沈黙
難しい。「起こらなかったこと」を評価するのは。
年度末。ようやく終わった一年間。
表彰などを見ていると思うのは、本当にやばくなりそうなのは「表化」されない。
表彰されているのは「やらかした後始末」とか「全力アピール」。その時に対処しなかった、ほったらかしたら「大炎上」な案件は当たり前だが表化されない。
俺が関わっただけでも、タイミングミスっていたら今頃は炎上なネタが3件ある。2件はその時点で通常業務として処理されているし、1件は週報レベルで終わった。
どの会社も同じだが、上に上がりたければ「自演自作」とはまでは言わないが適度に炎上させて「やってます」感を出して「全力アピール」が手っ取り早い。
本当にやばい案件は黙って仕事してくれる方々に押し付けるのが出世への近道。もしくは手柄になりそうとわかった段階で継続的に「アピール」。
中途採用でこの年齢、別職種についた以上、出世とは完全に無縁になった。だから見える「評価の難しさ」。アピールしている方々を見ると、殆ど周囲の助けがあったのを知っているから微妙な気持ちになる。
俺が関わった3件は、俺1人がやった訳じゃない。
いろいろな方たちに力を貸してもらってクローズさせている。俺への評価は好きにすればいいけど、他の方々は評価されてほしい。そんなことを考えてながらみていた。
確かに1年前の俺はアピールすることが無駄だと思っていた。事細かに毎週週報書くその時間があれば発明相談が1件入れられる。そんなふうに思っていた。
今思えば、それは傲慢だったのだろう。ベクトルが違うだけでアピールしている方々と何も変わらない。周囲への感謝が足りてなかった。
評価する側も現在から全項目を網羅して振り返ることは物理的に出来ない。だからアピール合戦になる。
上司に気に入られて加点されそうな仕事をもらうか、声を張り上げないと埋没する。だから、会社が本当に危なくなるのは何も言わない人がいなくなったとき。
そう考えると俺は周りの方々の業績を継続的にアピールしていかないと、ダメなのかもしれない。会社に存続してほしければ。あの時間もそうすれば、続いていたのだろう。
俺が壊してしまった時間の傷はもう癒えただろうか。人を傷つけた以上、俺は忘れることを許されないが、みんなの記憶から俺が消えていてほしいとは祈っている。
こうして自分の全キャリアを手放して見えたこともある。夢中になっている間は見えなくなっていた。
「熱い心に冷めた頭」。
自分を保つのは大変難しい。
来年度はどうなることやら。
難しい。




