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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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55.裏切られたのはわたくしのほうです。

長めです。

杖をつきつつの移動は思ったよりも大変だった。


いつもよりも移動に時間がかかる。

慣れないということもある。

それに足を痛めているのであまり早く動けないのだ。


授業に合わせて教室を移動するため連続して授業があると、教室が遠い場合、時間ぎりぎりになってしまったりする。


ルイたちも同じ授業を受ける時はアンリエッタが歩く速度に合わせてくれているし、次の授業がない時は教室まで荷物を運んでくれたりしている。

事情を詳しくは知らない友人たちも協力してくれる。


本当に感謝しかない。

アンリエッタは本当に周りに恵まれた。

本当に有り難いことだ。






昼休み前の時間に授業が入っていなかったアンリエッタとミシュリーヌは連れ立って歩いていた。

昼食の場所取りをしようとしているのだ。


今日は外で食べる予定だ。

人の行き来の多い食堂やカフェよりはゆったりとした外のほうが楽だろうと考えてくれてのことだ。

外からのほうが教室までは遠いが、その分は早めに動けばいいということになった。


あまり遠くないほうがいいわね、などと話しながら歩いているとベルジュ伯爵令嬢の姿を見つけた。

反省文の提出が済んで停学が解けたのだろう。


彼女は相変わらず一人のようだ。

もう彼女とは何の関係もない。


ミシュリーヌも気づいたのかベルジュ伯爵令嬢と行き当たらないようにさりげなく進む方向を少しだけ変えた。

それだというのにベルジュ伯爵令嬢は真っ直ぐにこちらに向かってくる。


「アン、相手にしては駄目よ」


ミシュリーヌがこそりと囁く。


「ええ」


最初から相手にするつもりはなかった。

もう完全に縁は切れたのだ。

向こうが絶ち切った。

アンリエッタを不要としたのだ。


ならばアンリエッタに用事などないはずだ。

普通に考えれば。


だがベルジュ伯爵令嬢はどう見てもアンリエッタたちのほうへ向かってきている。

これは鉢合わせするのは間違いなさそうだ。


もしかしたら近くにきても気まずくて声もかけられないかもしれない。

そう思ってみてはいたのだが。


「あ、あのアンリエッタ様」


予想に反して声をかけてきた。

まさかというかさすがというか、本当にベルジュ伯爵令嬢の神経は図太い。


「アン、どこがいいかしらね? 裏庭の東屋の辺りに行ってみる?」


ミシュリーヌが軽やかにベルジュ伯爵令嬢を無視する。

アンリエッタも(なら)った。


「そうね。まだ時間があるし行ってみましょうか」


ちらりともベルジュ伯爵令嬢には視線を向けない。


「アンリエッタ様」


(すが)るような声だった。


「どうか一度だけでいいので話を聞いてください」


ちらりとベルジュ伯爵令嬢を見る。

思い詰めたような、泣きそうな、そんな表情だ。


「お願いします」


アンリエッタは立ち止まった。


「アン」


促すようにミシュリーヌに名を呼ばれる。

従うのが正しいのだろう。

それはわかっている。

わかっているがーー。


「いいわ」

「アン!」


ミシュリーヌに咎められる。

ミシュリーヌの言いたいことはわかる。

だけどーー。


「これで最後だもの」

「ありがとうございます!」

「わたくしも行くわ」


ミシュリーヌが即座に言う。


「いえ、二人だけで話したいので……」

「アンに何をするつもりなのかしら?」

「な、何もしません」

「それを信用するとでも?」

「それは……」

「貴女、自分がアンに何をしたか覚えていないの?」

「っ! それはっ……!」


言葉が続かないベルジュ伯爵令嬢をミシュリーヌが冷ややかに見る。


「ミシュリー」


アンリエッタは静かに名を呼んでミシュリーヌを止めた。


「アンは優しすぎるわ」

「そんなことないわよ」


本当にそんなことはない。


しつこく纏わりつかれるくらいなら今ここで話を済ませてしまいだけ。

最後くらいはきちんと自分で言いたいだけ。

ミシュリーヌがいるとアンリエッタを庇うために前に出てしまう。

それに甘えていては駄目だ。

二対一だと見方によってはアンリエッタたちがベルジュ伯爵令嬢をいじめているように見えるかもしれないと危惧しただけ。

アンリエッタに何かあれば今度こそ言い逃れはできないと踏んだだけ。


ただそれだけだ。

アンリエッタは優しいわけではない。


「ミシュリー、待っていて。大丈夫よ」

「アン……」


ミシュリーヌの目を見てしっかりと頷く。

ベルジュ伯爵令嬢も慌てたように言い添える。


「姫様から怪我人には手を出すなと言われているので大丈夫です」


ミシュリーヌが皮肉気に(わら)った。


「そう。アン、近くにいるわ。何かあったら声を上げて。すぐに駆けつけるから」

「わかったわ。ありがとう、ミシュリー」


ミシュリーヌはベルジュ伯爵令嬢を見据えて低い声で言う。


「本当にアンに何かしたら許さないから」


ベルジュ伯爵令嬢は弱々しく微笑んだ。


「何もしませんわ」


エスト公爵令嬢の言葉を無視することはできない、ということなのだろう。

アンリエッタは割って入るようにベルジュ伯爵令嬢に訊く。


「近くの東屋でいいかしら? この足ですのであまり歩きたくないし座りたいのです」

「はい、構いません」

「では行きましょう」

「はい」


一番近い東屋に向かって歩き出す。

途中までミシュリーヌがついてきてくれる。


普通に話しているくらいでは届かない距離まで来たところでミシュリーヌが立ち止まる。


「わたくしはここで待っているわ。何かされたら声をあげて。すぐに駆けつけるわ」

「ええ、ありがとう」


ミシュリーヌをその場に残して二人で近くにあった東屋に入る。

幸いにして辺りに人影はない。


椅子に腰を下ろして杖を立てかける。

ベルジュ伯爵令嬢は向かいの席に座った。


あまり時間をかけたくないので単刀直入に訊く。


「それで、どのようなご用件でしょうか? 手短かにお願いしますね」

「は、はい」


ベルジュ伯爵令嬢は頷きはしたものの、落ち着かなそうに視線を左右に彷徨(さまよ)わせた後で視線を落としてようやく口を開いた。


「あの、怪我は大丈夫ですか?」

「……後遺症は残りません」


大したことないとは言えない。

彼女相手に大したことのない怪我だったと言質を与えるわけにはいかないのだ。


「そうですか。よかった……」


その言葉に嘘はなさそうだ。

純粋にアンリエッタの身を案じているのか。

それとも保身のためか。

それはわからない。


いや純粋にアンリエッタの身を案じてということはないか。

そもそもアンリエッタを怪我させたのはベルジュ伯爵令嬢だ。

その彼女が純粋にアンリエッタの身を案じるなど矛盾している。


まあ、これは本題に入る前の軽い導入の会話だろうからそこまで裏読みする必要はない。

向こうに有利な言質を取られさえしなければいいのだ。


さて彼女の話は何だろう?


言い訳か。

謝罪か。


考えられるのはその二つ。

だから先に言っておく。


「謝罪なら正式にしてくださいね」


ここで謝罪されたのを謝罪をしたと言われるのではかなわない。

こちらが求めているのは正式な謝罪と慰謝料の支払いであるのでこんなところで謝罪されてなあなあにされるわけにはいかないのだ。


「あ……はい……わかりました」


もしかしたら謝罪するつもりだったのかもしれない。

危なかった。

本人にそこまでの意図はないかもしれないが謝罪したという事実を残されるのはよくない。

娘が謝罪したのだからいいだろう、とあのベルジュ伯爵なら言い出しそうだ。


……二人きりなので謝罪をして受け入れられたとベルジュ伯爵令嬢が主張すれば、されていないと主張したところでどちらも証明できない。

言った言わないの水掛け論になるだろう。

それは望ましくない。


アンリエッタは息を深く吐き、改めて気を引き締めた。

何の隙も言質も取らせるわけにはいかないのだ。

もうベルジュ伯爵令嬢は信用できない。


「それでどのようなお話でしょうか?」


改めて問う。

ベルジュ伯爵令嬢はうつむいた。ぎゅっと手を握りしめる。


「ひ、一言謝りたくて」


やはりそのつもりだったのだ。

先に言っておいて正解だった。


思わず嘆息する。

だとしたら後は言い訳かしら?

どんな言い訳だろうとアンリエッタが許す要素はない。


ベルジュ伯爵令嬢が顔を上げる。


「で、でもここでは謝罪しません」


さすがに強行することはなかったようだ。

強行されたところで受けることはないが。


「アンリエッタ様のおっしゃる通りです。謝罪をするなら正式にすべきことです」


それは当然のことだ。


「ええ、そうですね。わかってくれてよかったですわ」


謝罪したいならあの父親を説得して正式に謝罪してもらいたい。

……あの父親は娘の言葉でも受け入れそうもなかったが。


ベルジュ伯爵令嬢は黙り込む。


話は終わりだろうか?

それともまだ何かあるのだろうか?

これ以上絡まれたくはないので話があるなら全て話してもらいたい。


少し待ってみてもベルジュ伯爵令嬢が口を開く気配はなかった。

あまり長居したくもない。

一言断って立ち去ろうかと思い始めた頃、ベルジュ伯爵令嬢はぽつりと言った。


「怪我をさせるつもりはなかったんです……」

「さすがにその言い訳は通りませんわ」


歩いていて突き飛ばされたとかいう話ではない。

梯子を倒されたのだ。そんな言い訳が通じるはずもない。


「わかって、います。ですが本当のことなんです」

「信じられませんわ」

「信じてください。お願いします」


今更怪我をさせるつもりがあったかなかったかなどどうでもいい話だ。

あるのは、ベルジュ伯爵令嬢がアンリエッタに怪我を負わせた事実のみ。

その事実は(くつがえ)らない。


「今更何を(もっ)て貴女を信じられるというのでしょう?」


ベルジュ伯爵令嬢は唇を小さく噛んだ。

同情はしない。

もう心を動かされることはない。


心を開きかけていたのは事実だ。

だからこそ、ベルジュ伯爵令嬢を信じてしまったのだ。

だがその信用をベルジュ伯爵令嬢が裏切ったのだ。


もう彼女を信じることはできない。

そう、できないのだ。


「わたくしを油断させるために近寄ってきたのですね……」


思わずぽろりとこぼれてしまった。

言ってしまってから自分の失言に気づく。


これではそれで傷ついたと言っているようだ。

事実だとしてもそれを知られる必要はなかったのだ。

内心で(ほぞ)を噛む。


「ち、違っ……!」


ベルジュ伯爵令嬢が反射的に声を上げる。


「どこが違うのでしょうか?」


静かに返す。

ベルジュ伯爵令嬢は目を伏せた。


「お友達になりたかったのは、本当です」


まあそれはきっと嘘ではないのだろう。

そのような気配は感じていた。

だからこそアンリエッタも絆されかけていた。

それを嘘にしてしまったのは彼女自身だ。


「もう、無理、でしょうか?」


縋るように見られても気持ちは動かない。


「その道は絶たれました」


はっきりと告げる。

こんなことをしなければその道もあったかもしれない。

だが、もう覆らない。

二度とそのように道が交わることはないだろう。


「貴女が選んだのです」


全ては彼女自身が行ったことの結果だ。


アンリエッタはゆっくりと立ち上がった。

それからベルジュ伯爵令嬢を見据え静かな声で告げた。


「二度と話しかけないでくださいね」


ベルジュ伯爵令嬢の顔が泣きそうに歪む。

絆されたりはしない。

決別を選んだのは彼女なのだ。


「失礼しますね」


返事はなかった。

気にせずに東屋を出る。


ミシュリーヌのほうに向かって歩いていくと


「アン!」


すぐに気づいたミシュリーヌが駆け寄ってきた。


「大丈夫だった? 何もされなかった?」

「大丈夫よ。少し、話しただけだもの」

「本当に?」

「本当よ」


ミシュリーヌはアンリエッタの全身に視線を走らせてようやく納得したようだ。


「昼食を取るのは向こうにしましょう」


暗に早くこの場から離れようとミシュリーヌは言ってくれる。


「ええ、そうね」


二人で歩き出す。


「それで話って何だったの?」


ミシュリーヌからは当然話してくれるわよね? という圧を感じる。


ちらりと周囲を見る。

周りにはちらほらと人がいる。

何となくこちらの動向を気にしているように感じる。

ならば。


「謝罪はさすがにさせなかったわ。家からの正式な謝罪がないのだもの。個人的にとはいえ受けた受けないの水掛け論は御免だわ」

「まあ、それは当然よね。こんなところでちょろっとした謝罪で、謝罪したからいいだろうなんてことになったら困るもの。それで、他には? もしかしてそれだけだったの?」

「いいえ。あとは怪我をさせるつもりはなかった、と。信じてと言われたけれど信じられるはずがないわ」

「それはそうよね」

「やっぱりミシュリーたちが言っていたように、油断させるために友達になりたいって言っていたみたいよ」

「ああ、やっぱりそうなのね。だから言ったでしょう、彼女を信用しちゃ駄目だって」


アンリエッタはそっと目を伏せる。


「ええ。ミシュリーの言った通りだったわ。わたくしが甘かったわ」

「彼女は目的を達したのね。もう二度と近づくのを許しては駄目よ?」

「ええ。もう目的を達したのだから彼女も二度と近づいてはこないでしょう」


決別宣言もしたし、もう近寄ってこないだろう。


「アンは優しいわね」

「そんなことないわよ」


"東"の中で孤立してしまったベルジュ伯爵令嬢はアンリエッタたちの傍にいなければ一人ぼっちだ。

それを、少しだけ、可愛そうに思っただけ。

だから別に優しさではない。


むしろベルジュ伯爵令嬢のことをよく思っていないのにわかって乗ってくれたミシュリーヌのほうが優しい。

それに。


「わたくしにしてあげられる最後のことだもの」


これ以上は関わるつもりはない。

あとはベルジュ伯爵令嬢がどうにかするしかないのだ。


だから最後の最後にほんの少しだけの手伝いをしただけに過ぎない。

それも、本当に手助けになったかはわからない。


ミシュリーヌが声を落とす。


「ふふ、"(向こう)"の姫様にうまく伝われば、アンと仲良くしようとしていたのは油断させるためだってわかるでしょう」


アンリエッタも声を落とした。


「……わたくしと仲良くしようとしていたことで"(向こう)"からつま弾きになっていたみたいだから。さすがに一人ぼっちは可哀想でしょう?」

「わたくしは自業自得だと思うけれど」


ミシュリーヌはそう思っても仕方ないかもしれない。

アンリエッタはただ苦笑するに留めた。


「まあ、もう関係ないことだわ」


ミシュリーヌがばっさりと切り捨てる。


「でも、アン、ちゃんとエディたちには報告するのよ?」

「ええ、それは勿論」


黙っている選択肢は元よりない。

またルイが怒りそうだが仕方ない。

小言も甘んじて受けよう。


それでも必要なことだった。

ベルジュ伯爵令嬢が何を考えていたのか知る最後の機会だったから。


それでも彼女と関わるのもこれで本当に終わりだ。

次に関わるとしたら貸しを取り立てる時になるだろう。


読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございます。修正してあります。

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