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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 第一王子の誤算

アンリエッタが頭に壺を落とされ昏倒した話はすぐにクロードの耳にも入った。

自習室に一人でいたところにシアンが報告してくれたのだ。


「アンリエッタが……」


動揺した。

何故そんなことになったのだろうか?


壺が落ちたこと自体は事故だったようだが、その前に水をかけようとしていたらしい。

二階から水をかけようとするなど悪質だ。

それが二人で抱えるほどの量だとしたら余計に、だ。


「……ラシーヌ伯爵令嬢が受けていた嫌がらせの延長でしょう」

「アンリエッタが……」

「知らなかったわけではないでしょう?」


知っていた。

確かにアンリエッタが嫌がらせを受けていたことは知っていた。


それでも通常の、といってはおかしいかもしれないが、鞘当て程度のことだと思っていた。

まさかここまで悪質なものを受けているとは思っていなかった。


いや、そんなことは言い訳だ。

リリアンを守るためにアンリエッタを利用した。

その結果がこれなのだ。


思わず両手を強く握る。

シアンの視線が真っ直ぐにクロードを貫く。


「クロード様にも責任があります」


いつにない厳しい声だ。

それだけのことなのだ。

それだけのことなのだと、ようやく気づいた。


本来ならアンリエッタは何の関係もない。

それなのに大怪我をさせることになってしまった。


それは、アンリエッタをリリアンを守るための盾にしたからだ。

本来、アンリエッタにはそんな義理も義務もなかったというのに、だ。


そんなことにさえ気づいていなかった。


「そう、だな。俺の責任だ」


そもそもクロードがアンリエッタを巻き込まなければこんなことにはならなかった。

それに、だ。

アンリエッタを巻き込んだ以上、アンリエッタを守る義務がクロードにはあったのにそれすら怠っていた。


このようなことになるかもしれないと予想は十分にできたはずなのに。そんなことすら考えていなかった。

ただリリアンが安全であればいいと願っていた。


アンリエッタがどんな目に遭うかなどわかっているつもりで全く想像もしていなかったことに今気づいた。

クロディーヌに忠告もされていたのにそれすらもいつの間にか記憶の彼方となっていた。


だから、こんなことになった。

この償いはしなければならない。


クロードが認めると少しだけシアンの視線が(やわ)らいだ。


「だが、何故こんなことになっている? 嫌がらせにしても悪質だ」


とりあえず命に別状はないようだが、一歩間違えれば死んでいた可能性だって十分に有り得た。

嫌がらせの範疇を逸脱している。


クロードが把握していた範囲ではせいぜいピッチャーの水をかけられそうになっていたくらいだ。

いつの間にこのような悪質な嫌がらせまで発展したのだろう?


自分たちが何をしたのか、やった本人たちはわかっているのだろうか?

その結果がどうなるか、少しは考えたのだろうか?


考えても止まらなかったのか、そもそも考えていなかったのか。

どちらにせよ浅はかだ。


クロードをじっと見ていたシアンが重い口を開いた。


「……最近のラシーヌ伯爵令嬢の噂は把握されていますか?」

「噂?」


アンリエッタの噂は側近たちからは何ももたらされていない。

恐らく、アンリエッタに関わらないようにとわざと何も言ってこなかったのだろう。


「クロード様に飽きられて捨てられたのにまだ未練がましく周りをうろちょろしている、と一部の、主に"東"の者たちが噂しています。そのせいで最近また嫌がらせがひどくなったようですね」

「何だ、それは?」


そんなことになっているなど知らなかった。

何故そのようなことになっているのだろう?

思わず眉根を寄せた。


そもそもクロードとアンリエッタのことに"東"の者は関係ないはずだ。

唯一関係してくるのはリリアンだけだ。


いや、"東"だけではない。

どこの地域の者であろうと、クロードとアンリエッタの関係がどんなものであろうともアンリエッタに嫌がらせをする権利を持つ者などいない。


何故それがわからないのか。

理解に苦しむ。


それに。

誰もそのような噂を報告してこなかった。

そのような噂になっていると知っていればいくら何でも対処をしていた。

誰も知らなかったはずはないだろう。

意図して報告しなかったのだ。


いくらアンリエッタに関わらせたくないと思っていたとしても、これは報告されるべきものだ。

表情を険しくしてシアンを見据えた。


「シアン、何故今まで報告しなかった?」


シアンは静かな表情だ。


「そろそろ報告しようと思っていたところでした」

「何故すぐに報告しなかった!?」


思わず語気が強くなったクロードと対照的にシアンは静かな表情のまま告げる。


「クロード様の考えが見えなかったからです」

「俺の考え?」

「はい。端的に言ってしまえば、ラシーヌ伯爵令嬢のことをどうするつもりなのかと」

「どうする、とは?」


シアンの言いたいことがわからない。


「最近のクロード様の態度はラシーヌ伯爵令嬢を厭うているようでした」


クロードは目を見開いた。

確かにリリアンが悲しんでいたからアンリエッタに話を聞きに、いやあの時の心境はそうではなかった。糾弾しようとしたことがあった。

その時のことを言っているのだろうか。


それならば、そう見えても仕方ない。

それはクロードの落ち度だ。

アンリエッタとのことを知っているシアンにまで報告を躊躇わせてしまったのだ。


「悪かった、シアン。お前を責める資格は俺にはなかった」

「いえ。私も確認すべきでした。申し訳ありません」

「いや、確認させなかったのは俺のほうだ」


以前のシアンなら確認しただろう。

それだけの信頼が確かにあった。


それがいつの間にかできなくなっていた。

確認できないほど(かたく)なに見えたのだろう。

だから慎重に見極めようとした。

そういうことなのだろう。


「いえ、それでも確認すべきでした」


クロードは首を振る。


「俺は、何も見ていなかったんだな……」


シアンからの信頼の揺らぎも、アンリエッタの現状も、何も。

たから今このような状況になっている。


それについてはシアンは何も言及しなかった。

無言の肯定、なのだろう。

代わりに頭を下げた。


「……私のほうでも何か手を打つべきでした。申し訳ありません」

「いや、気づいて差配するべきだったのは俺だ。全ては俺の落ち度だ。責任は俺にある」


それだけは間違いない。

何もかもをシアンに背負わせるべきではない。

そもそもが気づこうともしなかったクロードが悪いのだ。

先程シアンが指摘した通り、責任を取らなければならない。


問題はどう責任を取るか、だ。


クロードは思案を巡らせる。


不意に部屋の扉が叩かれた。

視線でクロードに確認したシアンが確認しに行く。


扉の外の人物とやりとりをした後でシアンが扉の取っ手に手を伸ばした。

やりとりの内容はクロードには聞こえなかったが、シアンの判断で中に招き入れることにしたようだ。


アンリエッタの関係者だろうか?

さすがにアンリエッタ本人が来ることはないだろうが、その近くにいる者ーー兄弟なら十分に考えられる。


家族には事情を話すことを許可している。

話を聞いていれば、クロードのところに乗り込んでくる可能性はあった。

またその権利もある。


シアンが扉を開けると押し退()けるようにして誰かが入ってきた。


「クロード兄上、失礼するね」


入ってきたのはリシャールだ。

シアンがクロードに確認しなかったのはこの際問わない。


「リシャール……」


何故弟がここに来たのかわからない。

今はリシャールに構っている暇はない。

さっさと用事を聞いて追い出さなければ。


「何の用だ?」

「兄上に話があって」

「話? 今でなければいけないか?」

「ラシーヌ伯爵令嬢のこと、と言えばクロード兄上は時間を取ってくれる?」

「……何?」

「もうラシーヌ伯爵令嬢が怪我をしたという情報は得ているのでしょう? その件で話があるんだけど?」


アンリエッタのこと、ならば追い出すわけにはいかない。

情報を持っているのであればそれも知りたかった。


「……聞こう」


クロードはリシャールに椅子を勧める。

リシャールはちらりと椅子を見て大人しく座った。


「席を外したほうがいいですか?」


シアンが訊いてくる。

リシャールは一人だ。側近の誰かを連れてはいなかった。

二人だけで話がしたいのかもしれない。

そう考えたのだがリシャールはあっさりと言う。


「別にいてくれて構わないよ」


シアンが確認するようにクロードを見る。


「リシャールがいいと言っているからいるといい」

「はい」


シアンは頷き、クロードの後ろに控える。

改めてリシャールに視線を向ける。


「それで、アンリエッタについて、どんな話だ?」

「ラシーヌ伯爵令嬢の事故の件は聞いた?」

「事故、かはともかく、怪我をした話は聞いた」

「そう」


軽く頷いたリシャールがそれで、と続ける。


「クロード兄上はどう責任を取るつもりなの?」


リシャールの視線がクロードを貫く。


リシャールはどこまで知っているのだろう?


それによって変わってくる。


「……それはしっかりと考えなければならないことだ」


勿論責任から逃れるつもりはない。

しっかりと考えてアンリエッタには相応の償いをしなければならない。


リシャールは厳しくクロードを見据える。


「責任があることは認めるんだね。つまりようやく自覚した、と?」


クロードは思わず眉根を寄せる。


「どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。婚約者のいる令嬢を口説くなど、周囲からどう思われていたか想像できている?」


勿論想像はついていた。

ある程度の批判も覚悟の上だった。

リリアン(大切な人)を守れるならそれくらいの泥を被ることくらい何と言うことでもない。


心はきちんと定まっていた。

それなのに。


何故かその問いに答えることはできなかった。


読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございました。

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