優しさ
相手を傷つけない「嘘」=「気遣い」。
今日において、それは「義理チョコ」と名前を変えるのだろう。
このようなイベントがあることで、幸せになる人もいるのだろう。少なくとも、製菓会社は掻き入れ時である。
わかってはいる。
だが、言いたい。敢えて言おう。くたばれ。
昨今の流行り、多様性を謳うなら、義理だとか友達とか変な区分を設けず、一方通行ではなく、誰に対しても広義の意味で「愛」があれば贈っていいとする方があっていないか。個人的には区分するからややこしくなると思っている。
イベントだし、気遣いだと思うから呼びかけられたら賛同する程度の社会性はある。このイベントは本当に会社によりけりである。・・・今朝コンビニで気がついた。面倒だと、黙っていた。回避せずに提起した方は素晴らしい。業務外イベントの旗振り役の方には本当に頭が下がる。
まあ、それにしても、もうこんな時期。
去年の今頃は、想像もしていなかった。
職種を変えることも、文章を書くことも。
音楽を聞くことも、情報を自ら閉ざすことも。
たった、1年。本当にトチ狂ったとしか思えない。この日記の最期は「かゆい うま」なのだろうか。
そう考えると、段々と不安になり、医者に行った。服用している薬の副作用に「悪夢」があるらしく、薬を変えることになった。ついでに血液検査などもした。一体、俺は何に怯えているんだろう。
だが、この異常なまでの不安は解消されるかもしれないとわかって、ほっとした。
もういい加減に改稿版も書き切って、今書いているのも描き切りたい。
今回の実験作、見切り発車とはいうが、プロット切らずに「描く」難しさは半端ない。改稿版は逆でプロットをしっかり「書き」過ぎて変更が難しい。
今まで、こんなことを考える日が来るとは、思っていなかった。だけど、たぶん、今、俺は幸せなのかもしれない。
こうして自分や他人に対して「義理立て」する思考が出来るようになったのだから。




