表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/89

56.演技はやめたようです。

次の授業に向かうために廊下を歩いていた。

向かいからヴァーグ侯爵令息を連れた第一王子が歩いてきていた。

アンリエッタを見つけた第一王子が真っ直ぐにこちらに歩いてきた。


アンリエッタは内心で溜め息をつく。

ベルジュ伯爵令嬢にしろ第一王子にしろ、もう少しこちらに配慮してもらいたい。


アンリエッタたちは立ち止まって端に避け、第一王子に道を譲る。

そのまま通り過ぎてくれればいいのに。

願い空しく目の前で止まった第一王子がアンリエッタに声をかける。


「アンリエッタ」


今までと違う厳しい声と表情だ。

その厳しい声に周りにいた生徒たちが驚いている。

当然だろう。

それは想い人に向けるようなものではない。

ましてや怪我をさせられた相手に向けるものではない。


「略式で失礼致します」


杖を持っていないほうの手でスカートを()まみ、頭を下げる。

ミシュリーヌはカーテシーをし、ルイも頭を下げた。


杖をつきながら痛めた足ではこの体勢でもかなりきつい。

第一王子から声はかからない。

嫌がらせか。


だとしたらベルジュ伯爵令嬢のことだろうか?

彼女はもう第一王子に話したのだろうか?

それとも落ち込んでいるベルジュ伯爵令嬢を見てアンリエッタが原因だと思い込んだのだろうか?


だとしたら、迷惑な話だ。

アンリエッタは何もしていない。

全てはベルジュ伯爵令嬢の自業自得だ。

それをアンリエッタたちに当たらないでほしい。


周囲でもざわざわしている気配がしている。

第一王子の所業に内心眉をひそめる者も、アンリエッタが何かやらかしたのかと好奇心を働かせる者も、とうとうアンリエッタが見捨てられたと歓喜する者もいるだろう。

この噂もあっという間に広がるに違いない。


双方に不利なものになるのを第一王子はわかっているのだろうか?

……第一王子のことだからそこまで考えてのことではないような気がする。


本当に第一王子は噂通りに優秀な方なのだろうか?

とてもそうは思えない。


思考を逸らすことで頭の中で罵詈雑言を言うことを避けているのだが、思考より先に身体に限界が来そうだ。

カーテシーほどではないが、痛めた足に負担がかかっている。


第一王子はどういうつもりなのだろうか?

アンリエッタが無様に引っくり返るのが望みなのだろうか?

それとも足の怪我を悪化させたいのだろうか?


そこまで意図しているとは思えないが信用ならない。

意図しているかわからないが、これは立派な嫌がらせだ。


見かねたのかヴァーグ侯爵令息が第一王子に耳打ちする。


「ああ、アンリエッタも他の者も楽にするといい」

「ありがとうございます」


ようやく礼を解くことができた。

ルイがそっと背中に手を回して支えてくれる。

礼儀としてはぎりぎり許容範囲だろう。

怪我をしているからこそ許されることだ。


アンリエッタは真っ直ぐに第一王子を見る。

アンリエッタに疚しいことは何もない。

第一王子が口を開くのを待つ。


アンリエッタを見る第一王子の目は厳しいものだった。

そこに憎しみさえも隠しきれずに見え隠れしているのはアンリエッタの気のせいだろうか?


だがアンリエッタを憎むのはお門違いも(はなは)だしい。

文句を言いたいのはアンリエッタのほうだ。

庇っていたベルジュ伯爵令嬢に怪我をさせられたのだ。

どういうつもりだ、と言う権利はむしろアンリエッタのほうにあるはずだ。


それとも、アンリエッタなら何でも許すとでも思っているのだろうか?

そんなこと有り得ないのに。

協力することですら不本意でしかない。


もしや、喜んでアンリエッタが協力しているとでも思っているのだろうか?

権力を使って無理矢理協力させたのをまさか忘れたのだろうか?

第一王子なら有り得る気がする。


溜め息をつきそうになって(こら)える。

さすがに溜め息をつくのはまずい。


思考を切り替える。

さて、話は何だろう?


この様子ではいつものように口説き文句を口にすることはないだろう。

そうなるとアンリエッタと第一王子の接点などベルジュ伯爵令嬢のことしかない。


いくら何でもここでベルジュ伯爵令嬢の名は出さないだろう。

そこまで愚かではないはずだ。


言ったところで別にアンリエッタは困らない。

困るのは、ベルジュ伯爵令嬢のほうだ。


それと第一王子にも不信な目が向けられるだろう。

何故ここでベルジュ伯爵令嬢の名が出て、何故アンリエッタが責められているのか、と。


既に常と違う様子に不審と好奇の目が向けられている。

その視線に第一王子は気づいていないようだった。

ただ真っ直ぐにアンリエッタを睨むようにして見ている。


アンリエッタからは特に話すことはない。

だからただ第一王子が口を開くのを待つ。


だがいつまで経っても第一王子は何も言わない。

ただ睨んでくるだけだ。


周りもざわざわしている。

第一王子が何を言うのかと、周囲が聞き耳を立てているのがわかる。


逆にそれほど第一王子の様子は普段と違っていた。

何が起きているのか情報を収集しようとするのは当然のことだった。

アンリエッタだって彼らの立場なら同じことをする。


それにしてもいつまで黙って睨んでくるつもりなのか。

このままでは授業に間に合わなくなる恐れがある。

この足ではいつもより時間がかかってしまう。

そのことにも配慮してもらいたいものだ。

まさかその程度のことも気づいていないということもあるまい。


仕方ない。

不躾にはなるが口を開く。

授業に遅れるわけにはいかないのだ。


「何か御用でしたでしょうか?」


ぴくりと第一王子の表情が動く。

まさか話しかけられると思っていなかったわけではあるまい。

先に声掛けもされているのでマナー違反にもならない。


第一王子が口を開きかけ、周囲を見回した。

周りから注目を浴びていることにようやく気づいたようだ。


第一王子は口を閉じ、睨みつけるようにして見てくる。

アンリエッタのせいではない。

睨みつけられても困る。


一息間を挟み、アンリエッタを睨みつけたまま、


「……何か言うことはあるか?」


ようやく口を開いて出てきた言葉はそのようなものだ。


アンリエッタは首を傾げる。

これと言って何も思い浮かばない。


ベルジュ伯爵令嬢のことは第一王子には関係ない。

間接的には関係があるかもしれないが、直接的には何も関係ないのだ。


「特にありませんが?」


第一王子の眉根が少し寄る。

そんな顔をされてもないものはない。

そもそもアンリエッタから話しかけたことなど一度もないのだ。

そのことを忘れていないだろうか。


それともベルジュ伯爵令嬢のことで何か言えとでも言うのだろうか?

まさかアンリエッタが悪いと思っているのだろうか?

ベルジュ伯爵令嬢が第一王子に泣きついたのだろうか?

それか第一王子が聞き出したか。


だとしたらあの東屋での一件だろう。

だがあれもアンリエッタが悪いわけではない。


言い訳も謝罪もさせなかっただけだ。

家同士の話し合いはまだ決着していない。

理由などどうでもいい。

あるのはベルジュ伯爵令嬢の行動の結果だけだ。


その責任をベルジュ伯爵令嬢は負っただけ。

その行動を思えば(かんが)みれば決別は当然のことだ。

それで落ち込んだのだとしてもこちらの責任ではない。

全てはベルジュ伯爵令嬢の行動の結果だ。


それに対しての対応について何か言う権利は第一王子には表向きないのだ。

表向きも、そうでないことでも彼女についてアンリエッタが言うべきことは何もない。


第一王子の口が再び開きかけた時。


「クロード様、そろそろ……」


ヴァーグ侯爵令息が控えめに声をかける。


「あ、ああ」


気勢が()がれたのか、第一王子の眼差しから険が取れた。


「……それではな、アンリエッタ」

「はい」


第一王子が立ち去るのを頭を下げて見送る。

足音が遠ざかるのを待って顔を上げた。


同じように頭を下げて見送っていた皆がそれぞれ動き出す。

ざわざわと今見たことについて話している。


アンリエッタを見てあからさまに嘲笑している者たちもいる。

その大半は"東"の者だ。

きっとすぐにエスト公爵令嬢に報告に行くのだろう。


それならそれでいい。

周囲が平穏になりそうだ。

それとも嘲るために近寄ってきて(さえ)ずるのだろうか?


一度会ったエスト公爵令嬢を思い出す。

苛烈な方ではあったが、そこまで陰湿ではないような気もする。

あくまでも一度お会いした印象では、だが。

むしろ第一王子に相手にされなくなったアンリエッタには興味なさそうだ。

アンリエッタとしてもそのほうがいい。


それにしても。

第一王子の去っていったほうをちらりと見る。


一度も怪我の具合を尋ねられなかった。

完全に演技を捨てたらしい。

それならもう近づいてはこないだろう。


ルイが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「姉上、足は大丈夫?」

「……ええ、平気よ」

「後で念の為診てもらおうね」

「……ええ」


今はとりあえず教室に向かわなくては。

間に合わなくなってしまう。

周りで見ていた者たちも急いだ様子で各々散っていく。


「急ぎましょう」

「無理はしないで」

「ありがとう。でも間に合わなくなるわ」

「少しくらい遅れても大丈夫よ」


ミシュリーヌは何でもないことのように言ってくれる。

だがそれに甘えては駄目だ。

できる限りの早足で歩き出した。

読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ