あつさ×たいさく
野球部の上級生たちがグラウンドで打撃練習をしている。
一方で、新入生たちはグラウンドの隅に集まっていた。
その前には監督がいて、
「入部試験に合格、おめでとう」
サングラスをかけた二人のコーチも、
「Congratulations!」「Congratulations!」
と拍手をしている。
「しかし、今の君たちを、私が夏の大会で使うことは、絶対にない!」
監督が断言する。
この野球部は全国大会の常連だ。毎年のように全国大会へと勝ち進んでいる。
そして、一年生でレギュラーになった者が、過去に何人もいた。
なのに、この発言だ。
「なぜ、夏の大会で、『今の君たち』を使わないのか。それについて説明しよう」
嫌がらせなどではない。ちゃんとした理由がある。試合に勝つためには重要なことだ。
「君たちも知っているように、最近の夏は猛暑だ。そのため、いくら野球の実力があっても、それだけでは一試合を戦い抜くことさえ難しくなっている」
なので、近年では『ある特殊技能』を身につける必要があった。暑さに対抗するための『特殊技能』だ。
新入生たちの顔色が変わる。
「噂などで聞いて、知っている者もいるようだな」
と監督。
その『特殊技能』の会得には、危険が伴う。
したがって、高校生以上の年齢の者にしか、伝授してはいけない。中学生以下の年齢の者に教えることは、法律で禁止されている。
つまり、ここにいる新入生たちは、まだ誰もその『特殊技能』を会得していないのだ。もしも会得している者がいたら、法律違反になる。
「で、その『特殊技能』だが、実際に見てもらった方が、理解が早いと思う」
言い終わるや否や、監督の全身が淡い光に包まれた。
「見えるか? この光は『生命エネルギー』の一種だ。『オーラ』や『チャクラ』などと呼ぶ者もいる」
これこそが、夏の試合を勝ち抜いていくために、今や必須の『特殊技能』だ。
コーチの片方が、監督の前に丸いテーブルを置く。
さらにもう片方が、テーブルの上にカップラーメンを置いた。それにお湯を注いでいく。
そのあと監督が、カップラーメンの両側から左右の手を近づけていき、
「『超魔術』!」
「・・・・・・」
沈黙する新入生たち。
監督が少し恥ずかしそうに言う。
「今のは、笑ってもいいところだぞ」
そんなことを言われても、新入生たちは反応に困る。
しかし、次の瞬間だった。
「おおっ!」
新入生たちは驚く。
なんと、カップラーメンが凍り出したのだ。お湯を注いだばかりなのに、あっという間にカチンコチンである。
まるで手品でも見ているかのようだ。いや、『超魔術』か。すごい、すごすぎる。これは奇跡だ。
「私の『生命エネルギー』は今、冷気をまとった状態にある。そのため、こういうことが可能なのだ」
新入生たちの視線の中心で、自信たっぷりに語る監督。
暑い夏の試合を勝ち抜いていくためには、この『特殊技能』を会得することが最低条件だ。
試合の間ずっと冷気をまとうことができれば、どんな猛暑であろうとプレーの質が落ちることはない。
他の強豪校では当たり前のように、この『特殊技能』を会得している。つまり、こっちも会得していなければ確実に不利だ。優勝はおろか、一つ勝つことさえ絶望的になる。
「理解したか。そういうわけで、いくら野球の実力があろうとも、こんな風に冷気をまとうことができない者を、本番の試合で使うわけにはいかない」
したがって、この『特殊技能』を会得することが最優先事項になる。
「それができて初めて、野球の練習に参加してもらう。そうなれば、あるぞ。実力次第では、一年目からのレギュラーも」
監督はニヤリと笑うと、
「今日は調子がいいから、もう一つ見せてやろう」
それから十五分後だ。コーチが台車を使って、何かを運んできた。
畳一枚はあろうかという「鉄板」だ。ここまでの時間で、鉄板を下から熱してきたようで、かなりの高温になっているらしい。
もう一人のコーチが鉄板に水をかけると、その水が一瞬で蒸発した。
「君たちにここまでは期待しないが、私くらいになると可能だ。こんなことも」
監督がいきなりズボンを脱いで、鉄板の上に乗る。
そして、正座をした。
が、熱がる様子はまったくない。
信じられない光景に、新入生たちはざわつく。
その直後だ。
上級生の打ったボールがたまたま、こっちに飛んでくる。
で、監督の頭に命中した。
それで集中力を欠いてしまったようで、
「うぎゃあああああああ!」
鉄板から飛び下りる監督。あまりの熱さに、地面の上を転げ回っている。
今の打球で、冷気をまとうのが途切れてしまったらしい。
「うぎゃあああああああああああああああああ!」
そんな光景を、校舎の窓から見ている者たちがいた。
吹奏楽部である。
「先輩、私たちも『あれ』を会得しないといけないんですか?」
最近の夏は猛暑だ。野球部の応援に駆り出される吹奏楽部にとっても、頭の痛い問題になっている。
「できたらでいいよ。できたらで」
別に必須ではないと、先輩は言う。
それには理由があった。
「先生、例の『あれ』をお願いしまーす♪」
音楽室の隅にいるおじいちゃん先生に、声をかける。
「ほっほっほ。そうじゃな」
すると突然、音楽室全体が涼しくなった。
「先輩、これって・・・・・・」
「すごいでしょ。あの先生くらいの達人になると、こうやって『生命エネルギー』を自分の周囲に広げることも可能なの。先生、最大で四〇メートルでしたっけ?」
「六〇メートルくらいじゃな。まだまだ若い者には負けんわい」
しばらくして、課題曲の練習を始める。吹奏楽部の大会、夏の課題曲だ。
快適な環境に音も弾む♪
次回は「七夕」のお話です。