苦悩する審判
隠れ家的な酒場に、一人の男がやって来た。
カウンター席に座ると、酒を飲みまくる。
男は自己嫌悪に陥っていた。
まただ。また、やってしまった。
外野スタンドにあるポール際、そこを通過する打球の判定だ。ホームランなのか、ファールなのか。
男は野球の審判をしている。ルールに則って、正しい判定を下すのが仕事だ。
それなのに・・・・・・。
男はバーテンダーに愚痴り始める。
今日の試合では、ホームランの打球を、ファールと判定した。いわゆる「誤審」である。
しかも、一試合の中で三回もだ。
はっきり言って、「審判失格」だと思う。
「気にするなよ」
カウンターの端にいた男が急に声をかけてくる。
「俺はサッカーの審判をしている者だ。今日の試合では、ゴールなのにノーゴール、そんな判定が五回もあった」
それを聞いて、野球の審判は察する。
「そっちもか?」
「そうだ、同志よ」
どちらも「スポーツマンガの審判」だ。
ルールに則って、正しい判定を下すのが仕事。
だが、マンガの作者にとって重要なのは、「読者が盛り上がる展開にすること」だ。理想は接戦である。
と同時に、「人気キャラクターには見せ場が必要だ」と、作者は考えているようだ。
しかし、「人気キャラクター全員が、全打席でホームラン」だと、確実に試合が壊れる。
だから、加減をするのだ。あと少しでホームランだった、という感じに。
そのしわ寄せが審判にくる。
きわどい判定の時、作者からの指示がテレパシーで届く。
――ホームランではなく、ファールにしろ。ここで得点させるな。同点の状態を維持しろ。
それがたとえ、誤審であったとしてもだ。
今日の試合を思い出しながら、野球の審判は言う。
「どうだろう、作者の指示を一度無視してみないか?」
「そうだな。次の試合では正しく判定してみよう」
二人で誓いの乾杯をした。
そして、次の試合だ。
野球の方は、一試合で「両チーム合わせてホームランが二〇本」!
まさかの事態に、作者は大激怒である。
片方のチームが得点するなら、もう片方のチームにも得点させなければ、接戦をつくり出すことができない。
なので、大量のホームランが飛び出すことになってしまった。
また、サッカーの方では、「両チーム合わせて五〇点」が入る試合になった。
これでは試合が無茶苦茶だ。こっちの作者も大激怒である。
その結果、二人の審判は試合直後に行方不明になった。それ以降、彼らの姿を見た者はいない。
消えた審判たちに代わって登場したのが、
「ファールっぽいですぅ~♪」
「えーとね、たぶんノーゴールかなー♪」
この美少女型ロボット審判たちは、作者に忠実だ。絶対に裏切らない。
さらには、男性読者からの人気も獲得。マンガの売上に貢献するのだった。
次回は「算数」のお話です。