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第十二章 白銀のウェディングドレス


 私は朝早く目を覚ますと、まだ薄暗いなか厩舎へ向かい、エルに跨った。

 ギルドに入れてもらえたことによって収入を得たので、そのお金を持って、ザルカス王国に降り立ったときに最初きた村へと向かう。

 目的は、あの時売ってしまった亡き母のウェディングドレスを買い戻すためだ。

 村に着くと乗って来たエルを適当な場所に繋いで待たせて、ウェディングドレスを売った質屋を訪ねた。


「すみません。以前ここでドレスを売った者ですが……あのドレス、まだありますか? 白銀色の……ウェディングドレスなんですが……」


 店の奥から年配の店主が顔を出すと、面倒そうな顔をする。


「あー。あれはもう余所に売っちまったよ」

「えっ、……あ……そう……ですか……」


 私は肩を落として店を出ると、エルが心配そうな顔を向けてきた。


『ケルダ、どうしたの? どっか痛いの?』

「いえ……何でもないのよ。心配かけてごめんなさい……帰りましょう」


 私はエルに乗ると、ギルドへ向かって来た道を戻る。

 ギルドの建物の近くまで行くと、建物の入り口に立つマスラ様を見つけた。

 ギルドでは、持ち回りでザルカス王国の城下町へ買い出しに行くことになっていて、今日は私とマスラ様がその担当だった。

 私はエルから下りると、マスラ様のもとへ駆け寄る。


「申し訳ありません。遅くなりました」

「ケルダが一人で外出とは珍しいな。何かあったのか?」

「いえ……大したことではありません」

「そうか。ならさっそく買い出しに行こう」

「はい」


 マスラ様は連れてきたユニに跨ると私もエルに再び乗り、二人でザルカス王国の城下町へ向かった。

 都市の喧騒が近づいてくるにつれ、私は少し緊張する。

 ライゼン王国でも城下町へ下りたことはあったが、ザルカス王国は文化が違うため町の雰囲気がまるで違う。

 遠目から見えるザルカス王国の城下町は、まるで別世界のようだった。


「今日は何を買う予定ですか? マスラ様」


 道中マスラ様にそう尋ねると、マスラ様はギルドのメンバーたちが書いた欲しい物リストを私に手渡す。


「主に薬草類と食料品だ。あと俺も、新しい薬剤も買いたいと思ってる」

「どこからまわりますか?」

「まず市場に行って野菜類を買って、それから薬師の店に向かおうと思っている」


 マスラ様は経験豊富で頼れる男の人だ。

 ギルドで働いているメンバーの中でも特に知識が豊富で、ギルドメンバーからの信頼も厚い。

 私もそんな風になれるかしら?

 そんなことを考えながら、私はエルの手綱を引いていた。


 ザルカス王国の城下町に到着すると、そこには活気に満ちていた。


 石畳の広場には露店が立ち並び、人々の笑い声や話し声が絶え間なく響いている。

 想像以上の賑わいに、思わず圧倒されてしまった。

 ユニとエルを厩舎に預けると、私はマスラ様と共に市場に入る。

 色とりどりの果物や野菜が山積みになっている光景は壮観だった。

 息を吸い込むと、瑞々しく新鮮な香りが鼻をくすぐる。

 マスラ様は店頭に立つと、野菜を手に取りながら吟味し始めた。


「これがいい。こっちの野菜は今は旬じゃあないから、値段が高い割に質があまりよくない。避けた方がいいだろう」


 マスラ様は目利きが確かで、次々と良さそうな野菜を選んでいく。

 その度に店主たちと楽しそうに交渉する姿を見て、さすがマスラ様と感心させられた。


「次は薬師の店に行こうか、ケルダ」

「はい。マスラ様」


 私たちは街外れにある小さな薬師の店へ向かう。

 古めかしい木造の店の扉を開けると、独特な薬草の匂いが漂ってきた。

 店内には様々な種類の薬瓶や乾燥させた植物が並んでいて、私にはどれが何なのかほとんど分からない。

 マスラ様は慣れた手つきで、必要な薬草や薬剤を選んでいった。


「この薬草は風邪の時に使う。こっちは擦り傷に効果がある」

「なるほど……勉強になります」


 私がメモを書いていると、マスラ様は小さな小瓶に入った薬を手に取る。


「マスラ様、その薬はなんですか?」

「この薬液は特定の薬にかけると化学反応を起こして、光って浮かび上がらせることが出来るんだ」

「へぇ、面白い薬があるんですね」

「そうだな。薬を買い終えたら、ギルドに戻ろう」

「はい」


 会計をすませ薬師の店を後にすると、私たちはユニとエルのいる厩舎を目指して歩き出した。

 ふと、人だかりの横を通り過ぎる。

 そこは教会の前で、どうやら今まさに結婚式が行われているらしい。

 赤い絨毯がしかれた教会の階段を、白銀色のウェディングドレスとタキシードを着た新郎新婦が、幸せそうな笑顔で下りてきていた。

 私は足を止め、そんな二人の姿を見詰める。

 心の片隅では、今朝のウェディングドレスのことを思い返していた。


「ケルダ、どうした?」


 マスラ様が心配そうな顔をして、私の隣に並び立つ。


「え、あ、いえ……何も……」


 声をかけてくれたマスラ様に、私は慌てて首を振った。

 けれど、私の表情の機微をマスラ様が見逃すはずがない。


「浮かない顔してるぞ。何かあったのか?」


 鋭い質問に一瞬言葉がつまる。


「……実は、ライゼンを追放されたとき、私は亡くなった母の形見であるウェディングドレスを着ていたのです。ですが……一文無しだった私は、資金を調達するためにそのドレスを質屋に売ってしまいました」


 実際口にすると自分の愚かな行為を自覚し、罪悪感に押しつぶされそうになった。


「今朝その質屋に行ってウェディングドレスを買い戻そうとしたのですが……すでに売り払われてしまっていて、買い戻すことが出来ませんでした」

「そうか……その質屋ってどこの質屋だ?」

「ライゼンの方角から砂漠に入ってすぐの村にある質屋です」

「ああ、あの村か……」


 マスラ様は顎に手を当ててなにか考え込んだあと、私の落とした肩を励ますように撫でてくれる。


「大丈夫。探し物っていうのは、案外思いがけないところで再会するものだから」


 きっと励ましてくださっているのだろう。

 本当にお優しい方です。


「さ、そろそろ帰るよ。私たちの家へ」

「はい、そうですね」


 厩舎にいるユニとエルを受け取り、再び乗ると、私たちはゆっくりとギルドへと帰っていった。

 砂漠の風が、背後から追い越すように吹き抜けていく。


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