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目隠し

また、まあ、随分と難しいことを御提起されている。


この方の二面性というか、人が持つ複雑さをわかりやすく文章になさっている。


愛に生きると書きながら、寂しさを愛では埋めてはならず、恋ではなく、愛が欲しいという。


イエス様は仰った。

愛には段階があり、神様の愛は「無償の愛」だと。


その割には信じないと地獄に堕とすし、酷い出来事があったら試練扱い。「神の箱庭」としてこの世界で遊んでいるとしか思えない。恩寵なき背景の怨嗟で構築されたデータ空間。


「恋愛」「友愛」「家族愛」「神の愛」

愛が欲しいと願う気持ちそのものが、すでに寂しさを埋めたいとする行為だ。


人は生まれた時も死ぬ時も1人であり、その間をどう生きることしか、神様ってのには問われていないと思っている。


だから、人生はゲームでしかない。ゲームだからこそ義務と規律の伴わない権利と自由はあり得ない。


「神の愛」ってのは、結局のところ自己との対話。何故なら神様ってのを見たこともなければいることを証明できないから。自分自身に恥じない行動をして生きて死ねるか。


自己保存に従って生きていれば、逃げたいことのほうが多い。逃げていいのか、どうするのかの基準は他者に委ねることを含めて己が決めているに他ならない。


自己保存ではなく、自己肯定や「隣人愛」に自分自身の段階を進ませたければ他者が必要になる。


「汝の敵を愛せ」

つまり、先に利益を、愛を捧げなければリターンは見込めないとすでに「神様」は回答済みである。


作家様はこの矛盾にお気づきなんだろうが、単にエッセイとTwitterだけ読むと「恋人募集」である。


40万人近くのフォロワーに恋人募集したら収拾つかないと思ったが、フランス在住だから問題は少ないのか。物理的距離は偉大だ。


今日は何も予定を入れていない。

勉強でもしようかな。あー、眠い。

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