修辞学
ね?
「煽動」ってのをああやって書き直すと「てめーがやれ」になるでしょ?
使っているレトリックの基礎は、どっかの基地反対運動と一緒なんだけどね。だから「主題」を入れ替えると浮かび上がる「思考誘導」。
くだらないね。本当に。
「中身」なんて、誰も気にしない。
何事もなく、社会の歯車となり、そして終わる。言ってしまえば「有象無象」の方々により、この社会は作られているし、だからこそ成り立っている。
才能溢れるマイノリティ、なんてのはごく一部で、更に成功するなんて、犀川で砂金探す方がマシな確率である。
場所、才能、時間軸に運。三次元散布図を作成する必要すらない。この場合、どこを絶対参照すればいいのか、俺にはわからないよ。
俺は「テロリズム」は季節に左右されずに「通年」であるからこそ「緊張感」が生まれると思っている。
まあ、年度末はノルマに追われてそれどころじゃないともいう。
「募金」とかは信用しないので、お手軽な「ふるさと納税」とか「保護犬、保護猫活動家の集まり」などで安易に「テロ衝動」を満たしている。
全国の「伊達直人」さん達は本当に素晴らしい。手間も時間も掛かる上に「承認欲求」すら満たそうとしない。マズローの欲求5段階説の最上段「自己実現欲求」か、または、全人口の2%とされた「自己超越」段階にあるのだろう。
「デマゴーグ」な文章を書くことなど、こんな「名もなき景色」ですら可能なのだ。「革命家擬き」など誰でもなれるというわかりやすい一例。
今日は「節分」。季節の変わり目。
まあ、別に1人暮らしには全く関係ない行事だから、どうでもいい。豆撒かれたら、逃げ出さないといけない方だし。
豆ではないが、確か、23か、そこらの頃の今日、小型爆竹を地面にばら撒いた悪戯に引っかかって、バイクがやられた。CB400に「乗せて頂いていた」へっぽこだが、パートナーが傷つくのが普通に悲しかったのを思い出した。今思っても、悲しい。
まあ、なんにせよ、次の季節はちっとはマシであって欲しい。
無分別な悪戯や過去のくだらないことで石なんか投げてないでさ。きちんと「欲求」を満たして「いきたい」よね。




