「クリムゾンレッドの血統の痕ならば、ケルダだってあてはまるだろう? ミサーラが仕掛けたとする証拠にはならない。ケルダの仕業かもしれない」
すると老人は、フジャーロ王に向かって首を横に振って見せた。
「この『紫水晶の波動』には『黄金の波動』も混じっておる。『黄金の波動』はライゼン王国の王族の血統に現れる波長じゃ」
ミサーラ妃の母親は王家の親族に当たる。
その娘であるミサーラ妃にも、王家の血は受け継がれているはずだ。
「肖像画と手紙からは、マスラ様の波長もケルダ様の波長もまったく残っとらんかった」
つまり──
「これらの物品は、ミサーラ嬢自身が触れたものに間違いないのじゃ」
老人の話に、ミサーラ妃は短い悲鳴を上げる。
「わ、私じゃないですわ!! そんなもの見たことも──!」
「黙れ」
マスラ様の静かな怒号が飛んだ。
「次は手紙のインクの鑑定をしてましょう。お願いします」
次に呼び寄せたのは、初老の化学者である。
彼は私の支持に従って恋文とされる手紙を慎重に分析器具にかけ、計測器を凝視した。
「興味深い結果が出ました」
科学者は次に分析結果のグラフを見せる。
「手紙のインクの酸化層を測定したところ……乾燥度合いから推定すると『発見される三日前』に書かれたものと思われます。手紙に書かれている日にちと異なります」
彼は言いながら手紙に書かれた日付を指差した。
私は続けて自分の肖像画を前に突き出す。
「そして私の肖像画ですが、発見された当初はまだ絵の具が乾いていなかったそうです。普通、まだ乾いていない絵を画家が依頼主に渡すでしょうか?」
答えはおそらく否、だ。
そんな素人みたいな仕事を、仕事に誇りをもっている画家がする筈がない。
王宮の専属画家なら尚更だ。
提示された証拠の数々を見て、群衆から驚きの声が漏れる。
「さらに決定的なのがこちらです」
私はまた別の証人を招き入れた。
ライゼン王国唯一の『時間干渉式保存術師』と呼ばれる女性だ。
彼女は額縁の中に埋め込まれた『時間保管晶石』──絵や書類が描かれた時点の時間を保持する装置──を取り出す。
「この晶石に映し出された映像をご覧ください。肖像画が完成したとされる日付に対し……実際の制作時期は『捜査開始の二日前』でございました。お次はこれを見てください」
女性はそう言うと、次いで盆に水を張った幻影映像装置というものを起動させた。
水盆に映し出されたのは、ミサーラ妃が深夜に一人でマスラ様の部屋に忍び込み、棚の奥に肖像画と手紙を隠す姿である。
「う……嘘よ……! ねつ造映像ですわ!!」
ミサーラ妃は金切り声を上げるが、女性は落ち着いた声で続けた。
「この映像は『過去再構築魔法』によって正確に復元されたものです。改竄不可能であることは保証致します」
ミサーラ妃の顔が真っ青になる。
ついに反論すらできなくなったようだ。
しかし、これが最後ではない。
これから、私とマスラ様を追放に追い込んだ『黒の魔導書の複製』と『第一王子殺害計画の魔導陣の設計図』事件の真相を暴く。
「次に話題にするのは『黒の魔導書の複製』と『第一王子殺害計画の魔導陣の設計図』の件です」
私はミサーラ妃とフジャーロ王を交互に見た。
フジャーロ王は困惑した様子で私の方を見ていたけれど、ミサーラ妃は顔を横に逸らす。
私は構わず資料を手にし、前へ出た。
「私の字で複製された『黒の魔導書』が私の自室の机に置かれ、マスラ様の字で『第一王子殺害計画の魔導陣の設計図』がマスラ様の机の中にあったという事件ですが……これらには決定的な矛盾が存在します」
私はまず『黒の魔導書の複製』と称される羊皮紙の束を掲げる。
それは、古代語で禁術が書き記された禁忌の書の複製品だという。
「こちらは私の筆跡だとされていましたが……」
私は傍らに控えていた魔道具技師を呼んだ。
彼が持つのは『筆圧解析クリスタル』という特殊な装置である。
「この装置はインクの沈み込み具合から筆圧を測定できます。ケルダ様の日常の筆跡サンプルと、この魔導書の筆圧を比較してみましょう」
装置が輝き始めると同時に、立体映像が浮かび上がった。
私の筆跡は均一な筆圧で安定しているが、問題の魔導書の筆圧は局所的に強く押し付けられている。
「ケルダ様の筆跡には、文字の右上角だけ僅かに筆圧が弱まるという癖があります。それを踏まえたうえで、ここに注目してください」
映像が拡大されると、私の筆跡ではあるはずの右上角が妙に濃くなっていた。
「これは『無理に模倣しようとした』証拠です。特に難解な古語の連続で筆が疲れると、癖とは逆に筆圧が上がってしまっています」
私はミサーラ妃の方を見る。
「つまり、この『黒の魔導書』は私以外の人間が書いたことになります。これが第一の矛盾点です」
ミサーラ妃は口元を震わせているが反論しなかった。
「次は時間の矛盾です。先程のマスラ様の手紙と同じように、インクの乾燥速度を調べた結果──」
先程の科学者の助手が、羊皮紙の一ページを透明容器に浮かべて示す。
「『黒の魔導書』にも『第一王子殺害計画の魔導陣の設計図』にも『王宮工房製の耐魔性顔料』のインクが使われていますが、発見当初は乾燥に要する時間がわずか一日半しか経過していませんでした。数年も前から密かに研究していたと思われる『第一王子殺害計画の魔導陣の設計図』とは整合性が取れないのです」
さらに、私は市場調査を担当した商人の報告書を読み上げた。
「『王宮工房製の耐魔性顔料』のインクは事件当時、半年ほど前に新規発売されたばかりのものでした。しかもインクを販売していた店の記録では、複製された『黒の魔導書』が発見される前日に、ミサーラお付きの商人がまとめて購入しています」
群衆から驚きの声が漏れるなか、ミサーラは青ざめながらも言葉を紡ぐ。
「た……たまたまですわ……! そんな証拠があっても……あの文字はお姉様の筆跡に間違いありません!!」
「偶然にしては出来すぎるわね。れけど決定打はこちらにあるわ」
私に呼び寄せられた鑑定魔術師が、問題の書物に指を這わせると、水晶球に魔力を注ぎ込んだ。
「この文章の中には、いくつか不自然な文字変形があります」
水晶球に映し出されたのは『Kerda』のスペル。
一部の『d』の尻尾が丸まっており、私の書く字ではあり得ない形をしている。
「これはミサーラの幼少期の教師が教えた旧式の筆記法です。特に『d』を丸める癖は、王都外れの特定家庭教師学校で習った者に特有のものです」
古い手帳を広げて見せると、そこには幼い字で走り書きされたメモがあり、間違いなく今のミサーラと同じ癖が見受けられた。
私から資料を引き継いだマスラ様は、『第一王子殺害計画の魔導陣』を高く掲げる。
「この『第一王子殺害計画の魔導陣』を見てほしい。私としては『なぜこんな稚拙な図面を提出したのか』という疑問でいっぱいだ」
そこには確かに魔術陣らしい模様が描かれているが、あきらかに未完成の欠陥品だった。
基礎知識のある魔導士なら、誰でも気づくような間違いが多々あるからだ。
「まずここの導線の数。三重結界を作るには最低七本必要だがここには六本しかない。そもそも中心に描かれた『制御核』の術式が逆さまだ。これは子供でも気付くほどの初歩的なミスではないだろうか」
ミサーラ妃は魔術陣の授業を家庭教師から受けていたようだが、どうやら才能がないようで、魔術陣を書くのか苦手だと聞いたことがあった。
『第一王子殺害計画の魔導陣』に描かれている魔術陣は、魔術陣の知識はあるが書きなれていない者が書いたことが伺える。
子供でも気付くほどの初歩的なミスも、ミサーラ妃が書いた魔術陣ならありえるのだ。
群衆が騒然となる中、マスラ様は言葉を続ける。
「次に、魔導紙の透かしを見てほしい」
透かし彫り技術に精通した職人が一礼し、照明魔道具を手に図面を照らした。
すると紙の中央に薄く『M』と『K』を組み合わせた紋章が浮かび上がる。
「これはミサーラ嬢の私物に使われている紋章と同じだ。もちろん、私の部屋の備品には一切採用していない」
「そ……それは……!」
ミサーラ妃が立ち上がろうとするが、傍らに居た騎士に阻まれた。
「更に、複製された『黒の魔導書』の羊皮紙にも同じ紋章が刻まれている」
マスラ様が補足すると、職人は鑑定用の水晶板を取り出し、複製された魔導書とも重ね合わせる。
光透過確認板越しに覗けば、確かに紋章が重なった。
「しかも両方ともに『魔力を通した印』が残っています。この紋章部分だけが微妙に魔力結晶化しており──」
魔道具技師が指先で紋章に触れると、紫と金色の火花がパチパチと散る。
「これは、使用者がミサーラ様本人であることを証明する『魔力指紋』です。痕跡を消したつもりだったのかもしれませんが、魔法学院時代に作った研修用魔導具の癖までは消せなかったようですね」
『黒の魔導書の複製』と『第一王子殺害計画の魔導陣の設計図』がミサーラ妃が偽造したものだと思い知らされたフジャーロ王は、明らかな敗北感をその表情に滲ませていた。
「ミサーラ……嘘だったというのか? 私を……我々を欺いていたのか……?」
「違う……違いますわ陛下! 私は何も……!」
ミサーラ妃の抗弁はもはや意味を成さない。
周囲の貴族たちも、もはやミサーラ妃を庇う意思など皆無だった。
私は最後の仕上げに、ミサーラ妃がユニコーンの角を求めるために、密猟者と結託してユニコーンを捉えようとしていた証拠を見せる。
「ミサーラは国際的な法さえも犯しました。この罪は正しく裁かれるべきです」
ミサーラ妃の細い喉が空気を吸い込む音が、ローズガーデン全体に響き渡った。
ミサーラ妃の瞳には怒りと憎悪が渦巻き、唇は瘧のように震えている。
「こんなの……嘘よ……全部嘘……私は悪くないですわ! 悪いのはお姉様ですことよ! だってお姉様は──」
悲鳴に近い叫び声が空を裂いた。
「『悪女』なのですから……!!」
その声に、その童顔の顔を鬼のような形相を変えたマスラ様が、静かに一歩前に出る。
そして、静かに胸ポケットから取り出したあるモノを突きつけた。
それは銀の手鏡──真実を映す魔道具だった。
「見てみろ。鏡には誰が映っている?」
「……え……」
鏡面は曇り一つないのに、そこに映るミサーラ妃の顔だけに黒い靄がかかる。
「え……なに……?」
「この鏡に映るこの顔こそが、君の『真実』だ」
鏡の中のミサーラ妃の姿が、突然変わり始めた。
老婆のような皺だらけの顔になり、長い髪は灰白に染まり、目つきは狡猾な蛇のように変わる。
「な……なに……これ……」
「偽りを纏い過ぎたな。この鏡は真実を濾過しない。君が幾重にも塗り固めた嘘が、君の顔を老いさせ、醜く映す。それがこの魔道具の役目だ」
ミサーラ妃は鏡を奪おうと手を伸ばしたが、鏡面に触れた瞬間火花が散って弾かれる。
「きゃあっ……!!」
「君は誰よりも君自身を欺き続けてきた。君の本性は、自己愛と嫉妬に囚われた……醜い化け物だ」
魔道具の鏡は輝き続け、鏡の中のミサーラ妃の口が勝手に動き出した。
『私が本当に欲しかったものは何……? フジャーロ様……? 権力……? 美貌……? 違う……違うの……私は……もっと……』
鏡の中のミサーラ妃の声は、まるで他人のようで、それでいてどこか懐かしい幼い響きを持っている。
「やめて!! 聞きたくない!!!」
ミサーラ妃は枷のつけられた両手で耳を塞いだ。
しかし声は止まらない。
『もっと……愛されたかった……でも……愛されることだけを求めすぎた……だからお姉様への憧れを憎しみに変えた……だから……』
鏡の中のミサーラ妃の頬に涙の筋が、一筋、二筋と流れた。
『……だから……私は……自分が一番嫌いなの!!』
「やめてぇええええ!!!!」
ミサーラ妃の絶叫と共に、
──ガシャン!
魔道具の鏡は砕け散り、無数の破片が芝生に散らばり落ちる。
ガーデンが異常な静寂に包まれた。
まるで時が止まったかのように。
やがて私は、静かに口を開いた。
「これにて全ての証拠が揃いました。私とマスラ様に対する悪質な名誉毀損と陰謀工作──」
私が言い終わらぬうちに、宰相閣下が進み出て厳かに宣告する。
「フジャーロ・ド・ライゼン国王陛下並びに、ミサーラ・ギ・クリムゾンレッド王妃陛下! 今このばを持ってしてその王位を剥奪し、身柄を正式に拘束する!」
フジャーロは王座から降ろされその場で、国外へ追放されることがこの場で決定された。
彼が送られるのは、毒草以外は生えていない不毛の地。
作物も水もない土地へ捨てられる。
それは、処刑を言い渡されたようなものではないだろうか。
王妃の座から落とされたミサーラも、ライゼン王国を追い出されて国際裁判にかけられることとなった。
ユニコーンの密猟は、関わるだけで重罪だ。
きっと極刑は免れない。
ミサーラの母親は、クリムゾンレッド公爵家から除籍された。
屋敷を追い出され、路頭に迷うことになるだろう。
爵位は私に返還され、父が亡き今、私がクリムゾンレッド公爵となった。
奪われた物が戻ってきたような気がして、嬉しいような、懐かしいような、不思議な気持ちになる。
衛兵たちが一斉に動き出し、鎖の音とともにフジャーロとミサーラを捕縛した。
項垂れるフジャーロの瞳には絶望が宿り、ミサーラは狂ったように笑い出す。
「ウフフフ……アッハハハハ! バカみたい! みんなバカばっかり! アハハハハハハハハハハハ」
その哄笑が雲ひとつないローズガーデンに響き渡った。
ミサーラはそのままその場に蹲り、ぐずる子供のように泣き崩れる。
彼女の事を慰める者など、今や誰ひとりいなかった。
ふと、スカートの裾から覗くミサーラの足が目につく。
その足には、私が国外に追放されるときにミサーラに『お姉様からの最後の贈り物』と称して脱がされた、白い靴が履かれていた。
一瞬、その靴を脱がしてしまおうかと考える。
『妹からの最後の贈り物』と称して。
しかし、それではミサーラと同じだ。
冤罪は晴らされた。
私はもう、『悪女』じゃあない。
だから、最後にこの言葉を贈ろう。
「愛しき妹──ミサーラ。あなたは──すべてを狂わす『悪女』です」
これが、姉である私からの最後の贈り物だ。
私は静かに立ち尽くしながら、怒りとも安堵ともつかぬ感情を胸の奥で交錯させる。
背後から柔らかな手が肩に触れ、振り向くと、マスラ様が穏やかな笑みをこちらに向けてくれていた。
「ありがとう、ケルダ。君のおかげで自由を取り戻せた」
「いいえ……全てマスラ様のおかげです」
マスラ様の手に自分の手を重ね、その肩に頬を擦り寄せる。
私たちのやり取りを遠巻きに見つめていた貴族たちの間で歓喜の声が上がり、その波はやがてガーデン全体に広がっていった。
フジャーロとミサーラは騎士にひきずられるように、ローズガーデンから連れ出される。
私は咄嗟にフジャーロの腕を抱える騎士を止めた。
「待ってください。彼と……フジャーロと二人きりでお話させてくれませんか?」
「ケルダ……!?」
マスラ様は驚いて、私を見る。
私は膝を着き、手を組んで祈るように懇願した。
「お願いします。どうしても、彼とお話したいことがあるのです」
騎士たちも困惑したように互いを見合わせたが、私の要求に応じてくれる。
マスラ様は心配そうに、跪く私に手を差し伸べた。
「ケルダ、大丈夫なのか? 私も一緒に……」
「大丈夫です。ただお話をするだけですから」
「……何かあればすぐに私を呼んでくれ。助けに駆け付けるから」
「ありがとうございます、マスラ様」
マスラ様は手を取って立ち上がった私のことを抱きしめると、騎士たちと共にローズガーデンを後にする。
すべての人々はその場を後にし、静まり返ったガーデンに、私とフジャーロの二人だけになった。




