第十三章 告白と復讐
カラスを使ってライゼンの情報収集を初めて、早数週間が経った。
ライゼン王国では戴冠式が行われ、フジャーロが王に即位したらしい。
これで彼はフジャーロ殿下ではなくフジャーロ陛下……いえ、フジャーロ王となった訳ね。
私はフジャーロ王が順調に昇格した事に一瞬奥歯を噛み締めたが、気持ちを切り替えるべく次の報告をカラスから聞くことにした。
報告を聞き終えると、私はマスラ様のもとへ向かう。
書斎の手前まで行くと、開かれたままのドアを軽く叩いた。
「マスラ様。ちょっと宜しいでしょうか?」
テーブルで書類を確認していたマスラ様が顔を上げて、私の方を見て微笑む。
「ケルダ? どうした?」
「新しい報告が入ったので、お伝えにきました」
私はテーブルの手前まで行くと、紙に書いてまとめた報告書をマスラ様に手渡した。
その報告内容に目を走らせたマスラ様は、顎に手を当てて考えこむ。
「兄上が国王に即位したか……」
「はい」
「ここ数年、王都ライゼンで魔物の脅威が急激に減っている、というのは? まさか自然に減少したわけではないよな?」
「教会は『フジャーロ王の治世が魔物を静めている』と説いているようですが……じつは、それに関して私に心当たりがあります」
ライゼンの王都にある大聖堂の地下には、古代の魔導陣が描かれてある。
そこに建てられた巨大な聖母子像の彫刻には、魔物の声を吸収する『静音の結界』が張られていた。
それによって、王都に住む人々には魔物の声はおろか、気配すらも感じないようになっている。
王都から出さえしなければ、平和そのものだろう。
見せかけの平和、というものだが。
「正妃教育の一環で、一度だけその聖母子像を見せていただいたことがあるのですが……あれは非常に危険なものです」
その彫刻は魔物の声を吸収しているが、その声は魔物たちのなかで反響し、意思を狂わせる。
ライゼン王国は聖母子像を使って、魔法で魔物を『支配』しているのだ。
しかし──
「いつか……限界を超えます」
「……限界を超えたら、どうなる?」
「すべての魔物が王都ライゼンへ雪崩れ込むことでしょう」
それを聞いたマスラ様は、顔を顰める。
きっと、追放されたとは言え、祖国の事を案じているのだろう。
「……恐ろしい事だな」
「けれど、これは好機でもあります」
「好機……?」
訝しむ表情をするマスラ様に、私は頷いて見せた。
「これを利用して多くの命を救えば、私たちは英雄と呼ばれ、私たちを貶めたフジャーロ王とミサーラに復讐が出来ます。そうは思いませんか?」
もちろん、そうなるように前段階を積み立てていく必要はあるが。
マスラ様はしばらく黙ったあと、手にしていた報告書を置いて立ち上がった。
そして、私の隣へとやってくると、テーブルに腰を乗せる。
「見かけより頼もしい性格をしているようだな、ケルダは。王宮で見かけたときは、物静かで穏やかそうに見えたんだが」
触れそうなほど間近にマスラ様の身体があって、鼓動がドキドキと速まった。
速まる鼓動を悟られたくなくて、私は視線を横に逸らす。
けれど、頬が熱くなるのはどうしても抑える事が出来なさそう。
「ま、マスラ様こそっ……物腰穏やかな方だと思っていましたのに……どうして復讐を手伝ってくださるのですか?」
ライゼンにいた頃は、マスラ様とはあまり面識はなかったけれど。
遠目に見る分には、感情では動かず、何があっても『復讐』なんて口にされるお方には見えなかった。
私の問いに、マスラ様は何故か照れくさそうな顔をする。
「自分でも……よく、分からないんだ……」
「……と、言いますと?」
「復讐を決意したとき……ケルダの受けた仕打ちが酷いと感じた。そして、なぜか護りたくなったんだ」
「護りたい……って……それは……」
「……私の中にある……正義感が働いたんだと思う」
マスラ様の横顔を見ていると、その左顔が薄紅色に染まった。
「ケルダの事を思うと……胸の奥が熱くなって。つい……感情で動いてしまうんだ」
「それは……どうして……ですか?」
「どうしてだと思う?」
マスラ様は悪戯な笑みを浮かべながら立ち上がると、私の方へ身体を向ける。
その手が私の頬に添えられて。
「ケルダ。好きだ」
私の唇に、マスラ様の唇が重なった。
一瞬。
目の前の出来事が。
現実なのかわからなくなる。
胸の高まりは最高潮に達して。
心臓が喉元まで跳ね上がってきたかのように高鳴って。
唇がゆっくりと離れると、間近にあるマスラ様の大きな目と目線がぶつかった。
「私と、結婚してくれないか?」
頭が。
真っ白になる。
けれど。
──嬉しかった。
──本当に、本当に嬉しかった。
現実に戻ってくると、途端に涙が込み上げてきて。
泣かないように涙を堪えると、言葉が出てこなくなった。
「今すぐ答えなくていい。復讐を終えたあと、返事を聞かせて」
私はやがて、小さく頷く。
「……はい、必ず」
その夜。
私たちは王都ライゼンでの『救世計画』を本格的に立て始めた。
魔物からライゼンを守って民の信頼を得て。
そして、フジャーロ王とミサーラのにかけられた冤罪を晴らす。
その為に、私たちはライゼンの国内外から協力者を募った。
運命の日は突如として訪れる。
王都ライゼンに大量の魔物が出現したという報が、カラスを通じて入った。
「行くぞ、ケルダ! 私たちの復讐が始まる!」
「はい!」
マスラ様はユニに飛び乗り、追うように私もエルに跨る。
私の胸には復讐心が熱く燃え上がっていた。
今まで蔑まれて来た屈辱。
奪われた時間。
踏み躙られたプライド。
全てを清算するために。
「絶対に──許さないわ」
私はポツリと呟いて、エルの手綱を強く引いた。




