幕間 姫君たちのお茶会2
テーブルを囲んでいるのは"東""西""南""北"それぞれの公爵令嬢だ。
シュエットが一口紅茶を飲んで世間話でもするような口調で告げた。
「"東"は随分と質が低いね」
シエンヌも一口紅茶を飲んでやはり世間話をするような口調で反論する。
「それは"西"のほうでしょう」
「問題を起こしているのは"東"ばかりだ」
「その中心にいるのは"西"の伯爵家だわ」
「"東"がちょっかいをかけているからだね」
「彼女が身の程を弁えないからでしょう」
ぽんぽんとあくまでも世間話をしているように話す二人。
あくまでも優雅さは損なわない。
その顔には淑女の微笑みが浮かんでいる。
「しかし、怪我をさせるのはやりすぎではないか?」
クロディーヌが口を挟む。
「そうね。暴力に訴えるなんて低俗よ」
ミレーユの眉根もわずかに寄せられている。
シエンヌの眉がぴくりとする。
「二人ともシュエットの味方をするのかしら?」
「"南"はクロード殿下の件は中立の立場だな」
「"北"も同じく」
「どこが中立なのかしら?」
クロディーヌとミレーユは顔を見合わせた後で同時に肩を竦める。
「さすがに暴力は看過できないからな」
「ええ。下手したら大怪我を負っていたところよ。ちょっと足を引っかけたり、水をかけたりするのとはわけが違うわ」
あまり褒められたことではないが、ちょっと足を引っかけたり、水をかけたりするくらいなら許容範囲内だった。
それくらいのいざこざは社交界ではままある。
あからさまにやれば顰蹙を買うだけだが。
「少し脅すつもりが梯子が倒れてしまっただけじゃない。大袈裟だわ」
本当にそう思っているのか、とぼけているのか。
「結果が全てだな」
クロディーヌはばっさりと切る。
「"東"の令嬢が"西"の者に怪我をさせた事実は揺るがないよ」
「大した怪我ではないのでしょう? 騒ぎ立てる程のことではないわ」
わざとらしくシュエットが溜め息をつく。
「しばらく杖が必要なほどの怪我だよ。頭を打たなくて幸運だった」
「それは本当に幸運だったわね」
「下手すれば取り返しのつかないことになっていた可能性もある」
本棚の角に頭をぶつける可能性もあったし、木の床に勢いよく頭をぶつけていれば何かしらの後遺症が出る可能性もあった。下手したら命を落とす可能性すらあったのだ。
捻挫で済んだのは本当に運が良かっただけだ。
さすがにそこを責められるとシエンヌは黙り込んだ。
他の三人は黙ってシエンヌを見る。
シエンヌは素知らぬふりでティーカップを持ち上げて口をつけた。
三人はそれでもじっとシエンヌを見ていた。
じりじりと圧が増す中でも表情を変えずにシエンヌは紅茶を飲んでいたがーー。
「確かに結果的に梯子を倒してしまったことは、やり過ぎだったかもしれないわね」
少ししてティーカップを置いたシエンヌの口が開いて出てきたのはそんな言葉だった。
「故意に、の間違いだろう?」
シュエットは曖昧にする気はなかった。
「まあ、もし仮に故意だったとしたら、余程の恨みを買っていたのね」
「付き纏っていたのは加害者の令嬢だと聞くから逆恨み、かもしれないね」
クロディーヌとミレーユがおや、というように片眉を軽く上げた。
「付き纏われていたのならその令嬢も少々迂闊だったな」
「そうね。警戒心が足りなかったわね」
「ほら、"東"ばかりの責任ではないわ」
ほらみなさい、とばかりにシエンヌが言う。
シュエットは取り合わない。
「怪我をさせたことを反省してもらいたいね」
シエンヌはつんとそっぽを向く。
「結果的に大きな怪我になってしまっただけよ。避けないほうにも問題があるのではなくて?」
「梯子の上にいるのにどうやって避けろと言うのかな?」
「下りればよかったでしょう」
「その前に倒されたのだろうね。令嬢が素早く梯子を降りれるはずがないからね」
正論だ。
普通の令嬢に素早く梯子を降りたり、受け身を取れるはずがない。
だからアンリエッタにも非があるというのは容認できないとシュエットは言っているのだ。
「それともシエンヌはできる?」
シュエットはシエンヌを見据え、敢えて少しだけ首を傾ける。
「……無理ね」
渋々とシエンヌは認める。
「なら彼女に責任を負わせるには無理がある」
「ああ、それはそうだな。私ならできるからとつい自分視点で考えてしまっていた」
クロディーヌが先程の意見に反省を示した。
「ああ、そうね。普通の令嬢には無理なことだったわ」
明言はしないが、ミレーユもクロディーヌ側だ。
「できることを前提にした批判は酷なことだったわ」
シュエットがにっこりと微笑う。
「わかってもらえて嬉しいよ」
流れがシュエットのほうに傾く。
ティーカップを持ち上げて、シュエットはふと思い立ったという素振りでシエンナを流し見る。
「さすがに怪我をした彼女に何か仕掛けようだなんて、卑怯なことはしないよね?」
言った後でシュエットは視線を鋭いものにする。
「さすがに怪我人に何か仕掛けるのは人としてどうかと思うな」
クロディーヌも言いながらシエンヌを見る。
「そうね。品位以前に人間性を疑うわ」
ミレーユも追随する。
三人の視線はシエンヌに集中する。
「……そうね。わたくしもそう思うわ」
さすがにシエンヌも同意した。
「だったらどうしてくれる?」
シュエットは追求の手を緩めない。
口許にだけ微笑みを浮かべてじっとシエンヌを見る。
じりじりと圧力を増していく。
曖昧なままにはしておかない。
やがて耐えられなくなったのか、面倒になったのか、呟くようにシエンヌが言った。
「……わかったわ。怪我人に何かするような品位のないことはしないようには言っておくわ」
「まあ、それなら一応は安心かな?」
「何か含みがありそうね?」
「ん? そう感じるならそうなんじゃない?」
じとっとした目でシエンヌがシュエットを見る。
シュエットは軽く微笑って首を傾げる。
「言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
「ん、別に。その言葉が守られれば私は何か言うつもりはないよ」
「言ったことは守るわ」
「うん。シエンヌはそうだろうね」
シュエットは微笑んだままだ。
シエンヌが不愉快そうな表情になる。
「"東"の子は忠誠心の高い者ばかりよ」
「その暴走を抑えられないようではね」
「暴走なんてしていないわ」
「なるほど。全てはシエンヌの指示、ということだね?」
「わたくしを想っての行動だわ」
「なら責任はシエンヌにあるね?」
「……何が言いたいのかしら?」
不愉快そうにゆっくりとした口調でシエンヌが訊く。
「ん? わからない?」
「わからないわね」
「そう」
すっとシュエットが目を細めてシエンヌを見据える。
「今回のこと、どう落とし前をつけるのかな、と思ってね」
シエンヌはつんと顎を上げる。
「何もする気はないわ」
「ふぅん?」
ぱらりと扇を開き、顔半分を隠して今度はシエンヌがシュエットを見据える。
「そもそも当事者同士で話はついているわ」
シュエットは何も言わずに軽く首を傾けて続きを促す。
「そこにわたくしまで何かしたら過剰だわ。そうでしょう?」
今度はシエンヌがシュエットに迫る。
シュエットは反対に首を傾け、曖昧に微笑む。
「では、もし加害者側が責任を取るのを拒否したらシエンナが責任を取るんだね?」
「それが、"東"ならばね」
「そう、ならいいんだ」
訝しげな視線をシエンヌがシュエットに向ける。
シュエットは微笑んだままそれ以上は何も言わない。
話が一段落したとみたのか、何事もなかったかのようにクロディーヌが口を開き、ミレーヌが続く。
「うちのほうはそんな不届き者はいないと思うが、言っておくよ」
「そうね。わたくしも念の為通達しておくわ」
シュエットは頷いた。
「私も念の為言っておくとするかな」
「お手並み拝見といこうじゃない」
挑発するようにシエンヌがシュエットに言う。
「お互いにね」
シュエットは挑発には乗らずにむしろ挑発するように微笑む。
シエンヌは微笑み返した。
そんな二人をクロディーヌとミレーユは紅茶を飲みながら眺めていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字報告をありがとうございます。
訂正してあります。




