トレーニング
中学野球の全国大会に出場するため、俺たちは日夜、厳しいトレーニングをしていた。
その一つが、これだ。
体のあちこちに「重り」をつけている。そうやって日常生活を送ることで、筋力や持久力を鍛えているのだ。
このトレーニングを始めてから、すでに二年。最初は五キロだったが、「重り」の量をどんどん増やしている。
地方予選の終盤では、強豪校との戦いが避けられない。
その時に、これらの「重り」を外して、次のように言うつもりだ。
「今から本気を出すぜ!」
地面にめり込む「重り」。相手チームのびびりまくる顔。
そんな光景を俺は思い浮かべていた。少年マンガでは「お約束の展開」だ。「強者」にのみ許される演出。
さて、今日も放課後の練習が終わった。
部室で学校の制服に着替えてから、
「帰りにスポーツショップへ寄っていこうぜ」
俺は野球部の仲間たちと、行きつけの店へと向かう。
その店はデパートの中だ。八階にある。
一階でエレベーターに乗ろうとする俺。
一歩踏み出したところで、
ブブブー!
重量オーバーの警報が鳴った。すぐさま足を戻す。
エレベーターにはまだ、誰も乗っていない。無人の空間だ。
気を取り直して、もう一度。
エレベーターの中へ足を踏み出すと、
ブブブー!
またもや、重量オーバーの警報が鳴った。
俺はため息をつく。
「どうやら、俺たちは強くなりすぎてしまったみたいだな」
「ああ。このデパートのエレベーターに勝ってしまったらしい」
「仕方がないね。階段を使おうか」
「そうしよう」
俺はエレベーターに向かって言う。
「エレベーターよ、お前は別に弱くはない。恥じる必要はないぞ。俺たちが強すぎるだけだ」
「その通り。これからは、『良い勝負ができそうな相手』を探すことだ。お前にとっての『好敵手』を見つけろ」
「たとえば、マウンテンゴリラとかね」
そして、俺と仲間たちはエレベーターに背を向けると、
「さらばだ。二度と会うことはないだろう」
このあと、「重り」をつけたまま階段に向かい、八階のスポーツショップを目指した。
「これもトレーニングだと考えよう」
すべては全国大会に出場するため!
三〇分後、俺たちは買い物を済ませて、八階のスポーツショップを出た。
階段に向かう途中で、エレベーターの前を通りかかる。
そこには張り紙があった。『故障中』と書いてある。
それを見たあと、俺は笑みを浮かべていた。
普通ならば、あまり深くは考えずに、「ああ、故障中か」とでも考えるだろう。
だが、俺たちは違う。
この張り紙、そこに書かれた内容を、そのまま鵜呑みにはしない。これにはたぶん、別の意味が隠されている。
本当の意味は――
「どうやら、こいつの闘志に火をつけてしまったらしいな」
俺が言うと、
「そうだね。このエレベーター、『故障中』だと偽って、『猛特訓』を始めちゃったみたいだ」
「いいぜ、向上心がある奴は嫌いじゃない。こいつは見込みがありそうだ」
と仲間たち。
俺はエレベーターに向かって、
「一か月後にまた来る。その時までに、全力で鍛えておくんだな。お前の本気を見せてみろ。ただし、俺たちもさらにトレーニングをして、今よりも『重く』なっているがな」
次回は「お・か・ね」のお話です。