誰も知らない
突き抜けてはいない青空。
春が近づいてきた時間。空が低くなってきた。
重たい伽藍堂を掲げて練り歩く人々の顔は苦悶。
遠巻きに写真を撮る異国語を話す楽しそうな人々。
大通りは瀟洒な店が立ち並び、個性を見せびらかす虚ろ。
建国記念日の表参道。
得体の知れないエネルギーを薄気味悪いと感じて、小道に入り込んだ。
振り返って、大通りをみれば、建物に切り取られたポートレートな人だかりが映っている。
気持ち悪い。
またか。
「XXさん」知らない。
「お人違いではありませんか?」
「あら、すいません」
どこに行っても、誰かに間違えられる。俺の外観は完全なるモブキャラであり、没個性を極めている。まず見つからない。
中肉中背、雰囲気は中性的。
来ている服も貰い物である。
警察ですら見つけるのは困難なレベル。高校時代に気晴らしに出かけた公園で寝過ごして、携帯電話は電池切れ。誘拐かと東京都全域で捜索されたが6時間は逃げ切った。
今日は警察官多いな、と思いながら勝手に寝過ごして休んでしまったバイト先に謝りにいったら、探されていたのが俺だとわかった。以来、予備バッテリーは持ち歩いている。
従って、俺を探すのは大変困難を極める。それだけ、俺はマジョリティである。
用件済ませて、ふらふらしていた。
見つけた公民館で紅茶を飲んだり、この地域の人たちと会話をし、話を聞きながら思考を巡らせる。流石、都会。いいクルマやバイクが多い。普段、分解されたとか衝突試験後とかしか見ないから、これは嬉しい。
なんとなく、呼ばれた気がして歩き出した。暇だから気がむくままに散歩している。
どこまで行くのかわからない。ただ、気の向くままに歩いている。なんとなく柑橘系の香りが続いている。3キロぐらい歩いたところで、止まった。
左を見れば、善光寺とある。長野?
都会のど真ん中。ぽつぽつと人はいるが、表通りを考えると、異質な空間。
足を向ける。手を濯ぎ、口は持っていたペットボトルの水で漱いだ。
お賽銭を入れ、手を合わせて頭を下げるとマスクしているのに、強いオレンジの香りがした。
心の中で「上手な文章が書けるようになりたいです」ってお願いして、顔を上げた。で、一歩踏み出した後、間違いに気がついた。
願っても、意味がないのだ。だって、自分の努力でしかないのだから。
だから、半歩ほど、身体は側面だが、顔だけ本堂に向けながら、苦笑した。
誰もいない。
だから、マスクの下で口にした。
「いまのなしで。とりあえず頑張ってみるから、見守ってくれませんか」
やはり、オレンジの香りがした。
頭を少し下げて、歩き出した。




