榊原銀次と妖怪
※この作品は「カクヨム」「小説家になろう」で掲載しています。
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俺の名前は榊原銀次。特異事象調整局、保護課所属だ。
まあ、こんな肩書きを口にしたところで、世間の誰も知らんだろう。表向きは環境庁の外郭団体勤務。名刺にもそう印刷してある。けど実際は、世間に存在を知られてはいけない裏稼業だ。
俺たち特調の役目は、異世界や超常の存在と、現代日本の間で起きる摩擦を調整すること。要は、両方が暴れないように宥めて、何とか折り合いをつける仕事だ。
だが、これがまあ、簡単にいくわけがない。
上層部は「国民の安全を守れ」と声高に叫ぶが、現場に丸投げするばかり。かといって現場は現場で「人手が足りない、予算が足りない」と泣きついてくる。挙げ句の果てに、異世界やら神やら精霊やら、人間の理屈が通じない相手まで相手にしなきゃならん。胃が痛くならないわけがない。
夜半、特異事象調整局の庁舎に、観測課からの報告が入った。
「関東圏・郊外の山間部にて、高エネルギー反応。形態は不明だが、古典的妖怪との符合率が高い」
観測課の担当者は淡々と告げたが、榊原銀次は眉をひそめる。
妖怪――。神や精霊に比べ、人間に直接害を及ぼす可能性が高い。放置はできない。
「保護課、出動要請だ。銀次さん、一般人の避難と現場調整をお願いします」
内線に応じ、銀次はジャケットを羽織った。
「おい、田島、宮野。準備しろ。今夜は眠れんぞ」
部下二人を引き連れ、機材を詰め込んだワゴンで現場へと急ぐ。
現地は山あいの小村。街灯の下には、既に警察が集まり、困惑顔で無線を交わしていた。
「特調の方ですね。村のはずれで“化け物”を見たって通報が相次いで……。住民を避難させてますが、パニックで収拾がつきません」
銀次は警察官にうなずき、短く答える。
「我々が対応する。住民は学校に集めて、数をしっかり確認してください」
避難所へと走り、泣き叫ぶ子供や、不安げに肩を寄せ合う老人を見回す。
「大丈夫だ。俺たちが何とかする。……だから、ここからは出るなよ」
声をかけながら、心の奥で舌打ちした。人の恐怖は、妖怪の餌になる。長引けば長引くほど厄介だ。
その時、無線が鳴った。
「こちら封印課。対象を視認。姿は“牛頭”に酷似。サイズ二メートル強、凶暴化中。捕縛を試みる」
牛頭。古典の妖怪図譜に記された、牛の頭を持つ怪異。怨念が実体を持ち、現世に溢れ出したものだろう。
銀次は仲間に指示を飛ばす。
「お前たちは避難所の警備を頼む。俺は封印課に合流する」
山道を駆けると、封印課の隊員たちが結界を張り、影のような巨体と対峙していた。
牛頭の咆哮が夜気を震わせ、結界が波打つ。
「榊原さん、援護を!」
「任せろ!」
銀次は腰から護符を取り出し、結界の隙間に投げ込む。護符が青白い光を放ち、妖怪の動きを一瞬止めた。
その隙に封印課の術者が呪文を唱え、結界が収縮する。
牛頭はのたうち、耳障りな声で吠えた。
〈怨……憎……〉
その声は人の心に染み込み、恐怖を掻き立てる。銀次は唇を噛み、低くつぶやいた。
「お前の恨みを晴らす相手は、ここにはいねえ。……だが、人を喰わせるわけにもいかねえんだ」
やがて結界は完全に閉じ、牛頭の影は霧のように消えていった。残されたのは、黒ずんだ石片のような“残留物”だけ。
事件後、銀次は研究課の担当者に残留物を手渡す。
「頼むぜ。こういうの、また出られたらたまったもんじゃねえ」
研究員は眼鏡を押し上げ、うなずいた。
「サンプルを解析します。……しかし、この怨念は強い。近くに未解決の大量死でもあったのかもしれませんね」
村の避難所では、住民たちがようやく落ち着きを取り戻していた。
銀次はほっと息をつき、部下の田島と宮野に声をかける。
「よし、撤収だ。今夜はこれで終わり……のはずだ。まあ、帰ったらまた書類の山だろうがな」
雨の匂いが漂う夜道で、銀次は煙草に火をつけた。人を守る。それが俺たち保護課の役目だ。
妖でも神でも、相手が何であろうと、最後に守るのは“生きている人間”なんだから。
最後まで読んでくれて感謝します!
この短編は独立した物語ですが、連載中の『交換日記は異世界から』と同じ作者による作品です。
よろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。