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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 教師の処遇

今回、長めです。

「アガト・リッド、呼び出された理由がわかるか?」


セヴランは厳しい表情でリッド女史に問いかけた。

リッド女史は軽く首を傾げた。


「見当もつきません」


(とぼ)けている様子もない。

セヴランは溜め息をついた。

本当に自分が何をしたのか理解していないらしい。


「ラシーヌ家から正式に抗議が来た」

「何故です!?」

「わからないのか?」

「抗議される理由がありません」


セヴランは再び溜め息をついた。

本気で言っているのなら教師としての資質がないと言えるだろう。

まずは迂遠(うえん)に訊いてみる。


「そもそも教師の本分を何と心得ている?」

「学生を教え導くこと、です」


その答えが出るのに抗議される理由がわからないとは。

今だに抗議されたことが不満な様子が見て取れる。

教え導くとはどういうことか、そもそも履き違えているのではないか?


セヴランは視線を鋭くしてリッド女史を見据える。


「それなら何故アンリエッタ・ラシーヌ伯爵令嬢に授業を受けさせなかったんだ?」

「彼女に授業への意欲を感じないからです」

「具体的には?」

「二度の欠席と一度の遅刻ですわ」


話にならない。

その二度の欠席の理由もセヴランは把握している。

一度目は彼がアンリエッタを帰らせた。


「授業を受ける態度に問題があるわけではないのだな?」

「それは……ありませんわ」

「話にならないな」


今度は声に出す。

リッド女史の顔が歪む。

淑女としてもそれは相応しくない反応だ。

仮にも礼儀作法全般の教師だろうに。


これは資質も足りなかったかもしれないな。

だとしたら採用した学院の責任だ。


心の中で溜め息をつく。

だが表情だけは整えて口を開く。


「二度の欠席の理由は妥当なもののはずだ。一度目は私が彼女に帰るように告げた。二度目は梯子から落ちたんだ。大事を取って帰宅するのも当然のはずではないのか?」

「それは、そうですが……」

「あとは、遅刻か。その理由は当然尋ねたのだろうな?」

「……いいえ」

「何故だ?」

「必要ないと判断したからです」


その根拠を示してもらいたいところだ。


普通ならきちんと遅刻の理由を尋ねるものだ。

もしかしたら何か問題が起きているかもしれないのだから。

問題が起きていた場合は素早く対処しなければならない。


そんなことは教員の常識だ。

それを怠るどころか疑問にも思わなかったようだ。

ますます教師としての資質に疑義が生じる。


心の中で溜め息をつく。

ふと一つの可能性が頭を(よぎ)る。


「それは既にラシーヌ伯爵令嬢を授業から追い出すと決めていたからか?」


リッド女史の表情は動かなかった。

これはどちらだ?

もし最初から授業を受けさせないつもりだったのなら問題だ。


「……そんなはずはありませんわ」


数拍遅れて返った言葉を素直に信じることはできない。

もう少しつついてみるか。


「君は必要ないと断じたが、一応ラシーヌ伯爵令嬢の遅刻の理由を教えておこう」

「……はい」


不本意そうな返事だったが構わずに告げる。


「理由はクロードに引き留められたかららしい」

「……それは本当なのでしょうか?」


まさかそれから疑うとは。


「何人もの目撃者がいる」

「そうですか」


それでも信じてはいなそうだ。

自分の考えに固執するか。


見たいものしか見ず、信じたいものしか信じない。

それでは学生を導くことはできない。

やはり教員の資質がなかったのだろう。


「君はラシーヌ伯爵令嬢から話を聞き、授業を受けさせるべきだったのではないのか?」

「聞いたところで同じでしたわ」

「それはつまりやはり彼女に授業を受けさせるつもりはなかった、ということか?」

「い、いえ、そういうわけでは……」


リッド女史の目が泳ぐ。

これではそうだと言っているようなものだ。


「では何故だ?」


追及の手を緩めるつもりはない。

リッド女史は必死で言い訳を考えているようだ。

さてどんな言葉が出てくるのだろうか?

それを面白がるような頓狂な性格はしていないが。


リッド女史がはっと何か思いついた顔になる。

顔に出ている時点で駄目だろう。

今思いついたものだと言っているのと同然だ。

淑女としても失格だ。


「度重なる欠席と遅刻が常習化しないように一度反省させようと思ったのですわ」

「ならば当然、その旨を伝えたのだろうね?」

「……いえ」

「それでどうして反省が促されると思ったんだ?」


そんな咄嗟の思いつきでこの場が逃れられると思ったのだろうか?

随分と甘く見られたものだ。


「それは……」


視線が泳いでいる。

必死で頭を回転させているのだろう。

セヴランは()かさず次の言葉を待つ。

教育者の(さが)だ。


「……伝え忘れました」


結局出てきたのはそんな言葉だった。

お粗末だ。

リッド女史を見る目が厳しくなっても仕方ないだろう。


「それでよく反省させるためだと言えたな」


リッド女史は顔を伏せた。

自分でも無理があると思ったのだろう。

心の中で溜め息をつく。


さてもういいだろうか?

これ以上は何を聞いても同じだろう。


口を開きかけた時、リッド女史がぱっと顔を上げた。

その顔は明るい。

急に立て直したようだ。

一体何を思いついたのだろうか?


リッド女史は落ち着いた様子で僅かに眉根を寄せた。


「ですがそれに彼女の生活もいかがなものかと」

「というと?」

「ラシーヌ伯爵令嬢はクロード殿下に付き纏っていると聞きます。そのような心持ちの者は一度厳しく反省させなければなりません」


思わず心の中で盛大に溜め息をついてしまう。

ここでその間違った認識を出してくるとは。

しかもそれを授業を受けさせない理由になると思っているところが勘違いも(はなは)だしい。

そもそも情報として間違っている。


「それが今回の一件とどう関係がある?」


それは授業を受けさせないことと全く関係がない。


「浮ついた態度で授業に臨むなど他の学生たちに悪影響を及ぼしかねません」


だからと言って授業から追い出す正当な理由にはならない。

だがリッド女史はその言い分が通ると自信を持っているようだ。

そもそもそれなら注意するべき相手が違う。


「そう言うのであれば当然クロードにも注意したのだろうね?」

「それは……しておりません」

「何故だろう? そもそもの原因はクロードが婚約者のいる相手に言い寄っていることのはずだ」

「逆ですわ。ラシーヌ伯爵令嬢のほうがクロード殿下に付き纏っているのです」


溜め息を堪える。

それを信じているのは一部の盲目的な者たちだけだ。

まさかその一部の者の中に教員が入っているとは。

嘆かわしい。


「一部の者はそう思っているようだが、どう見たらそう見えるのか理解できない」

「クロード殿下が伯爵令嬢程度に心惹かれるわけがないからですわ。問題があるのはラシーヌ伯爵令嬢のほうです。彼女が何かしているのでしょう」

「話にならない」


ばっさりと切って捨てる。

根拠もなく身分だけで一方に悪を見るのは教師以前に人としてどうなのか。

そんな者に学生を導く力などない。


そもそもの話として、学院で必要な単位を修め、卒業しなければ成人として認めないと国で定めている。

授業を受けさせるのは教師の義務だ。


素行の悪さはまた別の話だ。それは別途指導するものだ。

それを履き違えてはならない。


そもそもラシーヌ伯爵令嬢は素行の悪い学生ではないが。


「法律で定められている以上、授業を受けさせるのは我々教師の義務だ」

「…………はい」


反論はできなかったようだ。

まあ、できるはずもない。

これに反論するということは、国の制度そのものに異議を唱えることと同義だ。

さすがにそれはわかっているようだ。

不承不承という様子でリッド女史が口を開く。


「……わかりました。ラシーヌ伯爵令嬢には次回からまた授業を受けさせます」


そう言った時点で次回も授業を受けさせるつもりはなかったと言ったも同然だ。

本当に何を考えているのか。

だがもうラシーヌ伯爵令嬢がリッド女史の授業を受けることはない。


「いや。彼女には別の教師の授業を受けてもらうことにした」

「どういうことでしょう?」

「来期からもう一人教師が就任することになっていたのだが、今期から来てもらえるように頼んで承諾をもらった。ラシーヌ伯爵令嬢と希望者には彼女の礼儀作法の授業を受けてもらう」

「……どういうことでしょう?」

「そのままの意味だ。君にはラシーヌ伯爵令嬢を指導する気がないのだろう?」

「ないわけではありませんわ」


誤魔化した言い方だ。

あればはっきりとそう告げるだろう。

むしろここではそう告げるべきだった。


そうしなかった時点でリッド女史の言葉に疑義が生じる。

本気で指導する気があるのか、と。

もう少し踏み込めば、きちんと指導する気があるのかも怪しい。


リッド女史にラシーヌ伯爵令嬢の指導を任せたら、ラシーヌ伯爵令嬢に不利なことになりかねない。

それは見過ごすことはできない。


多少の贔屓には目を(つぶ)っても、最低限きちんと教え導くのは教員の義務だ。

個人の感情で不利益を(こうむ)らせるのは言語道断だ。


一つ息を吐く。

場合によっては再考も有り得たが必要なさそうだ。

これ以上話していても仕方ない。

セヴランは声に感情を乗せずに告げる。


「リッド女史、君には今期限りで学院を辞めてもらう」

「え? 今、何と……?」

「君には今期限りで学院を辞めてもらう」


もう一度はっきりと告げた。

少しの間が空き、意味が浸透したのかリッド女史が目を見開いた。

だがすぐに、


「何故です!?」


リッド女史は噛みつくような勢いで訊いてきた。

寝耳に水だったのだからそれも当然だろう。

しかし淑女の反応ではない。

仮にも礼儀作法全般の担当教師なのだからその辺りは本当にきちんとしてもらいたい。


口から溜め息がこぼれないように気を引き締める。


「前々から贔屓が過ぎると苦情が何件か寄せられていてね」


何件、とは言ったが、実際はそれなりの量の苦情が寄せられている。

リッド女史の眉間に皺が寄る。


「有望な者に目をかけるのは当然ではありませんか」


どうやらあくまでも有能な者に目をかけている、という認識のようだ。

心の中で何度目になるかわからない溜め息を吐く。


客観視もできていない。

そのような者に人を導くことはできない。


呆れた響きが出ないように気をつけながら口を開く。


「あくまでも許されているのは多少の贔屓だ。度が過ぎれば許されるものではない」

「度が過ぎているとは思えません。適切な範囲内です」

「学院では度が過ぎると判断した」

「不当ですわ!」

「きちんと調査はしている。それ(ゆえ)の決断だ」

「それは本当に信用できる調査なのですか?」


リッド女史も必死なのはわかる。

わかるが悪手だ。

このような大切なことを適当な調査で済ませるはずがない。


「当然だ」


リッド女史が唇を小さく噛む。


「何なら調査報告書を開示しても構わない」


こちらには何の(やま)しいものはない。


「……いえ、大丈夫です」

「そうか?」

「はい…….」


意気消沈した様子のリッド女史が縋るような表情で言う。


「ですが急に言われても困ります」

「だから今通告している。今期終わりまでには十分時間があるだろう」


十分な猶予がある。

今から次の仕事を探しても十分間に合うだろう。


「次の仕事もすぐに見つかるとも限りません」


リッド女史の夫は嫡男ではなく、彼女自身も嫡女ではなく嫁いでいる。

その夫も王城で事務官として働いている。

仕事は必要なのだろう。


だが問題はないはずだ。

問題があったところで撤回などしないが。


「君が目をかけていた者に頼んで家庭教師の職を斡旋してもらったらどうだ?」


リッド女史は"南"の出身だ。

結婚相手も"南"の家の者だ。

だが何故か彼女が贔屓していると報告にあったのは"東"なのだ。

何故なのか謎だ。


だがだからこそラシーヌ伯爵令嬢を目の(かたき)にしたのだろう。

"東"のシエンヌ・エスト公爵令嬢がラシーヌ伯爵令嬢を目の敵にしている。

エスト公爵令嬢や"東"に取り入ろうとしているならラシーヌ伯爵令嬢に目をつけてわかりやすく嫌がらせをしたのだと予想がつく。


だがそれは教員として越えてはいけない一線だった。


リッド女史は目を伏せ、小さく唇を噛んだ。

まさかその当てがないとでも言うのだろうか?

あれだけ贔屓しておいてその成果だとしたら、お笑い(ぐさ)だ。

だがこれ以上は関知しない。


「とにかくこれは決定事項だ。覆ることはない」

「そんなっ……!」


最終判断が出た以上、覆ることはない。

その前なら、あるいは有り得たかもしれなかったのだが。

言い分を聞いてそれに納得できるようなものであればあるいは。

だがその最後の好機を彼女自身が潰したのだ。


「……セヴラン殿下に教員の雇用に関しての決定権はあるのですか?」


最後の抵抗にそんなことを言ってきた。

無駄なことだ。


「君のことは学院長に報告して判断は私に委ねられている」


きちんと許可を得て話しているのだ。

勝手にやるはずがない。


「そう、ですか……」


もうどうやっても覆らないことをようやく悟ったのだろう。

リッド女史は顔を伏せた。

当然のことだが念の為に釘を刺しておく。


「今期限りだが、最終日まできちんと授業に励んでもらいたい」

「……わかっています」


意気消沈した様子で頷いた。


「……お話は以上でしょうか?」

「ああ」


リッド女史はゆっくりと立ち上がった。


「……失礼致します」


さすがの優雅な礼をしてリッド女史は部屋を出ていった。


少ししてからふぅと息を吐いた。

こんな姿を見せるわけにはいかなかった。

その辺りの配慮は必要だ。

別に貶めたいわけでもない。


何とか納得させることができて正直に言えばほっとしている。

もっとごねられる可能性はあった。

説得にかなりの時間を取られることも覚悟していた。

それが何とか今日だけで受け入れさせることができた。


とはいえ、これで終わりではない。

やることは山積している。


新しい教員との打ち合わせもしなくてはならない。大まかな合意はもらっているが、最後の微調整はこれからなのだ。

それからラシーヌ伯爵令嬢と一緒に授業を受ける学生の選定もしなくてはならない。

その選定方法をどうするかも考えなくては。

一応希望制にするが調整も必要だろう。

あとは万が一にも逆恨みなどしてラシーヌ伯爵令嬢やその周辺に危害を加えないように見張ることも必要だ。


一つ深く息を吐き、優先順位を考えながら早速取りかかった。


読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございました。

訂正してあります。

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