薇発条の時間
頭が痛い。酷く眠い。
どうやら、俺は俺の「時間」を進めなければならないらしい。
今日の朝、久しぶりに強烈な頭痛で目が覚めた。
頭の顔付近、前頭部が異常に熱い。
浮かんでいる「文字列」は「論文」、その骨子。32頁。脚注などはなく、だいぶ虫食い状態だが、文意は読める。会社休んで全力掛ければ3ヶ月ぐらいで仕上がりそうなレベルまではきている。
昨夜、確かに俺は願った。もういなくなってしまった俺ができることはあるのか、と。今の仲間を裏切らず、それでも俺に何かできることがあれば、それが知りたいと「口にした」。
浮かんでいるのは、安全に関わる論文の骨子。
書き写すだけなら、仕事しなければ1週間ぐらいだろうか。脚注など、論拠はないから骨子というか、論説が降りてきていた。
頭の中で、教授に聞けと何かが騒がしい。
こんな訳の分からないことで教授にご迷惑をおかけしたくない。
だけど、鎮痛剤飲んでもダメで、仕方なく教授にメールした。
めちゃくちゃ落ち込んでる。くだらなすぎる。
自滅した感じが酷くて、温かな世界に触れたくなった。
日曜日のお持ち帰り焼き鳥屋さんは、半端なく混んでいた。お兄さんは相変わらず、キラキラとお元気そうで、お客様達も温かい。
一週間くらいかけて食べ切るつもりで大量に注文したが、どうやら、予約まで含めて90分待ちなレベルになっている。お兄さん、大変真剣。
空気読まずに大量注文してしまったことが恥ずかしい。しまった。
入れ替わり、立ち替わり、電話したりと様々な人がいろいろな方法やタイミングで訪れる。
お兄さんは正直ベースでしか話をしない。
もっと上手く立ち回る方法などあるだろうに。交渉学から見れば、悪手も多い。最大効率化からは遠い。
『日が暮れたら危ないから日暮れまでには焼くよ』
人の本質は何気ない一言や向き合い方に現れる。
小さなお客様に対して、金額的に本来なら断る方が効率がいいとか、予定通りにした方がシステマティックなのに、受けた上で気を遣った一言を告げた。
『ごめんね、お姉さん。遅れてて』
こちらは単に穏やかな世界にいたいだけで、お兄さんからしたら、俺がずっといた方が迷惑なことはわかり切っている。しかも空気読まない大量注文。反省しかない。
予定時間丁度に、男の子は再訪した。
『ありがとう』子供は照れくさそうに、焼き鳥抱きしめていった。
温かな時間。この子の未来はわからない。だけど、この子の記憶には残っていくのだろう。幼かった頃に食べた「記憶」として、この「時間」が、お兄さんの笑顔と共に。
連綿と刻まれていく「歴史」。だけど、人の記憶もまた、歴史なのだと。小さな出来事、小さな背景。変わらない日常。だけど「誰かの記録」。
『お待たせ!』
温かな焼き鳥に、温かい声。
別に著名でなくとも、政治家でなくても、裁判事例にならなくても、人は誰かの記憶に残ることができる。
確かに1300年持たないかもしれない。物質的に恵まれたとは言えないかもしれない。だけど、それが全てでもない。温かい気持ちに、こうしてなれるのだから。
教授から連絡が返ってきている。
相変わらず、俺の困ったメールを真面目に分解してくださって回答してくれている。なんで、俺自身でもよく噛み砕けていないことを言語化できるのか、謎過ぎる。
頭痛は消えたが、文字は浮かんだまま。
仕方ない。教務課にメールから始めるか。寝る前までに終わるかな。
温かい食べ物を口にしている。




