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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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54.知らぬは当人ばかりです。

「何というか予想の中でも最悪のものが当たってしまったな」


結局いくら話し合ったところで平行線を辿るだけだった。

何の決着もないままベルジュ伯爵親子は帰っていった。

これもまた予想の中の一つではあったが。


立会人の方もどことなく同情を滲ませて「お身体を大切にしてくださいね」と言って帰っていった。

中立であるべき立場なのでベルジュ伯爵の言動については触れられないのだろう。

ただ表情にだけ滲み出てしまったようだ。

それほどひどい内容だったということでもある。


今は家族で集まって話し合いの報告をしているところだ。

ミシュリーヌとロジェはこの場にいない。本当に家族だけだ。

後で情報共有することになるだろう。


呆れたり、怒ったり、家族の反応はさまざまだ。

部屋の空気は重い。


「この話し合いで決着がつけば一番穏当だったのだがな」


父が溜め息とともに言った。


「そうですね。ですが、向こうは悪いことをしたなどと思ってもいませんから仕方ありません」

「一体どのような思考回路をなさっているのかしら」


母は完全に呆れているようだ。


「……思い込みの激しい方のようでしたわ」

「そうだな。自分の考えに固執しているというよりは単純にそう思い込んでいるからこそ揺るぎなかった」

「一番厄介なタイプね」


母が嘆息する。


「話がずっと平行線だったからな」

「それは疲れるわね」

「ああ、疲れた」


父の声には疲れが滲んでいた。

主に父が相手にしていたのだから疲れはアンリエッタや兄の比ではないだろう。


「お疲れ様」


母の声には(いたわ)りがこめられていた。


「ああ、ありがとう」


そんなやりとりをルイが不機嫌そうな顔でぶったぎる。


「それで謝罪の一つもなかったわけ?」

「あるはずがない。娘が悪いとは少しも考えていないのだからな」

「ああ、あの娘にしてこの親ありってことか」

「そうね」


話の通じなさ具合は父親であるベルジュ伯爵のほうが上だったが。

本当によく似た親子だ。


ただまあ、ベルジュ伯爵令嬢は父親には同調はしていなかった。

さすがに自分のしたことに自覚はあるのだろう。


そう言えば梯子を倒される前に「ごめんなさい」と叫んではいた。

それならやらなければいいと思うが、やらなければならない事情でもあるのだろう。

勿論やられたアンリエッタはだからといって許容などしないが。


その事情もアンリエッタにはおおよその予想はつく。

彼女自身が決めたことの結果だ。

同情する気はない。

わかっていて選んだのは彼女自身なのだ。


「アンにも不快な思いをさせてしまったな」


父の顔が申し訳なさそうに曇る。


「いえ、大丈夫ですわ」

「本当に大丈夫?」


ルイが心配そうにアンリエッタの顔を覗き込む。

アンリエッタは微笑んだ。


「本当に平気よ」


自分に向けられた言葉でないものに傷つくはずがない。


「むしろ笑いを堪えるのが大変でした」


敢えてそのような言い方をした。

別に本当に笑いを堪えていたわけではない。

ただ、滑稽だなと思って眺めていただけだ。

これで少しは家族の心を軽くできたらと思っての発言だ。


「……笑う要素があったか?」


兄が訝しげに訊いてくる。


「ええ。ベルジュ伯爵は、わたくしを批判するつもりで、御自身の娘を批判していましたもの。お父様への中傷も、伯爵御自身への中傷でしたでしょう? それに気づかないベルジュ伯爵が滑稽で。まるで、自分の役目も知らない道化師のようだわ、と思ったら、可笑(おか)しくて」


さすがに話し合いの最中(さなか)にはそこまで思わなかったが、今思い返してみるとまさにベルジュ伯爵の姿は道化だった。


「なるほどなるほど。ベルジュ伯爵はアンを攻撃しているつもりで娘を攻撃していたのか。それは滑稽だな」

「ああ、噂を信じて姉上を批判するなら、その内容はベルジュ伯爵令嬢に当てはまるもんね」


ルイが得心がいったと頷く。


「ああ、確かにそうか」

「怒りと呆れを抑えるのに必死でそこまでは意識が向かなかった」


父と兄の顔にも笑みが戻る。


「それは少し、見てみたかったわね」


母はいい笑顔だ。


「あの時にそれに気づいていればなぁ」

「本当ですね」


父と兄も本気で残念そうだ。

気づいていれば少しは余裕が出ただろうか?

そうしたらあの話し合いも少しは違うものになっていただろうか?


……着地点はきっと変わらなかっただろう。

あのベルジュ伯爵の言動ではそれはどうやっても動かない。


それでももしかしたら父や兄の心の持ちようは違ったかもしれない。

心労も少しは軽減できた可能性もある。


兄が軽く笑って別の可能性を指摘する。


「ああ、でも気づいていたら途中で笑ってしまっていたかもしれません」

「ああ、確かにな」

「危なかったですね」

「そうだな」


ルイが頷いて口を開く。


「笑ってしまったら印象は悪くなっていただろうね」

「怒りのあまり笑い出した、と捉えられたかもしれん」

「それはそれで貴族として未熟だと捉えられかねませんよ」

「あの伯爵なら気が狂ったとでも思うだろうよ」

「それでここぞとばかりに突いてきたでしょうね」

「確かにな」


笑って言っているが笑い事ではない。

立会人がいるのだ。

彼によって全ての会話は記録されている。

それは公文書だ。

国の正式な文書にそのようなことが書かれるのは不名誉に繋がる。


あの時に父も兄も気づかなくてよかった、と思う。

それなのに。


「姉上に不利なことにならなくてよかったよ」


ルイはあくまでもアンリエッタのことについてのみだ。


「そうだな」


兄も気にしていないようだ。

見れば父も母もだ。

気づいていないわけではないはずだ。

実際にはそうならなかったからこそただの笑い話に過ぎないということかもしれない。


ルイが(いたわ)るような表情でアンリエッタの顔をのぞき込む。


「姉上もよく堪えたね」


アンリエッタはにっこりと微笑(わら)う。


「淑女の嗜みよ」


実際はそのようなものではない。

滑稽だとは思ったが、笑いがこみ上げてくることもなかっただけだ。


「さすがだね、姉上」

「別に褒められるほどのことではないわ」

「そんなことないよ。ベルジュ伯爵が道化だと気づいたのも凄いし、それに気づいても表に出さなかったことも立派だよ」

「わたくしは言葉が挟めなかったから観察していただけよ」


ベルジュ伯爵は(はな)からアンリエッタのことは見下して相手にしていなかった。


「ああ、でもアンが口を挟まなかったことは結果的によかったと思うよ」

「確かに。あの様子だとちくちくとアンを攻撃してきそうだった」

「それが全てベルジュ伯爵令嬢への攻撃になるのですわね。さすがに可哀想ですわ」

「ああ、確かにそうだな」

「……別にいいんじゃない。ベルジュ伯爵令嬢は自業自得だよ」

「ルイ」

「まあ、でも姉上が(あざけ)られるのは嫌だから口を挟まなくて正解だよ」


それが最大限のルイの譲歩だろう。


「本当は今後一切ベルジュ伯爵の前に立たないでほしいくらいだよ」


アンリエッタだってできればそうしたい。

話を聞かずに一方的な主張を繰り返す人間との対面は疲れるだけだ。


だがそうも言っていられない。

この件が片づいていない以上、また会うことはあるだろう。


それは勿論ルイだってわかっている。

だからこれは言っているだけだ。

ならば(たしな)める必要はない。

家族もそう判断したのだろう、流して会話を続ける。


「次に会った時には気をつけなければな」

「そうですね」


アンリエッタも気をつけておこう。

たぶん大丈夫だろうが、一応念の為。


「僕は笑うかも」

「……まあ、ルイなら許されそうだな」

「そうだな。ルイが姉馬鹿なのは知れ渡っているし、アンを傷つけた奴らを笑ったところで仕方ないなで流されそうだ」


母とアンリエッタは思わず深く頷いた。

ルイの人徳だろう。

ルイはただ笑った。


父はすぐに切り換えて真剣な口調で告げる。


「では、次の手を打たねばな」「そうですね」


父と兄がやる気に満ちた顔で言う。

ある意味ベルジュ伯爵が謝罪しないのは想定内のことである。

既に謝罪がなかった場合の次の手を打つ準備は調えてある。

当然このまま引き下がるということはない。


「僕も動くね」


嬉々としてルイが告げた。

話し合いのほうには参加できなかった分、動けることが嬉しいようだ。


「ああ。頼むな」

「まあ、好きにやりなさい」


兄と父のお墨付きをもらったルイはやる気に満ちた顔になる。


「任せて。ふふ、姉上は大船に乗った気持ちでいてね」


ルイは一体何をする気なのだろう?

具体的には聞いていない。


「大丈夫。姉上の不利になることはしないから」


それに関しては信用している。


「ええ。ルイを信じているわ」


ルイは嬉しそうに微笑(わら)った。


「うん。姉上のために頑張るから」


かなり張り切っていそうだ。

別にベルジュ伯爵家がどうなろうと構わない。

構わないが。


…….やり過ぎないように祈るばかりだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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