幕間 クロードの想い
「それぞれの焦燥」に付け足そうとかと思いましたが、長くなったのでこのような形にしました。
久しぶりにリリアンと会うことができた。
リリアンがアンリエッタに怪我を負わせたことによって停学処分になっていたからだ。
リリアンが停学処分になったことはシアンから教えられた。
アンリエッタに怪我をさせたことの処分だということも。
さすがにそれは仕方ないことだと思った。
庇えるものではない。
怪我を負わせたことは間違いないようだが、リリアンのことだ、何か理由があったのだろう。
もしかしたら故意ではなく事故だったのかもしれない。
……との淡い期待は調べてきたシアンによって潰されてしまったが。
それでも何か理由があったに違いない。
そうでなければ心優しいリリアンがアンリエッタに怪我をさせるはずがないのだ。
アンリエッタとは友人になりたがっていた。
もしかしたら何か行き違いが生じてしまったのかもしれない。
いや、きっとそうだろう。
確かに怪我をさせたのは悪いことだが、しっかり反省しているならばそれ以上責め立てるほどのことではない。
リリアンが学院にいないというだけで学院生活が味気なく思えた。
一日が長い。
今までだって会えなかった日がなかったわけではなかった。
むしろ会えるほうが稀だ。
見かけるだけにしてもそれほど頻度が高かったわけではない。
それでもリリアンが学院にいるのといないのとではこうも気持ちが違ってくるのかとクロード自身驚いた。
早くリリアンの停学が解けるといい。
そんなことを考えながら過ごした。
数日してリリアンの姿を学院内で見かけてほっとした。
無事に停学処分が解かれたのだ。
それでも表立って交流のないリリアンに声をかけることはできなかった。
アンリエッタがいなければリリアンに声をかけることさえできない。
その現実を改めて突きつけられた。
会いたい。
声が聞きたい。
その思いは募る一方だった。
だから久しぶりにリリアンに会えることに心が弾んでいた。
リリアンといる時はいつも穏やかな雰囲気の中にあった。
それはリリアンの資質によるものだろう。
この部屋で会う時はいつも嬉しそうに微笑ってくれていた。
それが嬉しくて、愛おしくて。
どんどん気持ちが深くなっていくのを感じていた。
だが。
今日は落ち込んだ様子を見せていた。
何かあったのだろう。
最初は何も言わなかったリリアンだが、何度か促すとぽつりぽつりと話してくれる。
アンリエッタとのことだった。
話しながらその時の感情が甦ってきたのだろう、泣きそうな顔になる。
話を聞きながら必死にリリアンを慰めた。
彼女には悲しそうな顔より笑顔が似合う。
だからそんな悲しそうな顔をせずに微笑ってほしい。
そっと抱きしめる。
リリアンは受け入れてくれた。
シアンの視線が強くなる。
わかっている。
これ以上は何もしない。
ただ腕の中にリリアンを感じていたいだけだ。
会えなかった分の気持ちが募っていた。
まだ傍にいてくれると、その存在を確かめたいだけだ。
あとどれくらい一緒にいられるのだろう?
ふと思う。
この幸福はいつまで続くのだろう、と。
*
リリアンとの出会いは図書館でのこと。
リリアンが勉強している机の横をクロードが通った時に偶々目に入った間違いを指摘したことが出会いだった。
と言っても本当にその時は間違いを指摘して正しいことを教えただけだ。
彼女の名前を訊くこともなかったし、それ以上関係ができることもないと思っていた。
だがーー。
後日、人の目につかないところでそっと礼を言われた。
その控えめなところに好感を持った。
だから名前を訊いた。
別に深い意味があるわけではなかった。
だが後でシアンにどういうつもりかと確認された。
特に他意はなかったので素直に答える。
シアンに、令嬢によっては勘違いさせると注意を受けた。
それに彼女は大丈夫だ、と笑って言ったのを覚えている。
シアンに嘆息されたのも。
恐らくシアンにはわかっていたのだろう。
クロード自身はまるでわかっていなかったが。
それでもあの時、それ以上関わることがなければ気づかずに消えていったのだろう。
だが、リリアンに会うことは続いたのだ。
リリアンは勉強熱心で、よく図書館で勉強していた。
初めのうちは頑張っているな、と見守るだけにしていた。
下手に声をかければ彼女を困らせるだけだと。
そう思う時点で好意を持っていたのは間違いない。
だがまだ恋ではなかった。
そう恋ではなかったのだ。
それ以上関わりを深めなければ、そこで引き返せたのだろうと思う。
だが。
何度か行き合ううちに目が合うようになった。
目が合えばリリアンはそっと微笑んでくれるようになった。
その控えめな様子にさらに好感を持った。
他の令嬢ではそうはいかないのでかいかと思った。
だから気づけば図書館に来た時には彼女の姿を無意識に探していた。
いれば心が弾み、いなければ心が沈んだ。
それでもまだ自分の淡い気持ちには気づいていなかった。
そのうち姿を見るだけでは満足できなくなった。
だから躓いているところがあれば声をかけるようになった。
ただ躓いているところを教えるだけで一緒に勉強するようなことはなかった。
リリアンに良からぬ噂を立てるわけにはいかない。
だからリリアンだけにしたのではない。
同じように躓いている者には手を差し伸べていた。
しばらくの間はそれでうまくいっていた。
だが噂になっていたのか、図書館で勉強する令嬢が増えた。
クロード目当ての者なのか、やたらと勉強に躓いて困っています、という雰囲気を出している者が多かった。
本当かどうかクロードには判断がつかなかった。
それよりも彼女たちの相手をすることでリリアンとの時間が減ってしまうことが残念だった。
一階の学習机は常に混雑するようになった。
勿論、彼女らも真面目に勉強はしているのだろう。
それでもわざと躓いたふりをしているのでは、とふとした時に疑念が過る。
勿論中には本気で勉強したい者も、している者もいるだろう。
本当に勉強したい人にとっては迷惑になるのでは、と控えめにシアンにも言われた。
それはクロードも感じていた。
だからシアンの言葉はいいきっかけになった。
他の者に迷惑をかけるのは本意ではない。
クロードは図書館に行く頻度を減らした。
躓いている相手への声掛けも徐々に減らしていき、学習用の机が並ぶ一角へも近寄らなくなっていった。
そうすると今度はリリアンとの接点がなくなってしまった。
それに気持ちが沈んだ。
何故かはその時はわからなかった。
だが、接点がなくなった分なのか、どこででも無意識にリリアンを探すようになっていた。
それでも行動範囲や時間が合わないのか、ほとんど姿を見つけることはできなかった。
それに密かに落胆していた。
だからリリアンを見かけた時に咄嗟に声をかけてしまった。
「勉強会はどうだろうか? もちろんシアンも一緒だ」
咄嗟にシアンも巻き込んだ。
後でシアンには苦情を言われたが甘んじて受けた。
リリアンと過ごせる時間を確保できるならその程度のことは何てことはない。
リリアンは遠慮がちに頷いてくれた。
人目のないところでよかったと気づいたのはリリアンが頷いてくれた後だった。
咄嗟の行動に自分でも驚いた。
だが後悔はなかった。
人目につくとリリアンが目をつけられてしまうからと個室の自習室を使うことにした。
それが今も逢瀬に使っているこの部屋だ。
勿論最初はシアンも交えて本当に勉強会をしていた。
何回か一緒に勉強会をしているうちに、その時間を待ち遠しく思っている自分に気づいた。
それは何故なのか、考えてーー。
「ああ、そうか。俺はリリアンが好きなんだ」
ようやく自分の気持ちに気づいた。
「え、クロード様……?」
驚いたようなリリアンの声で、自分が声に出していたことに気づいた。
慌てる。
「あっ、すまない。だが……本心だ」
真っ赤になってあわあわとしている姿が可愛かった。
思わず微笑った。
自分の抱いている気持ちがわかり、うっかりと告白までしてしまったがもう十分だ。
その先を望むようなことはしない。
望めはしないことはわかっている。
だがーー。
「あ、あの、」
リリアンが意を決したように声を上げた。
「うん?」
「私も、好きです……」
恥ずかしそうに俯いて告げてくれるその姿が、可愛くて、愛しくて。
思わず手を伸ばして抱きしめてしまった。
「きゃあ!」
小さく悲鳴を上げたリリアンを慌てて離す。
軽率な行動だった。
「悪い」
「いえ、驚いただけで……嫌では、なかった、です」
「本当か?」
「本当、です……」
安堵した。
今度はゆっくりと抱きしめた。
リリアンも背中に手を回して抱きしめてくれる。
幸せだった。
このままずっとそうしていたい。
更に深く抱き込んでーー
シアンの咳払いで我に返る。
シアンがいることをすっかりと忘れていた。
リリアンと二人で慌てた。
大切な想い出だ。
リリアンとの想い出はどんなものでも宝物だ。
言ったことがあっただろうか。
表立っては一緒にいられないけれど、少しの時間でも一緒にいられて嬉しいこと。
そっと手を触れ合わせることだけでも幸せなこと。
笑顔を見ると、ずっとその笑顔で隣にいてほしいと願ってしまうこと。
その声で呼ばれると、自分の名前が特別なもののように思えること。
等々。
リリアンといれば何でもないことも特別なことに思える、と。
いや、たぶん言ったことはなかった。
言わずとも満たされていたから。
今この時も、リリアンが腕の中にいてくれることで心が満たされていた。
*
リリアンが顔を上げないまま、静かな声で言った。
「兄が、婚約者を探してくれています」
息が、止まるかと思った。
いよいよ、その時が来てしまったのだ。
いつかは来ることはわかっていたのに。
無意識に願っていた。
ずっとリリアンが傍にいてくれることを。
手放したくない。
そんな想いが湧き起こってくる。
その想いの強さに自分で驚く。
いつか、別れることはわかっていた。
覚悟はしていた、つもりだった。
本当だ。
だけど。
つもり、だけだった。
全然覚悟なんてできていなかった。
考えるだけでこんなにも胸が苦しい。
「クロード様」
リリアンの声が震えている。
嫌だ、聞きたくない。
思わず抱く腕に力がこもる。
まるで縋りつくようだ。
リリアンが唇を噛む。
リリアンも本当は別れたくない、そう思っているのが伝わってくる。
それでも、リリアンは、告げた。
「私たち、終わりにしましょう」
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。




