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第十章 復讐を誓い合う


 ザルカス王国のギルド支部は、砂丘を越えた先に佇んでいた。

 石壁は乾いた土と硬化させた木枠で組まれており、窓の隙間には魔物の骨を削った鍵爪が取り付けられている。


 マスラ殿下を助けたギルドマスターはオカディオと名乗り、「オレ達は“灰燼かいじんの塔”の調査と防衛が主な任務なんだ」と言った。


 灰燼の塔とは古に崩れ落ちた魔力塔の遺構であり、“魔物の声”を拾うアンテナのような場所らしい。


 塔に担ぎこまれたマスラ殿下のことを、私は知識を活かして三日三晩看病した。

 看病のかいがあったのか、マスラ殿下は数日で体力を取り戻す。

 ある月明かりが細い槍のように塔の影を切り裂いていた夜のこと。

 マスラ殿下が私に問いかけてきた。


「君は……ケルダ・ミキ・クリムゾンレッド……で、間違いないな?」

「……はい、そうです」

「君は兄上の婚約者ではなかったか? どうしてザルカス王国に居るんだ?」

「……お恥ずかしながら……ライゼンを追われてしまいました」


 私は、マスラ殿下に何があったのかお話することにした。


 母が亡くなり、後妻となった継母に蔑まれていたこと。

 ミサーラに憎まれ、嵌められ、冤罪で罪を被せられたこと。

 フジャーロ殿下に婚約破棄を言い渡され、捨てられ、国を追われたこと。

 このザルカスの土地下ろされ、城下町を目指していたらマスラ殿下に出会ったこと。


 私が受けてきた境遇のすべてを。


 私の話を聞いたマスラ殿下は、とても険しい顔をしていた。

 マスラ殿下は私の受けた仕打ちが、酷いと感じてくれたようだった。


「殿下は……何故、この国のギルドに居られるのですか?」

「その……殿下って言うのはやめてくれないか? もう殿下じゃあないわけだし」

「あ、すみません……では、何とお呼びすれば……」

「普通にマスラって呼んで」

「そんな……」

「皆そう呼んでるし、私としては構わないけど?」

「……なら、マスラ様とお呼びしても?」

「いいよ。好きに呼んで。私もケルダと呼んでもいいかな?」

「もちろんです」

「なら、これで私らは他人じゃあない」

「……え……それって……?」

「“同志”ってところかな」

「あ……ああ、同志……ですか」


 私は何故か少し落ち込んでしまった。

 無意識に、マスラ様ともう少し親密な関係を望んでいたからだ。

 そんな自分自身に驚く。

 自分の気持ちを誤魔化すように、私は首を振って気持ちを切り替えた。


「マスラ殿っ……マスラ様はどうしてこの国に居られるのですか?」

「……そうだな。あれは、私が国を追い出された後のことだった──」


 マスラ様は私に、これまでの経緯を語ってくれた。


 ミサーラに嵌められ、フジャーロ殿下暗殺計画の犯人に仕立てあげられ、ライゼンから追放されたこと。

 魔物を制御できる能力で、ザルカス王国の首都を魔物の群れから守ったこと。

 そのことでザルカスの国王の目に留まり、王国専属のテイマーとしてギルドに入れてもらえたこと。

 砂漠で暴走する魔物の制御をしていたところ、魔物の討伐に来たライゼン王国の騎士団の毒矢が足に命中してしまったこと。

 行き倒れかけていたところを、私に助けられたこと。


 その全てを。


「それは──」


 大変でしたね、と言おうとして。

 私は口を閉ざした。

 そんな陳腐な言葉で片付けてはいけないと思ったからだ。

 その代わりに。

 洗いざらい話してくれたマスラ様に、私ももう少し心を開く事にした。


「私は……ミサーラとフジャーロ殿下に……ライゼン王国に復讐しようと考えています」


 私を蔑ろにし、『悪女』と言う汚名を着せたあの二人に。

 私を追い出したあの国に。


「ねぇ、マスラ様? 私と一緒に復讐しませんか? フジャーロ殿下とミサーラに」


 マスラ様は暫し黙った。

 ベッドから立ち上がり、私のもとへやってくると。

 復讐の青い炎をともす私の瞳を、砂漠の夜空に輝く星のような澄んだ瞳で見つめてくる。


「ケルダ、手を貸して」

「え? あ、はい」


 言われた通りに手を出すと、マスラ様が私の手を握った。

 その手のひらは暖かくて、ドキドキして、心の中まで暖かくなる。


「ケルダ、私と一緒に復讐しよう。兄上とミサーラに」


 同じだ。

 私と同じ目をしている。


 マスラ様は私と同じ『愛』を待っている。

 マスラ様は私と同じ『憎しみ』を持っている。


 けれど同時に驚きもした。

 王宮にいた頃、マスラ様は物腰穏やかで感情で動かないと聞かされていたから。


「……どうして……手伝ってくださるのですか……?」


 マスラ様は少し呆れたようにフッと笑う。


「今更、何言っているんだ? ケルダが言い出したことだろう」

「そう……なのですが……」


 その、少し童顔な顔が私の目の前へと近づいて来た。

 キスしそうな距離に、思わず息を呑む。

 ドキドキが止まらない。


「私は……ケルダの『もう独りじゃあない』って言葉に救われた。だから、今度は私がケルダを救いたい」

「……マスラ様……」


 零れ落ちそうになる涙を、私は必死で堪えた。

 まだ、泣くときじゃあない。

 代わりに、微笑みを称えて。


「ありがとう……ございます」


 私は復讐の炎を胸に灯し、マスラ様と言う、復讐の仲間を得ることとなる。

 この夜から、私とマスラ様の復讐計画が始まった。


 復讐には多くの味方が必要だと考えた私は、復讐の時盤を固めるべく、マスラ様と共にザルカス王国で魔物と人間の『架け橋』となる事にした。

 まだギルドメンバーには入れてもらえないけど、私は彼らの声を聞き、彼らをの意識を人々に伝え、彼らと会話し。

 マスラ様は彼らの動きを読み、彼らの意思を人々に伝え、彼らを制御し。

 魔物の群れを操りおとなしくさせた。


 ある日──私はザルカス王国から王都ライゼンへと一羽のカラスを飛ばした。

 ライゼンの様子を偵察させ、情報を収集するためだ。

 その足には小さな輪っかがはめられている。

 内側にはこう刻まれていた。


 我々は絶対に復讐する。

 ライゼンの腐敗に。

 王子の愚かさに。

 姫君の虚偽に。

 砂漠の血と魔物の爪が、王冠を砕く日が来るだろう。


 私とマスラ様の復讐の幕が、今まさに上がろうとしている。


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