Königsberger Brückenproblem
貪りたい。
気が済むまで、食べ尽くしたい。
欲求を抑えるのが、厳しくなってきている。
現在、書いている物語。調べてしまうと「食べ尽くしたくなる」。
感じたままに書き綴ると決めた以上は「彼」や「彼ら」に関する情報は遮断している。追加情報は登録しているメールマガジンぐらいである。
今食べ始めると、仕事まで放り出して好奇心を満たしてしまいそうで怖い。腹が減りすぎた。
現実世界でだいぶ紛らわせたが、それでも書いていると情報が欲しくてたまらない。
この世界に溢れる、あまりに悲惨なニュース。
地震に限らず、身近にもあるし、起こりうる。
それが悲しいし、何かできないかと思う気持ちに嘘はないのに、一方で好奇心を満たしたいという自己中心的な考えが思考を満たす。
人は完璧にはなれない。
利他も利己も自分を構成する要素だと、痛感する。
古代ギリシャ語に「自己愛」という言葉があるかは知らない。知る限り、最小単位は2人から。「Ἔρως」。ようは、1人よがりな「愛」はなかったと思っている。
どこまでも、単なる俗人でしかない我が身の身勝手さに、笑いが止まらない。
「苦難を共有」したからと意味はない。
利他も利己も自分であると飲み込んで、やれることがあればやればいい。
コンビニの棚を見ればバレンタイン。
2月15日にチョコレートが半額になる日、としか記憶していない。
まあ、自分を構成する要素ごと愛することで何か変わるかもしれない。
「自己チョコ」
少しはチョコでも食べて「飢えを満たす」か。
マスクの下で笑いながら、レジに並んだ。




