わけあり
特殊な副業がある。「わけあり物件」に泊まるのだ。
ただし、アルバイトをする条件は「本物のお坊さんであること」。
こんな条件がついているのには、理由がある。自殺者が出たなど、いわゆる「わけあり物件」に泊まるアルバイトだからだ。
だいたいの場合、知り合いの不動産業者から頼まれる。
基本的には、一晩泊まるだけだ。夕方に物件に入り、翌日の朝まで過ごせば任務完了。
しかし、高級な「わけあり物件」だと、「一晩」では済まずに、長くなることもある。自分の経験上、これまでの最長は「一か月」だ。
で、泊まっている最中にすることと言えば、気が向いた時に「お経」を唱えること。
また、何か怪奇現象でもあれば、その内容を不動産業者に報告する。
それによって、「副業の期間が延長される」こともあれば、「除霊のために、徳の高いお坊さんと交代する」こともある。
さて、この副業、お坊さんなら誰でも一度は経験している、というものではない。
主に、地元の不動産業者と太いパイプがあるお寺に限られる。そんなお寺では、この副業で稼ぎまくる若いお坊さんがいるとか、いないとか。
で、今回の依頼は、いつもと違う。
一戸建てやマンションではなく、なんと野球場だ。そこに最近、幽霊が出るらしい。
神社にお祓いを頼み、お寺に祈祷を頼み、それでもしぶとく出続ける幽霊。
「長期戦を覚悟してください」
と、知り合いの不動産業者に言われた。
そういうわけで、今回の副業の一日目だ。
さっそく幽霊が出た。
野球選手の幽霊である。球場内の決まった通路で、ひたすらバットをふっているのだ。
この幽霊、こっちから話しかけても、「お経」を唱えても、まったく反応しない。無言でバットをふり続けている。ものすごい集中力だ。
一日が過ぎ、三日が過ぎ、一週間が過ぎた。
幽霊が出現するのは、真夜中だけだ。今夜もバットをブンブンブン。
この一週間で、自分が知っている「お経」は、すべて試し終わっていた。なのに、効果はないようだ。
ついに、不動産業者に告げられる。
「今回のアルバイトは今夜で終わりです」
問題が解決したわけではない。いまだに幽霊は出る。
不動産業者が対応を変えることにしたのだ。
明後日には、奈良県から「高僧」が来るらしい。元高校球児で、エースで四番だったとか。
それくらいの人物でないと、この幽霊を「成仏」させることはできないのかも。
そういうわけで、今夜が最後だ。
何もせずに過ごしてもいいのだが、これまでとは違ったことをしてみる。
幽霊の隣でバットをふってみることにしたのだ。
この一週間でわかった。素人の目から見ても、この幽霊のバットスイングは非常に奇麗だと思う。無駄を削ぎ落としていて、流れるようで、かつ、力強いスイングだ。
せっかくだし、その動きをマネしてみる。幽霊の隣で、自分もひたすらバットをふり続けてみた。
どれくらいバットをふっただろう。
途中で意識を失ってしまった。
そして、気がつくと朝だ。知り合いの不動産業者に起こされた。
「何があったんですか?」
よほどボロボロの状態に見えるらしい。
無言でいると、
「もしかして、金縛りにあっている最中ですか?」
そうじゃない。ものすごい筋肉痛だ。動きたくても動けない。あと、声を出す気力も残っていないのだ。
結局、このあと一週間も寝込むはめになってしまった。
で、幽霊の方はあれから出なくなったという。
奈良県から来た高僧は一日で帰ったらしい。
次のような伝言を残して。
――今度、一緒に草野球をやりませんか。
それから半年後だ。この提案が実現した。
お坊さんたちだけの草野球だ。地元の有志(全員がお坊さん)でつくったチームで、奈良県に乗り込んだのである。
幽霊と「すぶり」をした男がいるらしい。そんな噂を聞きつけて、野球場はお客さんたちでいっぱいだ。
試合が始まる。
一打席目、ホームラン。
二打席目、ホームラン。
三打席目、ホームランだ。
どよめく球場に、青ざめる高僧。
あの幽霊との「すぶり」で、ここまで野球がうまくなるなんて、自分でも驚きだ。
で、四打席目が回ってくる。
この場面で、高僧が告げた。
「申告敬遠!」
申告敬遠とは、ピッチャーがボールを投げることなく、バッターは一塁へと進む。要するに、「四球」にするという宣言だ。
高僧のチームからしてみれば、ここまで三打席連続でホームランを打たれている。こんな「わけありバッター」には、こうするしかない。
試合後には、「お坊さんたちによる『野球の日本代表メンバー』」に内定した。今度、タイのお坊さんたちと親善試合をするらしい。
そして、この日以降、新たな副業が舞い込んでくるようになった。
草野球の助っ人である。今日は近所の墓場で試合だ。
次回、サウナで撮影。