表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/50

気になる記憶とならない記憶

こんばんは。

忙しさにかまけて、すっかり更新頻度が週一回になりました。


こちらは楽しみながら書いています。

お付き合いくださる方、ありがとうございます。

         ※


 シャルル・ド・ゴール空港に到着するまで、橙子は話しかけてこなかった。いつもの彼女であれば、これまでの行動を振り返ると、国際線は酒がタダなので飲んだくれて寝てしまおうという、非常に悪食な態度だったと予測される。

 それなのに子供ができたせいだろうか。

 橙子は酒をいっさい口にしなかった。


「ソーダ!」

 彼女がビールを我慢して、ソーダを頼んだことに、彼女が背負う命の重みを感じていた。

『ーーどうして、飛行機に乗ってまでフランスに?』

 金もなく、ヨーロッパ?

 未開の地に行こうというのだろう。


「言ったでしょ! サナレス、あなたが行きたいと言った土地だからよ。フランスの首都パリとか、美術館とか、私にはどうでもいい。あなたが行きたいと言ったアンボワーズに行くつもりだし、天才ダビンチが辿った過去を私もこの目で見てみたいの」


 フランスに着くと、アジア人以外の人種が多くて、日本人としてさほど大きくはない橙子は、客観的にみてより小さく、頼りなく見えていた。

 英語もフランス語も、できないだろーー。

 サナレスは頭を抱えた。


 ミャンマーから送った荷物でさえ、ちゃんと空港で受け取れるのかどうか、サナレスも不安だった。


 乱暴に扱われるスーツケースが、ベルトコンベアーのようなシステムで流れてくるのを凝視しながら、橙子が平静を装っていても緊張しているのが伝わってくる。二心同体だから、伝わらないはずはない。


『身重の体で、パリまで来たとしても、その後どうやってアンボワーズまで行くっての? ーー日本への直通便でているから、もう帰ろう』

 サナレスは橙子に提案した。


「はぁ? あなたがそれを言うのは違う。サナレス、あなたが会いたかった人に会いに来たのよ」

『死んでいるよ』

「違う! あなたは時空を超えてこっちに来たでしょ? 時空軸を破壊しておいて、こっちの概念にハマらないでほしいわよ」

 橙子の荷物が流れてくるのを待ちながら、自分たちは議論した。


「多分ね。世界を超えるには制限がある。でも、異世界から来たなら、時空を超えられると、私は仮説を立てている」

『どういう自信?』

 橙子は屈託なく笑っていた。


「勘。ーー勘でしかない」

 けれど橙子は目を輝かせた。

「でも! わかる。私にもサナレスにも、ダビンチに会いに行くことは、何よりも大事なんだ」


 天才と言われていたけれど、死んだ男に会いに行くのが、それほど大事だと主張する橙子に対し、サナレスは苦笑しかできなかった。


『交通手段ーー、電車か車しかないけど……』

「免許なんてないし。だから電車でしょ?」

 サナレスは承諾した。車を運転するなんて容易いことだが、橙子は国際ライセンスどころか、日本の運転免許証を所持していなかった。


『今日はパリでゆっくり休む。それが地方に向かう条件だ』

 あきらめたサナレスは橙子にそう伝えた。

 それでも。

 もしこの旅で橙子の身体に何かあれば、サナレスは自分を許せないと思っていた。アンボワーズに向かうことを承諾したとしても、橙子は日本に帰った方がいい。子供まで宿した彼女は、日本の故郷に帰るのがいいと思っていた。


 この異世界にいられる時間は短い。

 それは察している。


「そっか。じゃあ今晩はパリを楽しもう」

 屈託なく橙子は言った。

「せっかく首都に来たんだから、観光して楽しもう!」

 歌すら歌い出しそうな軽薄さだ。


『宿は?』

「安いの、色々あるみたいよ」

 ちょっと調べたのだと橙子が言った。


 サナレスは渋面になる。

 八人部屋ってな。しかも男女混合、国籍混合の8人部屋って、どうやってセキュリティ面を確保するんだよ。

 心の声が聞こえたのか、橙子は答えた。

「だって、持っている所持金も荷物もほとんどないからさ。取られるものないからいい」


 サナレスは項垂れた。

 君の貞操は誰が守るのだろう……。


 それなのに橙子はサナレスの考えに応えるように、ニヤッと唇の端を上げた。怖い。般若の面のような笑みだった。


「私、妊娠してるんでしょ? この状況で襲われてもさ。子供の生産工程が積んでるんで。生殖行為は無効」

『ーー』

 言い方に歪んだ知性が使われていて、サナレスは言葉を無くした。100年という経験を積んでいない若かったサナレスなら、爆笑していたところだ。

 言い得て妙……。


「ついでに男に、やったら経済的援助要るよって脅せば、私の貞操は安全だと思う。それの英語とフランス語覚えとこか? あ、性病って単語の方が効くかな??」


 殺されない限りな。

 サナレスは現実的に状況を判断していた。橙子が言うように、人を殺してまでの犯罪はそうはなかったので、無惨に身重の橙子が襲われる可能性は低いと判断できた。


『地方にホテルは少ないよな。首都パリから地方へ電車で行って、そこからホテルまでどう行けばいいのか、今晩私が調べよう』

「よろしく〜!」

 橙子はヒラヒラと手を振っている。

 こいつーー、年を経るごとに大胆になっているようだった。


 パリ市内の治安に悪い区域まで、私たちはメトロに乗った。

 橙子は本当に怖くないのだろうか。

 サナレスの魂が側にいるとはいえ、わずかな荷物と身重の日本人。客観的に見れば東洋人は小柄で、メトロ内は様々な人種が乗り降りしている。そもそも東洋人の体格は小さい。スリも多い。


 そんな圧迫される空間で、橙子はわずかな荷物すら守る意識も見せず、鼻の下までずり下がったサングラスを鼻先で弄びながら、メトロを乗り降りする人を観察しているようだった。


 夕方のメトロは混んでいた。サナレスとしては安定期でもない彼女の身体に、無関心な乗客がぶつかってこないかが気掛かりで、これまでの経験やガネーシャから聞いた内容を総括して、この世では御法度だとは思いながらも、橙子の周囲に精霊を呼び出しだ。

 不自然じゃない範囲で守るというのは、本当に難しい。


『ホテルは?』

 こそっと聞くと、橙子は鼻を鳴らした。

「パリのホテルなんて高価すぎるでしょ」

『安全区域にも宿泊せず、ホテルでもないって?』

「大丈夫。ちゃんとレビュー見て予約はしたよ。コンドミニマムの8人部屋」

 ーー橙子!


 メトロを降りて地下鉄を乗り換え、橙子は貧しい地区の宿に足を運んだ。


 地下鉄を出て、ホテルまで徒歩で向かう間、橙子は物騒で無粋な視線に晒されていた。

 そしてついた宿泊先は、案の定酒場だった。


 サナレスの経験上、安い宿泊先の入り口は、たいてい食堂兼酒場になっていて、ろくな食事は出てこない。ーーそして泊まるところは、単に寝るスペースだけがあるだけだ。


「こちらの空間でお楽しみくださいね」

「はーい」

 チェックインした時に橙子は笑顔で対応したけれど、「酒飲めないでしょうが今……」とサナレスはため息をついていた。

『こんな共同部屋? そんなに安くもないし……』

「これでもまだ安いよ。明日には地方に行くし、寝るだけならいいでしょ?」

 サナレスは納得した。


 今夜は橙子が眠ったとして、この世界で橙子の身体を自由にできたとしても、一睡もせず護衛だと諦める。


「サナレスってさ、なんでダビンチ好きなの? モナリザとか絵画に興味ある?」

 8人部屋の2段ベットに登ってから、橙子に聞かれた。

「モナリザってのは美術館に飾られてるから、それ明日見る?」

 特に必要ないと断りたかったけれど、橙子が期待して提案してきたので、サナレスは『そうだな』と答えた。


『それに知りたいんだ。私は彼が生涯を閉じた場所について、どうしてか興味がある』


偽りの神々シリーズ紹介

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」

「魔女裁判後の日常」

「異世界の秘めごとは日常から始まりました」

「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」

「異世界で勝ち組になる取説」

シリーズの8作目になります。


 異世界転生ストーリー

「オタクの青春は異世界転生」1

「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」


 異世界未来ストーリー

「十G都市」ーレシピが全てー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ