二つの市にまたがる野球場
プロ野球の球団が二軍の本拠地を、別の場所に移転させようとしていた。
というのも、二軍の野球場は老朽化が進み、また、今の土地が手狭になってきたのだ。
それで、このタイミングに思い切って、別の土地に移ろうと考えたのである。
すると、「プロ野球の二軍」を誘致したい自治体が、次々と名乗り上げてきた。
もしも、自分のところに誘致できれば、結構な経済効果が期待できる!
そんな思惑から、この誘致合戦、かなりの激戦になった。
で、ようやく先日、二軍の移転先が決定したのである。
それは、「二つの市にまたがる土地」だった。
誘致合戦の途中で、この二つの市は考えた。それぞれが別々に戦っていても、勝ち目はなさそうだ。ここは共同戦線を張ろう。
それまでに挙げていた移転先を、どちらの市もキャンセルした。そして、新たな移転先を提示したのである。それが、「二つの市にまたがる土地」だった。
この思い切った決断が、不利だった流れに奇跡を起こす。
なんと、二軍の誘致に成功したのだ!
ところが、ここにきて両市は大きな問題に気づく。
これからつくる野球場、その住所はどうなるのか。
たとえ二つの市にまたがっていようが、住所は一つ。
一般的には、「主要な施設がどちらの市にあるのか」が判断基準になる。
では、野球場における「主要な施設」とは何なのか。
ホームベース? ピッチャーマウンド? それとも、野球場の事務所だろうか?
どちらの市も、できることなら「自分のところの住所」にしたい。
そういうわけで、野球場の建設計画は、図面の段階から難航する。
その結果、ホームベースやピッチャーマウンドは、両市できっちり半分ずつになった。どちらかにずれれば、不利な方が納得しない。
そして、さらに色々あったものの、二年後だ。「二つの市にまたがる野球場」が完成した。
あるイベント会社の担当者が、その野球場を訪れていた。
再来月にここで、大規模なイベントを開催する。
これまでに球場側の担当者とは、何回も打ち合わせをしてきたが、実際に現地を訪れたのは初めてだ。
野球場の前にあるバス停で降りると、相手が迎えに来ていた。
「それでは、事務所の方に案内します」
そう言って歩き出したのだが、なぜか野球場のゲートを素通りする。
その先には、駐車場があるだけだ。
イベント会社の担当者が変に思っていると、
「あれが事務所です」
相手が告げてくる。
そこには、一台のワゴンカーが駐まっていた。
なんでも、この野球場の住所をどうするのか、つまりは「事務所の位置をどうするのか」について、揉めに揉めた結果らしい。
「それで、一年ごとに変更することになったんです」
あのワゴンカーが駐まっている場所が「現住所」で、来年は反対側の駐車場に移動するという。
現地の視察が終わり、イベント会社の担当者はバス停のところまで戻ってきた。
時刻表を見て気づく。バスがしばらく来ないのだ。このままだと、予定していた新幹線に乗り遅れるかも。
「そういうことでしたら」
相手が駐車場の方へと走っていく。
まさかと思っていると、あのワゴンカーがやって来た。これって「野球場の事務所」では・・・・・・。
「乗ってください。新幹線の駅まで送ります」
イベント会社の担当者が乗り込むと、ワゴンカーが走り出した。
「野球場の住所が移動して、大丈夫なんですか?」
「はははは、誰も気づきませんよ。すぐに元に戻しますから」
しかし、そうはいかない。二つの市において、このワゴンカーは広く知られているのだ。それが現在、移動中である。
すると、インターネット上に現れる。ワゴンカーの現在地を、実況する者たちが。
――現在、「野球場の所在地」はA市。間もなくB市に入る模様。
さらには、それを拡散する者たちも現れる。
――現在、野球場がお引っ越し中!?
そんなことになっているとは知らずに、
「新幹線の時間には間に合いそうですし、少しどこかに寄りましょうか。そうそう、地元で人気の和菓子店があるんですよ」
数分後、インターネット上では、
――現在、野球場は和菓子店に停止中。
――お、また動き出したぞ。
――C市に向かっていると予想。
こうして野球場の住所は、さらに移動し続ける。
――おいおい、これって新幹線の駅に向かってないか?
――まさかの他県にお引っ越し!?
――えっ! この県から野球場が出ていっちゃうの!?
――大変だ! 今すぐ止めに行くぞ! みんな、現地に集合な!
駅の前は大変なことになった。
次回は「ホームランボール」のお話です。