第九章 邂逅
私は目の前の人物がマスラ殿下とはつい知らず、彼を助けることにした。
砂嵐を避けられる場所に避難し、彼の容態を確認する。
「大丈夫ですか!? 私の声が聞こえますか!? 聞こえているなら瞬きをしてください!」
そう声をかけると、兜の隙間から見える瞼が微かに瞬きをした。
どうやら意識はあるようだ。
良かった。
しかし、足には矢が刺さっているからまだ安心は出来ない。
私は傷の処置をしようと矢を見てみると、その矢には見覚えがあった。
これは……ライゼン王国の騎士団の毒矢!?
どうしてこの人の足に……!?
早く矢を抜いて処置しないと……命が危ない……!
私は適切処置を施しながらその矢を慎重に抜きとり、村で手に入れた薬を傷口に塗る。
幸い、傷の手当や毒の知識は厳しい正妃教育で学んでいた。
自国が矢に塗る毒は、種類の数から解毒の方法まで全て把握している。
まさか、正妃教育がこんな所で役立つと思わなかったけど。
解毒になる草花を煎じて飲ませるため、かき集めた薬草を細かくして水に混ぜて液薬を作り、それを飲ませる為に彼の被っていた兜を外した。
その顔を見て手が止まる。
そんな……まさか……。
「マスラ殿下……!?」
私はそこで初めて、彼がマスラ殿下なのだと知る。
どうして……マスラ殿下がここに……?
ライゼンを追放されて……そのまま亡くなったと聞いたけれど……。
いいえ、……今はそんな事気にしている場合じゃないわ!
私は液薬をマスラ殿下の口の中へ流し込む。
しかし、弱ってしまっているせいかマスラ殿下は薬草を嚥下する事が出来ず、唇の端から薬液が零れ落ちてしまった。
時は一刻も争う。
早く飲ませなければ命に関わるだろう。
どうしよう……。
「……」
私は意を決して液薬を口に含むと、マスラ殿下の唇に自分の唇を押し当てた。
口移しで液薬を流し込むと、マスラ殿下は何とかそれを飲みこんだ。
唇を離し、マスラ殿下の濡れた口元を拭いながら安堵させるために静かに囁く。
「痛いですよね? でも大丈夫です。あなたはもう、独りじゃあないですから」
その声を聞いて、マスラ殿下の目尻から一筋の涙が落ちた。
え……涙?
困惑していると、マスラ殿下の手がゆっくりと動き、私の頬に添えられる。
その手首の内側に、橙色の太陽の紋様があった。
魔物や動物を制御する者にだけ現れる、禁忌の印──『制御の刻印』だ。
第二王子は魔物や動物を制御できるという噂を聞いたことがあったけれど……本当だったのね。
それならば、本来は人に懐かないユニコーンを手懐けられているのも頷ける。
「……ケル、ダ……嬢……?」
その声は、砂のように乾いていた。
私は微笑みを称え、小さく頷いて見せる。
「はい、そうです。マスラ殿下」
「……君……にも……聞こえるか……?」
「え、何がですか?」
「……魔物の……声……」
私は思わず驚いて目を見開いたが、また静かに頷いた。
「はい。聞こえます」
マスラ殿下は、そこで初めて笑う。
その笑みは砂漠の夕焼けのように静かで熱く、どこか救いのようにも感じられて。
胸の奥が熱くなった。
程無くして、砂嵐の中から馬に乗った集団が現れる。
それは、ザルカス王国にあるギルドの冒険者たちだった。
マスラ殿下のことを探しに来たらしい。
「マスラ! 無事か!?」
ギルドマスターと思われる長身の男が駆け寄り、ギルドのメンバーがマスラ殿下をタンカに乗せると、マスラ殿下は弱々しい眼差しを男に向ける。
「悪いな……オカディオ……」
「そう言う弱音は言いっこなしだ」
運ばれるマスラ殿下を見送った男は、私の方へ顔を向けてきた。
「嬢ちゃんがマスラを助けてくれたん? ありがとな」
「いえ……私は何も……」
「ここは何もない砂漠地帯だ。もし宜しければ一緒に来るか?」
「え……良いのですか?」
お言葉に甘えて、私は冒険者たちと共にギルドの支部を目指すことにした。




