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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 第三王子の追及

目の前にいる長兄を心の中で見据える。


今回のことで目が覚めたような顔をしている。

さすがにそれだけの事態が起きたのだ。

これで目が覚めなかったら王族として失格だろう。


顔つきまで変わっている。

心持ちまで変わったのだろう。

ようやく自覚が出てきたというところか。

……遅いと思うが。


せめてもう少し前ーーラシーヌ伯爵令嬢がこんなことになる前に自覚を持ってもらいたかったものだ。

そうすれば今回のことは防げたのではないかと思う。


リシャールは既に今回の狙いがラシーヌ伯爵令嬢に水をかけようとしてのことだということを掴んでいた。

それはつまり、目の前の長兄のせいだ。


ラシーヌ伯爵令嬢に何かをさせていたのなら、彼女を守る責任は長兄にあった。

それを何の対策も守りもしていなかったから今回のことに繋がった。

そうリシャールはみている。


さて、長兄はラシーヌ伯爵令嬢に何をさせていたのか。

囮にしていたのだろうことだけは掴めたのだが。

何のための囮にしていたのかまでは掴めなかった。

それほど慎重に動いているということだ。


それに、どうしてその囮役をラシーヌ伯爵令嬢が引き受けたのかもわからなかった。

それまで二人に接点はなかった。


親しくしている者たちの中に共通の人物もいなかった。

取っている授業が同じ、ということもない。

それはラシーヌ伯爵令嬢の兄弟も同じだ。


そんな二人がどうやって知り合い、ラシーヌ伯爵令嬢が引き受けるに至ったのか。

最初の一点が掴めなかった。


接点がなければそもそも何かを頼むことはないはずなのだ。

余程秘密裏のことを頼むとしたらその接点のなさは利点ではある。

まさか接点もなかった者に何か頼んでいるとは普通思わないものだ。


だがその場合、全く接点がない相手からの秘密裏の頼み事を承諾するか、という問題が出てくる。

王族からの頼み事だからと無条件で引き受けるということはほぼないだろう。

何かしらの報酬を支払うのが当然だ。


報酬とは金銭だけではない。

何らかの見返りが必要なのだ。


ただその見返りすら見当がついていない。

ラシーヌ伯爵令嬢、あるいはラシーヌ家が見返りを得ている気配すらないのだ。

余程巧妙に隠しているか、表に出ないものかーーあるいは、得ていないのか。


無償で手伝いをさせていたのならそれも問題だ。

長兄は気づいていない可能性がある。

王族だからと言って何をしてもいいわけではない。

むしろ王族だからこそ自身の言動には注意を払わなければならないのだ。


ヴァーグ侯爵令息はどうだろう?

気づいていなかったとしたら問題があるし、気づいていて忠言できないのだとしたら側近としての資質が疑われる。


ただそこまではリシャールの関知できるところではない。

あくまでも長兄の側近だ。採択権は長兄にある。

リシャールの口出しすることではない。


他の側近のほうがきちんとしているのに、とも思うが当然口にはしない。

きちんとラシーヌ伯爵令嬢を口説く長兄を止めていた側近のほうがしっかりと心得ている。


まあ誰を重用するかも決めるのは長兄だ。

本人の能力だけではなく家の力なども考慮しなければならないところではあるし。


それに、事情を知っているからこそ止めなかったとも考えられる。

それなら提案時に止めるべきだとも思うが、密約次第というのもあるので一概に言えない。

ただ単に止められなかっただけなら側近の質としてはやはり高くない。


ラシーヌ伯爵令嬢が長兄に恋をしているから、ということも有り得ないと断言できた。

むしろ彼女が長兄にうんざりしていると見るほうが正しい。


それなのに何故長兄に協力などしたのだろう?

そこがまったくわからない。


まさか何か弱味を握って脅した、とか……はさすがにないか。

いくら何でも長兄もそこまで愚かではないはずだ。

そう、信じたい。


ラシーヌ伯爵令嬢のことについて話がある、と言えば追い返されることなく聞く姿勢を見せる。

少し前だったら顔をしかめていたかもしれないが、少なくとも今は彼女について話をする意志はあるようだ。


今回の一件が余程の衝撃だったのだろう。

ようやく周りが見えるようになったのだ。

正気に返ったというべきか。

いやその判断はまだ早い。

もう少し見極めたほうがいい。


椅子を勧められて座る。

リシャールは一人で来た。

必要であれば後で情報を共有すればいい。

誰か連れてきていては長兄は口を閉ざすかもしれない。

だからまずは一人で話を聞こうと思ったのだ。


ヴァーグ侯爵令息が退出するかを長兄に尋ねている。

恐らくリシャールが一人だからだろう。

側近には聞かれたくない話か、二人だけで話したいと思っていると思ったのだろう。


それなら席を外すと言えばいいのに。

ジルベールならそうした。

つい自分の側近と比べてしまう。

駄目だな。


リシャールはジルベールのように自分で考えて行動できる側近のほうが合っている。

長兄はヴァーグ侯爵令息のような側近のほうがいいのだろう。

それだけの話なのだ。

そして今はそれは脇に置いておくべきものだ。


長兄が確認するように見てくるので構わないと告げる。

無言で頭を下げたヴァーグ侯爵令息が長兄の背後に控える。


ヴァーグ侯爵令息の存在はどちらでもいい。

情報提供してくれるならいてほしいところだが、長兄を裏切るようなことはしないだろう。


忠誠心だけは本物だと認めていい。

忠誠心だけなら。


長兄も彼のことは深く信頼している。

恐らくは彼はすべて知っているのだろう。


それでラシーヌ伯爵令嬢の安全を図らなかったのだから兄と同罪だ。

その前にきちんと止めなかったのだからその資質にも疑義が生じる。

まあそれはリシャールが判断するものではない。


長兄が鋭くリシャールを見据える。


「それで、アンリエッタについて、どんな話だ?」


婚約者のいる令嬢を呼び捨てにするのもよくない。

本人にも止めてほしいと言われているのにも関わらず長兄はそれを止めようとしない。

それで周囲にどう見られているのかわかっているのだろうか?


リシャールは溜め息を堪えて問う。


「ラシーヌ伯爵令嬢の事故の件は聞いた?」


敢えて事故、という言葉にしてみた。

長兄がどこまで把握しているかを知りたかった。


「事故、かはともかく、怪我をした話は聞いた」


長兄は事故だとは思っていない。

どこまで聞いているのか?

ヴァーグ侯爵令息がいたことからある程度の情報は得ているのだろう。


切り込んでみるか。

軽く頷いてそれで、と続ける。


「クロード兄上はどう責任を取るつもりなの?」


さあどう反応するか。


自分に責任があるとはっきりと認識しているか。

まったく認識していないとはさすがに思えないが。

それとも責任逃れをしようとするか。


長兄の目に警戒の光が浮かぶ。


「……それはしっかりと考えなければならないことだ」


責任があるという自覚はしっかりとあるようだ。

それからラシーヌ伯爵令嬢に対する償いもする気はありそうだ。


ようやく、かと思う。

今までの長兄は無責任だった。

自分が口説いたことによって周囲の悪意が向いたラシーヌ伯爵令嬢を守るようなことはせずに傍観していた。

いや、意地悪な見方をすればそれを望んでいたようにさえ見える。


ふと前にラシーヌ伯爵令嬢が水をかけられそうになった一件を思い出す。


リシャールはたまたま近くにいただけだったが、あまりにもひどければ間に入るつもりで注視していた。

結局は他地域の令嬢も巻き込まれたことにより、うまく場を収めていたのでリシャールが出ていく必要はなかったのだが。

それを長兄は笑みを浮かべて見ていたのだ。

まるで自分の思惑通りにいったとばかりに。


あの時にもう少ししっかりと調べておけばよかった。

そうすればラシーヌ伯爵令嬢がこのような目に遭う前に手を打てただろう。

長兄とのことだ、と静観したのが悔やまれる。


先日、シュエットとクロディーヌの苦言についても長兄には伝えてはあった。

長兄は頷いてはいたが、あまり心に留めてはいなかったようだ。

あの時もっとしつこいくらいに伝えておけばよかった。

これではシュエットとクロディーヌに申し訳が立たない。


だからこそここで長兄を問い詰めるのはリシャールの責任だった。

長兄に現実から目を(そむ)けさせないためにも。


「責任があることは認めるんだね。つまりようやく自覚した、と?」


長兄が眉根を寄せる。


「どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。婚約者のいる令嬢を口説くなど、周囲からどう思われていたか想像できている?」


予想外のことだったとばかりに長兄が軽く目を見張る。

想像していなかったようだ。

本当に目的は何だったのか


「まさか、想像できていなかった、とは言わないよね?」

「……さすがに言わない」


ちらりとヴァーグ侯爵令息の顔を確認するが、彼は一切を(おもて)に出していなかった。

一応、長兄の最側近を務めるだけはある、としておこう。


彼の表情から長兄の動向を探ろうとしていた。

そのために残していたと言ってもいい。

だが、ここぞ、というところできっちりと側近としての役目をされてしまった。

まあ仕方ない。

一応それだけの能力があったということだ。


しかしそうなると長兄はわかっていてやっていたということだ。

心の中だけで溜め息をつく。


王族として、いや貴族だとしても失格だろう。

愚か者なのか、それとも泥を(かぶ)ってでも成し遂げようとする芯の強さを持っているのか。


それは目的によるだろう。

だがこの様子ではいくら問い詰めたところで白状することはない。

問い詰めたくらいで白状するくらいなら最初からやっていないだろう。


長兄も馬鹿ではないのだ。

馬鹿ではないのだから最初からラシーヌ伯爵令嬢がどのような目に遭うかきちんと気づいて、行動してもらいたかった。

そうすれば今回のようなことにはならなかった。


「そう」


ここでそれを追及しても押し問答になるだけで無駄だ。

それよりもこれからのことだ。


「それで、どうするつもり?」


リシャールは長兄を見据える。

長兄もまた鋭い視線をリシャールに向けた。


「きちんと責任は取るつもりだ」

「本当だね?」

「ああ」


長兄は真剣な顔ではっきりと頷いた。

ヴァーグ侯爵令息も当然とばかりに頷いている。


ヴァーグ侯爵令息は長兄にきちんと責任を取らせるつもりのようだ。

少し意外、としたらさすがに失礼か。


だがヴァーグ侯爵令息は長兄に唯々諾々と従っている印象がある。

その彼をしても今回のことは目に余るということなのかもしれない。

ただ、実行力には疑問がつく、のは仕方ないだろう。


これは注視しておかないとならないだろう。


「今回の事、生半可なことでは責任は取れないよ」

「わかっている」


どうやら本当に長兄は目が覚めたようだ。

覚悟を決めたような目をしている。


「わかった」


今これ以上何か言う必要はなさそうだ。


「もし、僕の力が必要なら声をかけて」

「気持ちは受け取っておく」

「まあ頭の片隅に入れておいて。それでは失礼するね」


リシャールは立ち上がる。


「ああ。リシャール、」

「はい?」


長兄は真っ直ぐにリシャールを見て告げる。


「ありがとう」


その真っ直ぐな感謝の言葉にリシャールは口許に微笑みを浮かべた。


「どういたしまして」


それだけ告げて扉に向かう。

あとは見当違いのほうに暴走しないといいけれど。


まだまだ長兄の動向には注意を払っておこうと決めてリシャールは部屋を後にした。


読んでいただき、ありがとうございました。


次回はアンリエッタ視点に戻ります。


誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。

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