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「才能の無いやつは死ぬんだ」

屋上。汚い文字の書かれた原稿用紙を投げ捨てた。朝陽がそれを照らす。風が綿毛を飛ばすように、俺の愚かさを散らしていく。午前五時。世界が燃えている。俺は死ぬ。笑って死んでやる。そう決めて、馬鹿みたいに屋上まで登って来たのだ。

一歩ずつ、地平線の方へ歩く。見下ろす。普段見ることの無い早朝の人のいない校庭。あれが俺が最後に見る光景だ。刻みつけろ。

「……」

飛び降りるやつも、首を吊るやつも何故か皆靴を脱ぐらしい。何故かは知らないが、儚いと履かないを掛けているだなんて馬鹿なことを言ったやつがいる。

死に際に下らない洒落は要らないだろう。このまま飛ぶことにする。用意は良いな、弱者。朽ちて死に晒せ。

「…………ッ!」

踏み出す。体が宙に舞う。落ちていく。地面が近付くのが見える。

俺を潰すように、重力がのしかかった。苦しい。気持ち悪い。

「………………」

逃げるな。目を逸らすな。最後の一瞬を見つめろ。閉じていた瞼を開く。

「…………?」

羽を広げた誰かが立っていた。よくは見えないが少年のように見える。幻でも見ているのか?

「我が願い、死すら殺せ」

少女の声。

何と言ったかはよく分からない。地面はすぐそこにあった。


…………ぶつかる。

衝撃が、全身を貫いた。




「起きて」

肩を叩かれる。瞼を開くと赤い陽射しが目を焼いた。

「ん……」

起き上がる。

「良かったね、死ななくて」

「は?」

目の前に、翼を広げた少女がいた。

「……なんだ、お前」

「ふふ」

真白い羽、髪。鮮やかな微笑み。

……そうだ、さっき飛び降りたはずだ。自分の体を見ても傷一つ無い。……目の前の女は天使なのか?

「ここは……天国か?」

「ううん。地獄」

辺りを見渡す。学校、校庭、変わらぬ朝焼け。何から何まで、さっきのままだ。

「……俺は死んでないのか?」

「だからそう言ってるじゃん」

「何でだよ。死ぬだろ」

少女が首を横に振る。

「だいたいお前何者だ」

「質問多いなぁ」

翼をはためかせて、そう面倒くさそうに言った。

「なんだ、その羽」

「……はぁ。いい? よく聞いてね。きみが生きてるのは、ぼくのせい」

「?」

「魔法さ。人類は死を喪った」

「は?」

「だから、死ねなくなったんだよ。みんなね」

何を言ってるんだこいつ。どっかおかしいんじゃないか?

「SFは好きだが。初対面の人間から聞くとホラーだな」

「残念だけど事実だよ。実際死ぬはずのきみが生きてる」

確かにそれはそうだ。死ぬべき俺が生きている。あの高さの屋上から落ちて傷一つ無いなんて、そんなの有り得ない。……超現実的な現象の介在無しには。

「……ほんとにお前のせいなのか?」

「うん」

「どうやったか知らんが。……何でそんなことをした」 

「嫌いだから」

「は?」

「人が死ぬのが嫌いだから」

何でもなさそうに、そうのたまった。

「嫌いだから……死ねなくした?」

「うん。シンプルでしょ?」

そんな単純な理由で世界の不変の理を変えたのか、こいつは。

「きみはどうして死のうとしたの?」

「…………」

彼女が近くにあった原稿用紙を拾い上げた。さっき屋上から投げ捨てたものだ。

「才能が無いから?」

「……うるさいな。黙れよ」

「死にたかろうと生きたかろうと…………もう関係無い。きみたちの死はぼくが預かった」

俺は夢でも見てるんだろうか。白昼夢か、悪夢か。それとも走馬灯が流すフィルムを間違えているのか。どっちでもいい。これが夢だろうと、俺には許せなかった。

「おい、返せよ。俺の命」

「寧ろ救ったわけだけど……」

「違う。生きる権利、死ぬ権利。全て俺にあるはずだ。他人が奪っていいもんかよ」

ヤツが手の中の何かを俺の足元に向ける。爆ぜる音と共に土煙が上がった。

「…………っ」

それが銃だということに気が付いたのは数拍置いてからだった。腰が抜け、砂利に尻を着く。変わらない笑顔のままのヤツへ途端に畏怖を覚え始める。

「死にたいんじゃなかったの?」

「…………」

震えていた。何か言い返す事も出来ずに、黙って煙の上がる銃口を見つめる。

「ぼくは未神蒼(みかみあお)。きみと同じ、この高校の生徒さ。よろしくね」

「…………」

「それじゃまた会おうね……依途空良(えとあきら)くん。ばいばい」

未神が翼を畳んで去っていく。小さな羽根が辺りに舞った。

「…………」

現実感が無い。自殺したはずなのに無傷なのも、羽の生えたあの女も。どれも現実には起こりえない。そのはずだ。そのはずだった。頬をつねってみる。普通に痛かった。足元には銃痕が穿たれていた。

これは……現実なのか?

分からない。けれど、きっと………………これは物語の始まりなんじゃないか。そう思った。


―――――――――――――――――――――


そんな現実味のない序章(プロローグ)から一週間が過ぎた。

必死こいて決意を固めた屋上ダイビングも突如起きた不可思議現象に阻止され、今日も粛々と学校に通う羽目になっている。格好がつかないので不登校にでもなろうかと思ったが、姉に叩き起こされ気が付くと登校していた。社会の歯車としての自覚に満ちた挙動をナチュラルに取ってしまう辺りが実に凡人的であり、まぁ俺の限界であった。悲しいね。

しかし、あの日……飛び降りのその後に起きたあれはそんな平凡な高校生に新鮮な物語を夢見させるのに十分だった。

天使だか新種のハトだか、謎の女の襲来。意味深長な言葉たち。足元に穿たれた銃弾。これがアニメかゲームかライトノベルなら俺は今頃、美少女を侍らせつつ世に蔓延る巨悪を打倒したり世界を救ったりの東奔西走八面六臂の大活躍をしているのだけど。まぁそういうわけには行かないようで。

カサブタにならない、かといって血が流れるわけでもない。そんな微妙な痛みを引きずりながら、授業を聞き流すだけの日々が続いていた。

今はまだ序章しかない物語。作りかけで、不完全な書き散らし。続かないなら序章ですらない物語。

続きが来ないまま、一週間が過ぎた。今日も事件は起きない。こんな俺の憂鬱(メランコリー)を朝笑うが如く、世間は時計の針を回し形式上は俺も大人になっていくわけである。


「いえーい! 文豪ダイブーっ!」

叢雲高校。教室。

窓の向こうで生徒が校庭に落ちていく。どん、と激突音がした。俺からすれば聞き馴染みのある効果音である。

「痛ってぇ!」

悲鳴。周囲が笑ってそれを見ている。先日の俺の自殺未遂が何故か学校中に知れ渡っているようで、かのように俺の真似をして遊ぶ馬鹿が出てきていた。誰だよ、ばらしたヤツ。

「うわ、あの高さ行ったよ」

「まだまだだな。本物は屋上から行ったらしいからな」

勿論、彼らは命を賭けている訳ではない。死なないのが分かって遊んでいる。

『魔法さ。人類は死を喪った』

あの時会った天使だか新種のハトだか……未神と名乗った少女はそう言った。創作と現実の見分けがつかない、あまり関わりたくないタイプの人間かとも思っていたが、本当に俺だけでなく人類全体が死ねなくなってしまったようなのだ。

これはこの学校だけでも、この街だけでもない。世界中で同じ現象が観測されている。

事件事故、疫病に戦争。どんな理由でも誰も死ななくなったのだ。怪我もしない。風邪すらひかない。

現象はロストブラッドと呼ばれた。

本当にこれが未神の「魔法」によるものだとするなら、実際に創作を現実と混ぜ込んでしまうタイプだったわけだ。どちらにせよあまり関わりたくないことに変わりはない。

このロスブラから一週間、当然人類社会は混乱の嵐であったのだが……少しずつ死なない世界に慣れ始めていた。取り敢えず、ああやって飛び降りたりするくらいには。

「全く、趣味の悪い」

「あはは、そりゃ君からすれば気分は良くないだろうね。アキラ」

ニヤケ面を浮かべながら、目の前の男はそう言った。ケイン・カクタス。クラスメイト。褐色の指に握ったあんぱんを齧り、また笑った。

「戦争も自殺も、命の危険が無ければ質のいい娯楽になり得るのさ」

「知った風な口を聞くな。小説も飛び降りもエンタテイメントにされた俺の気持ちを考えろ」

「いやはや。人間の適応能力というのは実に面白いものだと思わないかい? ロストブラッドから一週間。たった一週間で人はああいう真似ができるようになるんだ」

瓶牛乳を飲みながら人類の生態について思索を深めるその姿は至極馬鹿馬鹿しかった。

「ともかく良かったよ。君が死ななくて」

「そりゃどうも」

思慮深いのか、そうでないのか。よく掴めない男である。

「そうだ、お前。未神って生徒聞いたことあるか?」

「え? 未神?」

「ああ。ここの生徒らしいんだが」

ふと思い出す。あの時ロスブラを起こしたらしいハト女はここの学校の生徒だと言っていた。

「その人がどうかしたの?」

「いや。俺の飛び降りが知れ渡ったのはそいつのせいである可能性が高い」

考えてみれば、あの時あの場にいたのは俺と未神だけだ。となると情報の流出源はあいつである可能性が高い。どうしてこんなに単純なことに気が付かなかったのだろう。

「ふーん……あ、未神って、未神蒼女史のことかな?」

「ああ、確かそんな名前だった。女史なんて呼ぶほどの傑物なのか?」

こくりとケインが頷いた。有名人なのかこいつが校内のネタに詳しいだけなのかは知らない。

「我が校には無数の部活動が存在してるだろう?」

「ああ。有象無象がたくさんな」

「その内の一つに思春期同好会というのがあるんだ」

「はぁ? 思春期同好会? なんだそりゃ」

「さぁ。活動目的不明、活動内容不明。君の言うところの有象無象の一片なんだけど、しかし一つだけはっきりしてることがある」

「なんだよ」

「構成員さ。たった一人しかいない。部長兼副部長兼CEO兼取締役」

「……それが、未神だと」

「うん」

たった一人の同好会、ねぇ。

「傑物かは知らないけど、異例というか異物ではあるね」

「というと?」

「うちの校則では部の設立は五人から。同好会の設立は三人からということになっている」

「そうなのか。……いや、五人より少ない部もあった気がするが」

「それは設立後に人数が減ってしまった場合だね。けど、そうじゃない。思春期同好会は創設された当初から彼女一人だったと聞いている」

「ほう」

「なんであの会だけが特別的に存在を許されているのか。この学校に七不思議があったら、確実に数えられる謎だろうね」

なんとも楽しそうなことである。確かに不思議な話ではあるが……

「場所は?」

「南棟3階の一番端。夕焼けのよく入る空き教室さ……行くのかい?」

「ああ。謝罪と訂正と損害賠償請求にな」

「あっはっは。程々にね」

そう言って奴はあんぱんをかじり終えると、鞄から新聞を取りだした。

「よく読んでるな、それ」

「定期的に故郷から届くんだ」

新聞に書かれているのは見たことの無い文字だった。やつのルーツは中東の……シルエスタとかいう国らしい。以前自己紹介で言っていた。

「ま、早く行ってきなよ。君が他人に興味を持つなんて珍しいからね」

「興味があるわけじゃない。事実確認をしなきゃならんだけだ」

「はいはい。そういうことにしておくよ」

口の減らないやつを置いて、教室を後にした。


―――――――――――――――――――――


「はい。どうぞ」

ノックに応えた。ノブを掴んで開く。

「……思春期同好会とやらの部室はここであってるか?」

「うん。久しぶりだね、依途くん」

西日の中に、翼を開いた女子生徒がそこにいた。未神蒼……一週間前に会ったハトの変異体。透き通るような白い髪の中に、どこか少年のような幼い顔がある。疎いのでショートだかボブだか分からないが、そんな髪型が尚更中性っぽさを際立てていた。

スカートとソックスの間に細く白い脚が伸びている。

「…………」

「どうかした?」

確信が得られた。俺の見たものは夢でも幻でもなく、事実だった。黄金を背にペーパーバックを開く天使は、どこまでも現実感の無い光景だったけれど。

目の前に、確かにそいつはいた。

「お前、ここで何してるんだ」

「きみこそ、ここに何しに来たの?」

「……」

「ま、そりゃ聞きたいことはあるかもしれないけど。入んなよ」

扉を開けっ放しにしたまま近くの椅子に座った。彼女は本を机に置いて、こちらへ笑みを向ける。翼が畳まれどこかへ失せると髪は明るい黒に染まった。コスプレに使えそうだな、それ。

「ここは思春期同好会。青春をこよなく愛する者たちの集う場所だよ」

「何を考えてるんだ?」

「ん?」

「ロストブラッドだよ」

……『人類は死を喪った』。未神はあの時そう言った。あの時は何を言っているか分からなかったが、与太話じゃなかった。実際人類は死ねなくなった。

「何故そんなことをした」

「言ったよ。死が嫌いだからって」

「そんな理屈……いや感情論で納得するか。世界が変わったんだぞ」

「そう言われても。事実そうだし」

「…………」

あっけらかんとそう言った。起こした現象に対して、あまりに素直過ぎる態度だ、

「じゃあ聞くけど、きみは人が死ぬの好きなの?」

「好きとか嫌いじゃない。人は死ぬもんだろ」

「受け入れるしか選択肢が無ければ、そうなるよね」

暗に、自分にはあるのだと……特別なのだとやつは言った。

「…………だいたい、どうやってこんな現象を起こした」

「だから、魔法だよ。そういう力がぼくにはある」

「そういう力?」

「世界を書き換える力」

「そんな馬鹿な」

「こんな問答、この前もしたと思うんだけど」

そんな簡単に信じられるか。魔法だなんて。

「受け入れなよ。目の前の世界は現実だ」

……分からないわけじゃない。確かに世界が変わったのなら、そんな力は魔法と呼ばざるを得なかった。

「これから今以上に世界が変わってく。死なないという変化を前提に更に世界は形を変える。

きみが現実を疑い続けてる間も」

「どうなるってんだ」

「少し想像力を働かせれば分かる。それが出来ないなら自分の目で見るしかないね」

未神が立ち上がる。羽が畳まれて、椅子に掛けてあったカーディガンを羽織った。

翼の無いこいつは思ったよりも体が細く小さいのに気が付く。このちびっ子が世界を狂わしたのだと思うと妙な笑いが出た。

「おい、なんだ」

「少し歩こうよ」

部屋を出ていく未神。戸惑いながら、その背を追うしか無かった。


―――――――――――――――――――――


六月。梅雨が明け、夏の近付くころ。その割に妙に冷たい風が吹いた。

「どこに行くんだ」

そう聞くと、彼女は端末を取り出して時間を確認する。

「まだもう少しありそうだ……」

「?」

「なんでもないよ」

駅前。俺達と同じような学生やら、定時上がりらしいサラリーマンやらが行き交っている。何故だが知らないが未神と共に歩いていた。

「あれ、見て」

「?」

彼女が指したのは看板を貼り替えしている建物。

「あそこは小暮内科クリニック……要するに医者だったんだけど」

「ああ」

「ぼくのせいで店仕舞いするんだ」

確かにロスブラ以降、人類は怪我も病気もしなくなったわけで。医者は客がいなくなる。廃業するしか無いだろう

「あとは、あれ。葬場」

「確かにそれも要らんな」

「そして……あれもだね」

「? なんだ、あの建物」

「NPO。この辺で炊き出しとかやったりしてたんだ」

確かに飯食わなくても死なないもんな。

「今後は衣服や衛生用品の支給が主な活動になるらしい」

「……なぁ、流石にそれくらい俺だって分かるぞ。毎日そんなニュースがやってるだろ」

ロストブラッドの影響……なんてニュースが各メディアで延々と流れていた。医者や坊さんや福祉団体に色んな影響が出るってな話だ。世界中が大混乱を起こしていた。この国も通常六月のどこかで終わる通常国会の後、そのまま臨時会が開かれ国会が続くらしい。土曜日も休みじゃなくなったとか。特に世間に興味のある方では無いが嫌でも目に入る。

「まあまあ。自分の目で見るってのも中々大事だよ?」

「つったって、医者の夜逃げを見かけたぐらいだろ」

ほんとに夜逃げかは知らないが。

「ううん。これから、もっとすごいものを見ることになる」

「ん?」

「……そろそろ、頃合じゃないかな」

彼女がそう呟いた瞬間。爆炎が辺りを包んだ。


「うわぁあああァァアアアッ!」

何だ、何が起こった。……爆発、そうだ。爆発だ。

「未神!」

叫ぶ。が、隣にいたはずの未神はいない。

「未神ぃッ!」

どこだ、今の爆発に巻き込まれたんじゃ……

「!」

その刹那、もう一度爆発が起こった。大きく吹き飛んで、どこかの建物に叩きつけられる。

「ぐ……あぁ……」

痛い。死も怪我も無い世界なのに、確かに全身が痛い。

辺りを見渡す。必死に逃げようとする者、服を黒焦げにして倒れている者、火達磨になって叫んでいる者。そして火の海と化した街。

「どうなってやがる……」

どっかの事故か、或いはテロか。分からない。

「は、はははは、ふははははははははははははッ!!!!」

炎の中心から声が聞こえた。ある程度年の行った……おっさんの声。

「お前らが……お前らがいけないんだぞ」

恐怖に泣くわけでも、痛みに嗚咽するわけでもなく。そいつはただ一人笑っている。見れば見るほど普通の姿をした、太った男。地獄の様な炎の中を、ゆっくりと歩いていた。

「俺を無視するやつは……救わないやつはぁ、みんな消し炭だぁ!」

奴が手に持っていたライターを点けた。突如更に吹き上がった火焔が奴を包む。

「な、なんだ……」

それはただの火じゃなく、意思を持つかのように……憎しみを抱いているかのように蠢いて、やがて解き放たれた。熱風がこちらまで届く。

「!」

火焔の中心にあったのは、先までの男ではない。

化物。人と呼ぶにはあまりに異形の何か。強いて言うならそれは、「敵」と形容できるものだった。

「ほらほら、暖かいだろぉッ!?」

再び炎がほとばしり、辺りを焼いた。

「いやぁッ!」

また誰かが火に覆われて叫んでいる。

「くそ……」

せめて、未神だけでも。どこにいる……? 逃げたのか、それともあいつもこの火に巻き込まれてしまったのか。なんでこんなことが起こっているのかは知らない。けどとにかく、自分と知り合いくらいは助かりたい。

お前、何か変な力持ってるんじゃねぇのかよ。あいつどうにかしろよ。

「……?」

サイレンが聞こえる。通りがかったパトカーのようだった。中から警察官が出てくる。

「お、おい! そこの! 止まりなさい!」

異形と言えど二本の足で立つそれを人と認識したのか、警察は化物に拳銃を向けてそう叫んだ。足は震え、情けない拳銃が右往左往している。

「おやおや、公務員さんじゃないですかぁ」

化物が警察へ歩んでいく。

「と、止まれ! 撃つぞ!」

「酷いなぁ……俺が何したって言うんですか……」

「止まれぇ!」

空砲が鳴り響く。

実弾が放たれる前に化物は走り寄って、警察官の首を掴んだ。

「あ、ぐぇ……」

「納税者に銃を撃つなんて……」

化物の体から炎が噴き出す。警察官が焼かれていく。

「謝れよぉッ!」

それをパトカーに投げつける。また爆発が起こった。ああ、もうだめだ。みんなやられるんだ。

「げほっ」

息が苦しくなる。一酸化炭素だろうか。これだけ燃えてるんだ、おかしくもない。意識も薄れていく。

「あぁ…………」


―――――――――――――――――――――


「聞こえる?」

どこか、よく分からない場所。光の溢れる場所。声が聞こえる。

「……未神?」

純白の天使がそこにいた。

「うん」

「お前、無事だったのか」

「まぁね」

「なら俺も助けろよ」

「うん。助けてあげる」

「はぁ?」

「きみを救ってあげる。解放してあげる」

未神が差し出した手のひらに一枚、羽が乗っている。煌めきを放って、姿を変えた。

「銃……?」

何やら装飾の為された、ファンタジックな銃がそこにあった。

「何だよ、これ」

才能(ちから)

「あぁ?」

「きみは、才能が欲しいんでしょ」

「何だよ、急に」

「自分が才能の無い、意味の無い人間だと絶望したから。あの日きみは死のうとしたんだ」

「…………」

「幾ら死ななくなったって、死にたいままじゃ意味が無い。だからきみにこの才能(ちから)をあげよう。暴れてるあいつを止めるんだ」

「……あの化物を止められるのはいいが。俺が欲しいのは、別に戦う才能じゃ」

「……ごめんね。ぼくにはきみが本当に欲しいものをあげられない。こんな代わりのものしかあげられないけど。

それでも、普通じゃなくなる。特別になれる」

「…………」

確かにあの日、俺が死のうとしたのは自分が無才だって気付いたからだ。

今まで心のどこかで笑ってた、これといった取り柄も無く日常を生きる普通の人々と何ら変わりないと気付いたからだ。

「さぁ時間だ。今からきみはモブじゃなくなる。特別な、ただ一人だけの……」

ヒーロー。


―――――――――――――――――――――


目を覚ます。化物は未だに炎を放ちながら暴れていた。

「未神。これで奴を撃てばいいのか?」

『違うよ』

「じゃあどうすればいい」

『さっき、あいつはどうやって変身した? 炎で自分の体を焼いたでしょ?』

「……まさか」

『うん。その銃で自分の頭を撃ち抜くんだ。

自らを殺すことで……死によって、きみたちは変身する。力を得る』

「……趣味が悪いな」

立ち上がる。歩く。

「ん?」

炎の向こう、陽炎に揺れる化物がこちらへ振り向く。銃の安全装置を外した。

「何だ、お前……?」

「暑苦しいのは嫌いなんだ」

こちらへ火焔を放ってくる。銃口をこめかみに当てた。引き金を引く。


「なんだぁ……?」

炎を振り払う。人のそれでない、自身の腕が目に映った。…………変身したのだ。ヤツと同じ、異形の化物に。

『これより思春期同好会は作戦を発動する。作戦名に希望は?』

「オペレーション・ファイアマン…………悪いな。才能(ちから)試しに付き合ってもらう」

駆ける。自らの躯体が自らでないような、異様な感覚。瞬きをするほどの間隙に奴の懐に飛び込み、腹に一撃叩き込んだ。

「が……」

「なるほど……」

左の拳を顎へ振りあげ、空を仰いだ顔面へ踵を下ろした。異形が更にその表情を歪める。

「なんなんだよ、なんなんだよぉおおおおぉお!」

起きあがった奴が拳を地面に叩きつけると、その周囲が大きく爆ぜた。跳び上がりそれを回避し、近くのビルの壁面を蹴る。

「……っ」

反動でやつの胸ぐらへ蹴りを叩き込む。大きく吹き飛んで、地へ這った。

「はぁ、はぁ……なんなんだよ、お前」

「?」

「どうして俺に気持ちよく報復させないんだよォッ!」

「報復なら、俺がしている」

奴に詰め寄り、首を掴んだ。両の腕でそれを締める。

「ぉ……んぎ……」

「俺に才能を寄越さなかった世界への報復」

「そ……れは……俺に関係ない、だろ……」

「ああ。お前と同じだ」

何かが砕ける音がして、奴の首から赤い液体が噴き出した。

もがいていた奴の手足がだらりと垂れる。手を離すと死んだようにその場に倒れた。

「…………」

化物が、人の姿に戻っていく。傷一つ無かった。

「お疲れ様」

背後から声。

「……未神」

「助けるか迷ったけど。必要無かったみたいだね」

「ああ……」

「おめでとう。もうきみは、主人公だ」

「……はは」

何がなんやら分からない。けれど何かその一言は俺の人生を変えるような、そんな気がした。

「名前は……そうだね。死を殺す(キリングデッド)。どう?」

「いいんじゃないか。B級臭くて」

「ふふ。今の自分の姿、見たい?」

答えあぐねていると、鏡をこちらに向けた。そこにいたのはさっき街を焼いていたのとそう変わらぬ化物。そりゃそうだ。化物を殺すのは化物だろう。顔を濡らしていた赤い血を拭う。元の情けない学生の顔に戻っていた。

「……っ」

限界なのか、体が倒れる。意識が遠のく。

「おやすみなさい」

「…………」

「ぼくが綴ろう。きみの物語を」

声が聞こえた。なんと言っていたかまでは分からない。多分笑っていたと思う。

けれど、物語は確かに始まった。それだけは確信していた。


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