66.大切な話をされます
「さて、クロード、お前に伝えることがある」
先代国王陛下が第一王子に告げた。
それならアンリエッタたちは邪魔だろう。
退室するいい機会だ。
これ以上ここにいたら次は何を言い出されるかわからない。
これ以上は巻き込まれたくない。
アンリエッタは兄と視線を交わす。
「それでは我々はこれで」
兄と揃って立ち上がる。
「待ちなさい」
先代国王陛下に引き止められる。
座るように促されたのでもう一度座り直す。
「エドワールとアンリエッタには聞く権利がある。だが口外は禁止だ」
「「承知しました」」
アンリエッタは兄と揃って頭を下げる。
本来なら聞かないほうがいいのだろうが、そうまで言われてしまえば従うだけだ。
顔を上げるように促され、兄ともども顔を上げる。
余計なことは言わないように黙して先代国王陛下の言葉を待つ。
「クロード、判定が出た。お前の王位継承権は三位になる」
まさかそんな重大なことを聞かされるとは思わなかった。
その衝撃を外に出さないように必死に堪えた。
「……そう、ですか。わかりました」
第一王子の声は存外静かなものだった。
覚悟していたのかもしれない。
先代国王陛下は一つ頷き、続けた。
「お前には外交を担当してもらうことになる」
「はい」
それはつまり、場合によっては緊張関係のある国へ行くこともあるということだ。
下手したら命を狙われたり、人質になる可能性もある。
人質になれば、切り捨てられることもある。
外交担当の王族というのはそういう役割も担う。
第一王子もそれがわかっているのか神妙に頷いた。
今回のアンリエッタの件が恐らく王位継承権順位並びにその処遇に影響したのは恐らく間違いない。
それが第一王子への処罰も兼ねているのなら、重いのか、妥当なのか。
わからないし、アンリエッタに口出しできることではない。
「それから妃も内定した」
外交を担当するなら妻は必須だ。
アンリエッタたちの叔父のような一外交官ならともかく、王族が外交で行くなら妻同伴は当然だ。
夜会などは基本的にパートナー同伴だ。
それは夫婦であることが望ましい。
独身だと不本意な異性の斡旋なども仕掛けられかねないからだ。
夫婦なら少なくとも寝所への異性の侵入は避けられるだろう。
ハニートラップなどもある程度は避けられるはずだ。
第一王子は目を見開いた後で、そっと目を伏せた。
まるで痛みを堪えたかのようだった。
恐らくベルジュ伯爵令嬢のことを考えたのだろう。
アンリエッタを盾にしてまで続けていた関係をついに断つ時が来たのだ。
勿論アンリエッタは同情などしない。
それでも第一王子はすぐに先代国王陛下を真っ直ぐに見た。
先代国王陛下もその目を見返す。
「第一妃はシエンヌ・エスト公爵令嬢だ。エスト家から承諾は得ている」
外交担当なら妻は国内貴族で当然だ。
身の危険もある妻の座がエスト公爵令嬢なら、今回の一連の責任を取らされた可能性もある。
"東"の貴族を抑えきれずに事故以上にまで発展させてしまった責任が彼女にはあるとみなされたのかもしれない。
どのみちエスト公爵令嬢が妻なら他国でハニートラップを仕掛けられても安心だ。
そもそもあの苛烈なエスト公爵令嬢だ。
絶対にそのようなことは認めないだろう。
相手の意図を下手したら心までもを優雅にへし折るに違いない。
外交問題までは発展させずに事を収めるだろう。
それくらいの力量はあるはずだ。
それにしても第一妃? つまり妃は一人ではないということだろうか?
王位継承権第三位で?
そんなことは滅多にないことだ。
何かあるのだろうか?
外交に連れていくなら妻は一人いれば十分だ。
妊娠中に連れていくため、というのも一応考えられるが、妻が二人以上いるならうちの娘もどうかと薦められる危険性がある。
それを差し置いても二人以上を娶る利点があるというのだろうか?
黙したまま、続きを待つ。
「第二妃はリリアン・ベルジュ伯爵令嬢だ。こちらはまだ打診はしていないが断られないだろう」
第一王子が大きく目を見開く。
アンリエッタと兄は無表情を貫いた。
内心では驚いていたとしても。
その真意はどこにあるのかを慎重に見定めようとした。
リリアン・ベルジュ伯爵令嬢は第一王子の恋人だ。
彼女の存在のためにアンリエッタは不本意な盾役をさせられたのだ。
それとは別として、彼女はアンリエッタに対しての加害者でもある。
ベルジュ伯爵が認めようとしないから膠着状態ではあるが、まだ決着はついていない。
それでも瑕疵はついている。
本来なら王族に嫁ぐことはできない。
それはわかっているはずだ。
まさか把握していないとか?
さすがにそれはないだろう。
妃にするなら本人とその周囲はきちんと調査するはずだ。
少なくともベルジュ伯爵家から賠償されていないことは把握しているはずだ。
それにラシーヌ家がきちんと報告したので彼女が第一王子の恋人であることも、そのせいでアンリエッタが巻き込まれたのも全て知っているはずだ。
それなのに、何故?
何か裏がないとおかしい。
だが今それを口にすることはできない。
許されていないからだ。
ただ黙して聞いているのみだ。
先代国王陛下は続ける。
「通常なら王子妃が二人など有り得ない。だが、リリアン・ベルジュ伯爵令嬢はもうまともな縁談は望めないだろう」
相手を怪我をさせることも厭わない令嬢だと知れ渡ってしまったベルジュ伯爵令嬢に確かにまともな縁談は望めないだろう。
先代国王陛下は真っ直ぐに第一王子に突きつける。
第一王子は目を伏せることはなかった。
だが、膝の上に置かれた第一王子の手はきつく拳を握り、小刻みに震えていた。
それでも容赦なく先代国王陛下は告げた。
「その責任はお前にある、クロード」
もっと早く関係を終わらせるべきだったと言いたいのだろうか?
アンリエッタを巻き込む前に。
あるいはアンリエッタを巻き込むことなく。
アンリエッタを巻き込んだからこそ今この状況なのだから。
と、そう言いたいのだろうか?
「……はい」
第一王子も自分の責任だと思っているのか静かに頷いた。
だがそうだろうか?
ベルジュ伯爵令嬢の意志もそこにあり、彼女自身の責任も重い。
アンリエッタと仲良くなろうとして"東"の貴族たちの中で浮いた存在になったのも、アンリエッタを害したのも全て彼女の意志なのだから。
誰かに命令されたわけではない。
自分の目的のために自ら考えて行動した結果だ。
第一王子だけの責任ではなく、ベルジュ伯爵令嬢自身の責任もあるのだ。
それを全て第一王子の責任とするのは違和感がある。
だが発言は許されていないので口を閉ざしておくしかない。
表情にも出さないように気をつける。
アンリエッタたちに許されているのは静かに聞いていることだけだ。
邪魔になるような行動は許されていない。
それがたとえ表情一つのことだったとしてもだ。
先代国王陛下の視線がアンリエッタと兄に向けられる。
「リリアン・ベルジュ伯爵令嬢がクロードの妃になることは受け入れ難いかもしれないが理解してほしい。無論彼女に子供は持たせない」
このためにアンリエッタと兄は留め置かれて話を聞かされたのだろう。
ラシーヌ家も納得済みだとさせるために。
今これは非公式の場だ。
それでも認めれば、それは正式なものとなる。
見届け人が先代国王陛下だからだ。
非公式の場でもその発言は効力を持つことになるのだ。
ベルジュ伯爵家に打診していないのは先にラシーヌ家に話を通すためだろう。
ラシーヌ家も納得しているとしなければ余計な横槍を入れられるかもしれないから。
そこまでしてベルジュ伯爵令嬢を妃にしたい理由は何だろう?
まさか第一王子の為なのだろうか?
最後の慈悲的な?
そして子を持たせないというのがラシーヌ家に譲歩を迫る条件としたのだろう。
確かに令嬢に子供を持たせないというのは重い罰かもしれない。
だが、それで納得できるかと言われれば、難しい。
アンリエッタが害されたからという話ではない。
ベルジュ伯爵家自体に王族の妃の実家たる資質があるか疑問だ。
第一、ベルジュ伯爵自身が伯爵令嬢が王族の妻になるなど思い上がりも甚だしいという立場だ。
それを理由にラシーヌ家への謝罪も賠償を断り、現在もその姿勢を貫いている。
それも踏まえれば言うべきことは一つだ。
アンリエッタはそっと兄を見る。
兄は真っ直ぐに先代国王陛下を見ている。
その眼差しに揺るぎはない。
「発言をよろしいでしょうか?」
兄が発言の許可を求める。
「無論だ。率直に言ってくれて構わない」
「ありがとうございます」
兄は先代国王陛下を静かに見据えながら口を開く。
「我がラシーヌ家としてはリリアン・ベルジュ伯爵令嬢が第二妃になるのは看過できません」
そう、兄が静かに断固たる口調で告げた。
読んでいただき、ありがとうございました。
すいません。もう一話続きます。
誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。




