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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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61.心配をかけてしまいました

ふっと意識が浮上した。

目を開いたアンリエッタの視界に映るのは見慣れない天井だ。

ゆっくりと目を(またた)かせる。


えっと……?

何があったのだっただろうか?

確か水をかけられそうになっていた令嬢を助けてーーその後で……


「姉上! 気がついた!?」


視界に飛び込んできたのはルイだ。


「ルイ……」

「あ、起き上がらないで。頭に当たっているから何があるかわからない。今医者(せんせい)を呼んでくるから」

「ええ」


ルイが離れていく。

アンリエッタは大人しくそのまま横になっていた。

あまり待つことなく学院に常駐する医者を伴ってルイが戻ってきた。


「目を覚ましたのですね。気分はどうですか?」

「大丈夫です」

「吐き気などはありませんか?」

「ありません」


医者は一つ頷いた。


「何があったのか覚えていますか?」

「はい。水をかけられそうになった令嬢を助けて、その後で頭に衝撃がありました」


ルイの顔が一瞬歪む。

ルイのことだから"東"の令嬢を助けてこんなことになったのが気に入らないのだろう。


「記憶も大丈夫なようですね。ゆっくり身を起こしていただけますか?」

「はい」


ルイが手を貸してくれて身体をゆっくりと起こした。

その動きを医者が観察するように見ていた。


「頭痛やふらつきはありませんか?」


ぶつかったところはたんこぶにでもなっているのか鈍く痛い。


「ふらつきは、ありませんが、ぶつけたところに痛みがあります」

「そうですか。少し失礼しますね」


医者が診てくれる。


「大丈夫そうですね。たんこぶができているのでそちらが痛んでいるのでしょう」


一通り診察してくれた後で医者が告げた。

確かにそんな感じだ。

頷くと痛みそうなので目線で頷く。


「もし痛みがひどくなったり少しでも体調に不調が見られたらすぐに医師に診せてください」

「はい。わかりました」

「家族の方も注意深く見ておいてください。」

「わかりました。」

「他に気になっていることや聞いておきたいことはありますか?」


アンリエッタには思いつかなかったが、ルイが口を開く。


「このまま帰って平気でしょうか?」

「ここには泊まれませんから。帰ってからしばらくは安静にしておいてください。異変があればすぐに医者に見せること。いいですね?」

「わかりました。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ではいつでも帰ってくれて構いませんので」

「はい」


「お大事に」と言って医者は部屋を出ていった。


「姉上、帰ろうか。大丈夫? 動ける?」

「ええ。大丈夫よ」


アンリエッタはルイの手を借りて寝台から下りた。


「荷物はミシュリーがうちに届けてくれたよ。先程までは兄上とともにいたんだけど、二人には母上に説明するために先に帰ってもらったんだ」


アンリエッタは目を(またた)かせた。


「今何時なの? わたくしはどれくらい意識を失っていたのかしら?」

「今はもう夕方だよ」


思っていたより時間が経っている。

窓のほうを見てもカーテンが引かれているのでわからない。

どれほど気を揉ませただろう。


「そう。心配をかけてごめんなさい」


ルイはただ優しく微笑んだだけだった。


「帰ろう」

「ええ」

さりげなくルイに支えられながら部屋を後にした。




*




ルイの手を借りて馬車を降りる。

馬車はいつもよりゆっくりと走って屋敷に帰った。

怪我に響かないように気を遣ってくれたのだろう。


「あまり揺れなかったわ。ありがとう」


御者に声をかければ、彼は静かに頭を下げた。


「お帰りなさいませ」


家令が腰を折って出迎えてくれる。


「ただいま、戻ったわ」

「ただいま」


家令が静かに扉を開ける。

ルイにそのままエスコートされて玄関の扉をくぐった。


「「「アン!」」」


玄関ホールでは母と兄が待っていた。

母と兄だけではない。ミシュリーヌやロジェ、それにジェレミーの姿まである。


その後ろではマリーも震えていた。

本当は迎えの馬車に乗って来たかったのだろう。

それを、アンリエッタの体調を考慮して医者に譲ってくれたのだ。


迎えの馬車に乗ってきてくれた医者が帰りの馬車に乗っている間、アンリエッタの体調を細かく診てくれていた。

だからこそアンリエッタは安心していられた。

本当に有り難かった。

この後も部屋でもう一度診てもらうことになっている。


訊いても認めないだろうが、恐らく皆話を聞いてからずっとここにいたのだろう。

随分と皆に心配をかけてしまったようだ。


「心配をかけてごめんなさい」

「本当にびっくりしたわ」


ミシュリーヌがまずは口を開いた。

隣を歩いていたアンリエッタが急に駆け出したかと思ったらあんなことになってさぞかし肝を潰したことだろう。


「ミシュリーは大丈夫? 気分が悪かったりしないかしら?」

「もうっ、こんな時までわたくしの心配をしてっ!自分の心配をしなさい」

「だってわたくしは自業自得のところがあるけれど、ミシュリーは違うじゃない? 心の傷になっていたら申し訳ないわ」

「そう思うなら自重しなさい」

「ええ……」


ミシュリーヌに同調したのはロジェだ。


「そうだぞアン、お節介もほどほどにしておけよ」

「……気をつけるわ」

「アンはもっと自分を大切にすべきです。僕たちのためにも」


ジェレミーの言葉には反論の言葉を持たない。


「そうね。反省しているわ」

「本当に、本当にお願いしますね」


念を押されてしまう。


「ええ」

「次はありませんからね?」

「……ええ」


次にしたら何をされるのか、確認するのも怖い。

神妙な顔で頷くにとどめた。

近づいてきた兄がそっとアンリエッタの手を握る。


「心配した」


兄はただ一言だがそこに籠められている感情は重い。

本気で心配させてしまった。

状況説明のために帰宅するまでずっとついていてくれたのだ。

アンリエッタは目を伏せた。


「申し訳ありません」

「無事でよかった」

「無事なんかじゃないよ」


ルイが厳しい声で言う。


「そうだな。最悪なことにならなくてよかった」


本当に、最悪な事態も有り得たーーということをようやく自覚する。


今までどこか意識がぼんやりしていたのだろう。

心の防衛本能だと思う。

目を覚ましてすぐだとその恐怖に心が耐えられたかどうか。


はっきりとした自覚をした途端、指先が震え出す。

兄の手はまだ離されていない。

この震えは兄に伝わってしまう。

まだエスコートしたままのルイにも。


「姉上、ごめん。配慮に欠けた」


アンリエッタは緩く首を振る。

全てはアンリエッタの浅慮が招いたこと。


それに、いずれは気づいたことだ。

夜に一人になった時に気づくよりは今気づけたほうがよかった。

一人だったらその恐怖に呑み込まれてしまったかもしれない。


兄とルイと、二人の繋ぐ手に力がこもった。

ここにいるよ、と言ってくれているようだ。


その温かさに冷えていたアンリエッタの手に温かさが戻ってきた。

震えも少しずつ収まってくる。


ふと震えているのはアンリエッタだけではないことに気づいた。

兄とルイの手も震えている。


「本当に、目を覚ましてくれてよかった……」


ぽつりと呟いた言葉にルイの不安が現れていた。

いやこれは、ここにいる皆が持っていた不安だ。


二度と彼らに会えなかったかもしれない。

深い悲しみを与えてしまうところだった。


そのことも自覚する。


「ごめんなさい……」


自然に謝罪が口からこぼれ落ちる。

兄とルイの手に力がこもる。


誰も何も言わない。

言えない。

何を言っていいのかさえわからないのだ。


その中で動いたのはーー


「アン」


母に呼びかけられた。


「はい」


反射的に顔を上げる。

母は真っ直ぐにアンリエッタを見ていた。

兄とルイが場所を譲るように離れる。


母がゆっくりと近寄ってくる。

そしてーー

母に静かに抱きしめられた。


「本当に驚いたわ。アンの姿を見るまで生きた心地がしなかったわ」

「ごめん、なさい……」


母の言葉が一番(こた)えた。


「もうこんなことをしては駄目よ」

「はい」


身体はもしかしたら勝手に動いてしまうかもしれないけれど。

それでも自分の身は守るようにしないと。


これ以上、皆に心配をかけるわけにはいかない。

他人を助けて大切な人たちの心を傷つけるのは本末転倒もいいところだ。


大切なものを見誤ってはならない。

赤の他人より身内や友人のほうがずっと大切だ。


彼らにこれ以上心配をかけたり悲しい思いをさせるわけにはいかない。

そのためにもアンリエッタは自分をきちんと大切にして守らなければならない。




アンリエッタはしっかりと自分の中に刻み込んだ。



読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。

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