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空虚と愛  作者: 小野 惟
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第1話

 



 私は今、恥ずかしい。生まれ育ったド田舎に唯一ある図書館に「れんかキエロ」という文字が机に彫ってあるのを見てしまったからだ。多少は傷ついたが、それよりもこの文字を誰かに見られるのではないかという恥ずかしさの方が勝っている。

 近くに住む従姉妹がもう少しで小学生だ。図書館は小学校低学年の遊び場にもなっていて、もしかしたら見つけてしまうんじゃないかと焦りに焦りまくっている。消えないペンで書かれているのならばその上から同じ様なペンで塗りつぶしてしまえば良いものの、彫ってあるんだ。どうしようもない。


 水原蓮華、14歳。

 人口が少ない為、保育園から中学校まで同じ顔ぶれで成長していくド田舎に産まれた。中学に上がる時、多感な時期に入る周りの人間に馴染めず必然の様にいじめの対象者になった。しかも人がいなすぎるので固定制度だ。誰かに移り変わる事はない、変わる人がいないのだ。

 皆、誰かと結託し敵を作りたいお年頃、それで安心を得たいお年頃なんだ。

 まあ、私も小学生の頃から少しというか大分でしゃばりグセがあったので選ばれやすかったのだろう。大人への階段に登る仲間達に足なみ揃えられず、そのまま踏みこんでしまった。いじめられて自分が人より自己中心的な事や協調性が無い事を自覚したので教えて頂き有難い気持ちもある。だが期間が長すぎて、もう私自分の欠点に気づき反省しておりますが……と態度で示しても無駄だった。ああ……私が改めても、この子達は次は私なんじゃないかと怯えているからやめる気はないのだろうな。そう気づいたときから悩み落ち込むのはやめた。


 とは言え孤独だ、常にひとり。おまけにコソコソ証拠が残らない様にされていた精神的ないじめが形として残ってしまった。見なかったことにしようか、でもあまりにも堂々と掘るものだから、私が見なかったことにしても、他の人は見なかったことにはできないだろう。いやはやどうしたものか……、さらに上から彫ろうものなら器物損壊で私があらゆる方面にご迷惑をかけるのではないか。


 とりあえず考えるのはやめよう、どうしようもない。


 人も車も通らない帰路を黙々と歩いた、無音の中を歩くのはいつだってこの世界は本当は無い物なのではないかと錯覚する。車の走行音や手押し車を押すご老人がいきなり現れたりすると、これは現実なんだと残念な気持ちになる。


 明日は学校、どうしよう。いじめが始まってから何度か不登校になった。これ終わらないんだな、と達観してからも時折全てから逃げたくなって行かなくなることが多かった。一週間ほど引きこもれば大体の気持ちの整理が付いてまた通いだす、また調子が悪くなれば引きこもる、それの繰り返しだ。

 あー、そうだ。明日は部の集まりだ。入学当初はまだ好き勝手にしていたので調子に乗って運動部に入ってしまった。部活動には必ず入る決まりなのでもう退部はできない。集まりにいかなきゃそこで決まった事とか分からないな、わざわざ教えてくれる人もいないし。



 ――



 窓の外は終わりを告げる様に桜が散っていた、そしてこれから何かが始まる事も知らしめる。

 部の集まりは空き教室で行われ、固まっている部員から外れて1人で座った。内容は先輩の部活卒業に伴い、自分たちが主導メンバーになるので部長やらスローガンやら色々決めるというものだった。どう考えても度々不登校になり部に顔を出さない私には関係のない事、終わるまで静かにしてよう、そう決めた時だった。顧問の大林が部長に相応しい人を決めるため毎日交代で部長をやってみようと提案した。おいおい、勘弁してくれよ、私が気配を消すためにしていた静寂は何だったのか。楽しそうだとはしゃぐ部員はでしゃばって制裁を下した私もやるという事忘れていないか。だからと言って「それはやめましょう」と言える様な立場でもない。自分の鼓動を感じながら机にある傷跡を必死に目で追う、それぐらいしか気を紛らわすことがないのだ。

 窓の外で散っている桜がやけに遅く感じ、終わった時にはもう桜が見えないくらい外は暗くなっていた。

 


 部長交代制が三回ほど回った頃だろうか、私のどうしようもないあの期間がやってきた。行きたくない、逃げたい、だがこの交代制が終わった後話し合いで部長を決めるのでできるだけ部に顔を出そうと言われている。ここで行かなきゃ私はまた嫌われるのではないか、いや、どうせ部長は私ではない、そんな事を考えているうちに部屋から一歩も出れなくなっていた。また私はやってしまった。必ず夕方に鳴る学校からの電話音に怯えながら、どうか私を忘れてくださいと祈った。

 

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