表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウル、五つの夜 〜運命を変える家電〜  作者: うはっきゅう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

未来を映すプロジェクター

 ソウル郊外の古い雑居ビル。その地下倉庫に勤めるイ・ジスの生活は、まるでモノクロ映画のように単調だった。仕事は骨董品やガラクタの整理。夢も希望もなく、ただ日々をやり過ごすだけ。

 ある日、埃にまみれた隅の棚から、異様に美しい機械を見つけた。レトロなデザインだが、素材は見たこともない合金でできている。それは小さなプロジェクターだった。

「何だろう、これ?」

 好奇心に駆られ、ジスは電源を入れてみた。カチリ、という微かな音と共に、部屋の壁に映像が映し出される。

 そこで笑っているのは、未来の自分だった。

 最初の映像は、ジスが高級なレストランで豪華な食事をしているシーン。

 次は、ブランド物の服を身にまとい、海外の空港を闊歩している姿。

「え、私が? こんな未来が待ってるの?」

 ジスは興奮した。退屈な日々を抜け出し、成功を手に入れる未来。

 しかし、映像はそれだけでは終わらなかった。


 ある夜、プロジェクターが映し出したのは、一人の男性だった。

 彼はカフェで楽しそうにジスと話している。穏やかな笑顔、知的な横顔——ジスは一目で心を奪われた。名前はパク・ミンジュン。どうやら、この未来でジスと深い関係になる、運命の相手らしい。

 ジスは、プロジェクターの映像を道しるべとした。レストラン、服装、行動パターン。未来の自分になりきることで、人生は劇的に変わり始めた。

 まず、自己投資を始めた。未来のジスは流暢な英語を話していたから、英会話学校に通い始めた。未来のジスは投資の知識を持っていたから、経済学を学び始めた。外見も、未来の映像に合わせて洗練させていった。


 そして三ヶ月後。ついに運命の日が訪れた。


 プロジェクターの映像で知った、ミンジュンとの初めての出会いの場所。ソウル市内の小さなブックカフェ。指定された席に座り、コーヒーを飲みながら待った。

 やがて、カフェのドアが開き、映像で見た通りの男性、パク・ミンジュンが入ってきた。彼の目はこちらに向けられた。

「あの……イ・ジスさん、ですよね?」

 彼は映像で見た通りの優しい声で話しかけてきた。

「はい、パク・ミンジュンさん」

 二人はすぐに打ち解けた。未来を知っているジスは、初めて会ったにも関わらず、彼の好きなもの、苦手なこと、仕事の悩みまで、まるで長年の恋人のように自然に会話をリードした。ミンジュンは驚き、そして魅了された。彼は、ジスこそが、自分がずっと求めていた相手だと確信した。

 恋は急速に進展した。プロジェクターは、二人がデートする場所、告白のタイミング、すべてを教えてくれた。ジスは、ただプロジェクターのシナリオ通りに演じるだけでよかった。

 プロジェクターの力で、ジスの人生は完璧なものになった。ミンジュンは有望なIT企業の経営者で、ジスは彼のサポートで成功したデザイナーになっていた。二人は誰もが羨むカップルとなった。


 付き合って一年が経った夜。ミンジュンはプロポーズをしてきた。

 指輪を受け取り、ジスは幸福感に満たされた。プロジェクターが教えてくれた未来は、本当に実現したのだ。これで、彼女の人生は約束された。

 その夜、幸せの絶頂にいながらも、ジスはふと疑問を感じた。

「このプロジェクターは、一体何だろう?」

 彼女はプロジェクターを起動し、壁に質問を投げかけた。

「あなたは、私の未来を映しているのよね?」

 壁に映し出されたのは、いつものように輝く未来の映像ではなかった。映像はノイズに包まれ、やがて、一本の映像記録のようなものが映し出された。

 その映像の中には、ジスとミンジュン、そして、あのプロジェクターを開発したと思しき科学者たちが映っていた。

 その映像には字幕がついていた。

『仮想未来シミュレーター「ロードメーカー」。被験体:イ・ジス。目的:潜在能力の最大解放と、最適な人生の構築。このシミュレーションは、被験体の人生に介入し、最も成功し、最適なパートナー(パク・ミンジュン)と結ばれるよう、環境と行動の「答え」を提供する。』

 ジスは息を呑んだ。

 科学者の一人がカメラに向かって話す。

「ロードメーカーは、被験体イ・ジスの人生を、完璧な物語として『投影』しました。彼女は今、その物語のシナリオ通りに行動している。しかし、最も重要なのは、被験体の未来ではない」

 映像は切り替わった。映し出されたのは、パク・ミンジュンが、他の科学者たちと話している様子だった。

「イ・ジスという被験体は、最高のパートナーと最高の人生を送っていると信じている。計画は成功だ。これで、我々は彼女の持つ『遺伝情報』と、彼女の行動によって引き出された『潜在能力』の全てのデータを入手できる。さあ、このデータを使って、次の『ロードメーカー』を起動させよう」

 ジスの手から指輪が滑り落ち、床を転がった。


 プロジェクターが映していたのは、彼女自身の未来ではなかった。それは、彼女の全てを引き出すために作られた、緻密なシナリオだった。ミンジュンとの出会いも、成功も、恋愛も、すべてが、彼女の能力やデータを最高効率で引き出すための「舞台装置」であり、ミンジュン自身もその「舞台装置」の一部、あるいは開発者の一人だったのだ。

 ジスの涙がプロジェクターのレンズに落ちた。映像はそこで途切れ、プロジェクターは静かに光を失った。

 壁には、ただの漆喰の白さが残った。


 彼女の人生を変えたふしぎなプロジェクターは、彼女に本当の未来を与えたのではなく、誰かのための、完璧な実験データを与えるために存在していたのだ。

 窓の外では、彼女の「運命の恋人」であるミンジュンが、笑顔で彼女のアパートを見上げていた。その笑顔が、今はひどく、冷たい役者のそれに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ