責任とねがい
泣いた。
バスの中にも関わらず、涙が止まらない。
とある産業の一つ。その「社長」。
事実上「神の一声」になりかねないぐらいに影響力は大きい。このクラスになると「影響力が高い」とか、三次元的な言葉の方が適切かもしれない。
現在、競業他社にいる俺でも、泣いた。
過去に「兄弟会社」や「子会社」には所属していたが、個人的に避けていた。
日本一の大企業。
その社長が年始の言葉を公開された。
胸に、あまりに響いた。
「重い」。そして、「熱い」。
これを書いた方は、本当に「凄い」。
「仲間達」や「ステークホルダー」への想いが、真っ直ぐに込められている。
3人目の師匠と共に「見た」「彼」のふたつ前の「社長」。「怖かった」。
この文章から感じる印象は、そのふたつ前の「社長」。強い「意志」。「覚悟」という意志が眩しい。そして、「怖い」。
在籍当時、師匠は言っていた。
「どう思った」
「つらそうな感じですかね」
「お前は、人の人生を預かるってどう思う」
「あのクラスになると、単なる数じゃないですかね」
「そんなこと言って、ブスって刺されるかも知れねーぞ」
「ボディガード雇うお金、ってまあ、そんな話をしたい訳じゃないっすね」
「そんなに簡単な話じゃない。背負うってのは、簡単じゃないし「会社に来た時と同じように帰る」を実際にやる。それを継続する。それは、難しいんだ」
「安全の門に書いてありますよね」
「ああ。どんだけ生産性が上がる設備入れても、人が死んだら、怪我する設備なら、それはダメだ。だから、いつだって「現地・現物・現場」を見る。それは材料からお客様、関わる全員が死んでも怪我してもダメなんだ。誰かの不幸でできた製品は、お客さんを幸せにできないと俺は思っている。お前は、どう思う」
「お金貰っても嫌ですね、それ。普通に逃げたいです」
「逃げなかった人だから、今、あそこにいたんだ。だから、聞いたんだ。感想を、お前に」
ちょうど執務室に戻ってきて、途切れた会話。問われ続ける「責任」。
そして、「ねがい」。
「移動の自由を届ける」。
「誰も取り残さない」。
この「言葉」は、泣いた。
ずっと「みんな」の、先達の「夢」。
それを「トップ」が、言葉にしてくれた。
「ありがとう」と「笑顔」
俺はずっとこの産業の従事者である。だから、いいことばかりではないことを、よくわかっている。そんなに簡単ではない。
だけど、今。
俺は自分の仕事を、それに付随する責任を伴ってなお、誇りに思う。
仲間達の幸せを、お客様の幸せを、改めて「願った」。




