高速ラジオ体操
プロ野球の球場で、選手たちが試合前の練習をしていた。
ところが、今日はいつもと違うことがある。グラウンドの一部を空けていた。
というのも、球団の『チアリーディング・チーム』が、「今日の試合前にグラウンドを使って、ダンスの全体練習をさせて欲しい」と言ってきたのだ。
今年から加入したメンバーが多いので、室内での練習だけでなく、グラウンドでも練習しておきたいらしい。本番では、試合中にグラウンドでおどることになるのだから。
これをプロ野球チームの監督が快諾した。
そんなわけで、ダンスの全体練習が始まる。
選手たちは野球の練習を中断した。「せっかくなので、見学しよう」と思ったのだ。
こうしてグラウンドでは、『チアリーディング・チーム』による華やかなダンスが披露される。
で、ダンスが終わった。
これから退場するのだろう。そう選手たちが思っていると突然、外野スタンドの大画面に次の文字が表示された。
『高速ラジオ体操』
そして、聞き覚えのある音楽が流れてくる。
ただし、普通の速さではない。「二倍の速さ」だ。
その音楽に合わせて、『チアリーディング・チーム』がラジオ体操を始める。
これはたしかに「高速」だ。
それを見て、選手たちの一部がマネをする。
運動神経には自信があるのだ。あのスピードで体操するくらいは、簡単なはず。
しかし、あまりの速さについていけない。マネをしようとした選手たちはもれなく、途中でギブアップだ。
一方で『チアリーディング・チーム』は、一人も脱落することなく、最後までやり切った。
当たり前だ。ここまでの練習量が違う。『高速ラジオ体操』に関しては、何の準備もしていない選手たちに、負けるはずがないのだ。
マネをしようとした選手たちに「勝利」して、笑顔の『チアリーディング・チーム』がグラウンドから去っていく。
ギブアップした選手たちは、密かに闘志を燃やしていた。『高速ラジオ体操』、必ずマスターしてやる!
有志を募り、秘密の特訓を開始した。あっちが「二倍の速さ」なら、こっちは「三倍の速さ」だ。今から謝っても、もう遅いぞ。俺たちは本気になった。
三か月後、試合中に『チアリーディング・チーム』のパフォーマンスがある。
その直後に、『チアリーディング・チーム』と入れ替わりで、数人の選手たち、そして、打撃コーチがグラウンドに飛び出してきた。
今日こそお披露目する。見よ、これが「三倍の速さ」のラジオ体操だ!
このパフォーマンスに、盛り上がる観客たち。
ところが、これで話は終わらない。
プロ野球選手たちの『高速ラジオ体操』を、現地または映像で見て、「だったら、自分も!」と挑戦する者たちが現れる。
一か月後には、小学三年生の女の子が「五倍の速さ」の『高速ラジオ体操』に成功した。
ラジオ体操ごときで、あんな小さな子に負けてはいられない。本気になる大人たち。
こうしてラジオ体操の高速化が止まらなくなる。
人類は未知の領域に到達した。
そして、三〇年後。
ついに、『高速ラジオ体操』はここまで来た。オリンピックの正式種目になったのである。
今や世界記録は「二十七倍の速さ」だ。昔の人が見たら、ビックリするに違いない。
競技場の隅っこでは、優勝候補の一人、日本代表の高校生がラジオ体操を始めた。
といっても、普通の速さだ。これは準備運動。いきなり「二十七倍の速さ」でやると体を壊すので、こうするのは当然だ。
まずは、「普通」から始める。それから「二倍」、「三倍」、「五倍」と、スピードを上げていくのだ。この準備運動だけで、十回はラジオ体操をする。そのあとが本番だ。
機敏に体を動かしながら、高校生は考える。
(『高速ラジオ体操』発祥国の代表として、ぶざまな姿を見せるわけにはいかない!)
次回は「ホットドッグ」のお話です。




