好きな男と結ぶなんて
若い女子に限って、一度寝た男への思い込みが強い。
あ。思い込みと、幻想ですけど。それも大切な時間なのかと思います。
男はどうかな?
人間って弱いから、たまたま振り返ってもらった人に執着してしまっていないかな?
そんな話です。
※
ずっと橙子と自分はは繋がっていると、サナレスは思っていた。
けれど彼女は大人になっていく過程で、サナレスのことを亡き者にしようとしていた。
橙子がつぶやいた言葉を重く受け止める。
「そもそも自分の中に別人格がいるのってヤバいよね……」
自分はヤバいと言われる存在らしい。
「別人格?」
ホストの男が問い直した。
サナレスだって聞きたい。
それってどういう意味なのだろうか?
やはり橙子にとって自分は、ただただ厄介な存在だというのだろうか?
「別に、言葉そのままだよ。うちって実家がうるさくてさ、逃避するためになんか色々複雑だったわけ」
「わかるよ」
橙子は入れ込んでいるホストに話していた。
サナレスのことなんて考えていない。ただ身の上をポツポツと、ホストの男に語っている。
わかるよ、って相槌のなんて軽薄なことか。
サナレスは怒りすら覚えたが、どうやら橙子はこの男に夢中らしい。
月に一度は橙子のベットに寝る男だったので、サナレスはその男を知っていた。
男は、河野義彦という名だった。
橙子はサナレスの声が聞こえていること自体を、自分の弱さや疲れだと認識するようになってしまっていて、このところサナレスは橙子に話かけてこない。
「二重人格なのかな? たまに私の中に別人がいるような気がするんだ」
「わかる。俺も両親と折り合い悪くてさ、なんていうのかな、誰でもいいから救ってくれって思ったことあるからな」
「だよね……。その類いだと思う。義彦に出会ってさ、最近はあんまり別人格を感じなくなった」
私はいずれ、違う世界に戻る。
だからあまり橙子が住まう世界に干渉するのは良くないのだろう。
サナレスはそう思って、最近ではあまり橙子に話しかけなくなっていた・
「最近では病気、治ってきてるみたい。変な声も聞こえないし」
橙子から病気だと言われても平気だ。
サナレスからすれば生まれ変わった人生だったので、自分の人格形成が他者から病気だと言われてしまうことは残念でならない。
けれど橙子が発した言葉で、サナレスは自身の肩身が狭いことを察知して、余計に橙子とは距離をとった方がいいのだと察する他なかった。
「え? またオートミールなの?」
「うん、朝はこれが一番いいんだって」
サナレスと橙子の間に残ったのは、習慣だけになった。
朝はオートミールを食べたほうがいいよ。
その言葉が橙子の生活に習慣づいていて、橙子はホストの男にもそれを勧める。
「今晩くる? 今月誕生日のやつがいてさ、売上勝負なんだ。応援してよ」
「うん。行くけけどさ、他にもくるでしょ?」
橙子の気持ちは荒んでいた。
いくらホストに貢いでも、もっと貢ぐ女がライバルとして存在する。ホスト界では、貢いだ者勝ち、つまりお金を投げた者がチヤホヤされる地位を手に入れているようだった。
「あの年魔女な、ごめん橙子。俺、ホストが仕事だから、あのババァを接客しなきゃなんないわ。仕事だからな、ほんとごめん」
「あのババア、マジでSNSでもマウントとってくるよね?」
「そだね、ごめん橙子。金で買われるのが俺の仕事だからさ。俺は本当に、橙子みたいな普通の大学生の女の子と、普通の生活したいんだけど……。俺の家、親は離婚してマジで貧しいから。大学だって本当は行きたかったんだけどさ……、行けないから。こうやって働くしかなくて……」
100年以上生きた、神の種族であるサナレスからすれば、腹を抱えて笑いたいくらいの嘘っぽさだった。この男は、金のことしか考えておらず、橙子も金儲けの道具にされ、その上体まで雑に扱われている。
何が親が離婚して貧しくてだって?
この世は、社会福祉制度があるだろうが。まともに暮らしていたら、二十歳も過ぎれば、親のことなんて関係ないわ。
何がホスト以外働けなかったって?
楽して稼ぎたかっただけだろうが。肉体労働なんてできないし、製造ラインで単調な毎日も送れない男が何をいう?
選民意識。
少しばかり見た目がいいから、こいつは手っ取り早く、女から金をむしり取る楽な方法で、生活を営んでいる。
手足も短いし、頭も大きい頭身である種族であるというのに、孔雀のように着飾って、自らを立派な雄であるかのように振る舞っている。
橙子はすぐに騙された。
処女というのは、身体の関係にめっぽう弱いらしい。
彼女にとってsexは、相手との気持ちのづながりだった。
けれどホストにとってsexは運動と快楽、そして金らしい。そんなふうに誤解している、河野義彦は典型的な人種だった。
彼にとってsexは、愛情があって育む行為ではないらしい。
この男は、橙子に奉仕的な身体の関係を望みながら、いっぽうで彼女を金づるにするような男だった。けれど橙子本人は。大金を用意して、作られた快楽に溺れている。
えっとさーー。
『橙子、私はもうすぐいなくなるかもしれない』
サナレスはボソッと呟いた。
『君の夢はこの世界を飛び回るキャビンアテンダントなんだって聞いていたんだ。
だから橙子、せめて大学には通ってほしいし、そっちの方面に進む道筋を見失いでほしい』
橙子親みといった、まな板の上の鯉のような心情になり、サナレスは願っていた。
たぶんサナレスは、彼女の人生の最終的な、着地点までも一緒にはいられない。ただせめて、彼女が彼女の人生をうまく生きられるように、その支援は惜しまない気持ちだ。
「サナレス」
ある日不意に、橙子から呼びかけられた。
「ホスト通いをやめたら、まだ一緒にいられる?」
『すまない。私にはわからない』
久しぶりに橙子と会話した。
『橙子さ、あなたの夢のために入学した大学、今年度の単位は足りていますか?』
「それは、計算しているから大丈夫だけど」
橙子が急に、自分との会話に応じてきて、サナレスは面食らっていた。
そこに橙子はとどめの一撃を話してくる。
「推しを切ったから」
『推し?』
「そう、贔屓にしていた遊女って例えればいい? そんな男に見切りをつけたってことなんだけど、サナレスは許す?」
サナレスは、橙子がホストの男と縁を切ったことを知った。
あっさりと告知されたけれど、今の橙子の気持ちは計り知れずにいて、サナレスはただ『そうか』と受け入れた。
「どうすればサナレス、あなたとずっと一緒にいられるの?」
『お疲れ様』
橙子の魂は傷ついて、疲れていた。だから通り一遍の言葉しか出てこないでいた。
「本当に疲れた。でもサナレス、私にはあなたがいる。だからどんな時でも、私は平気だよ」
橙子は言った。
肝心の時に実態がなく、橙子のそばに寄り添えなかったというのに、彼女は自分のことをまた生きる糧にしているようだった。
それって。
元いたアルス大陸でも感じた感情だ。
生きるため神を信仰するのに似ている。
サナレスは声にしない言葉をいくつか飲み込んだ。
橙子、私は何もできない。
何もするつもりはない。
お前が信仰しようがどうしようが、私は元いた世界に、いずれ戻る。
単に、この世界でお前と袖触れ合わして、いつお前が生きる世を絶つかもしれない。
「サナレス? お金って大事だよね……? でも推しのために貢いだお金を精算したら、私にはもう必要ないかな?」
橙子はそう言った。
『そうだね』
サナレスは彼女が出した答えの正しさに、相槌を打った。
「だよね」
彼女もサナレスに応じた。
それなのにホスト男から脱した彼女は、彼女の夢に向かって行動しなかった。
「サナレス、好きな人ができた。今度こそ、本当に好きな人だよ」
橙子はそう言った。
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
「異世界で勝ち組になる取説」
シリーズの8作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー




