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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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53.子が子なら親も親でした。

誰かから話を聞いたのか、ミネット様がお見舞いの手紙をくださり、さらには第一妃とのお茶会は完治してからで大丈夫なので気にしないようにとの言付けまでされていた。

急ぎつつ丁寧に心配と配慮に感謝する旨を(したた)めてミネット様に送った。


そして当然ベルジュ伯爵家へは父が当主として抗議の手紙を送った。

二日経ってようやく返ってきた手紙はラシーヌ家を訪問したいというものだった。


家族で話し合い、立会人を呼んで立ち会ってもらうことにした。

通常なら謝罪のための訪問のはずだが、その旨の記載はなかったし、あのベルジュ伯爵令嬢の父親だ。どういう思考回路をしているかわからない。

ならば最大限打てるだけの手は打っておかなければならない。


まともな神経の者ならやらないが、"抗議"に対する"抗議"のために来る可能性すらある。

全く信用ならない。


最悪の最悪まで考えて向かい撃つ準備をしておかなければならないのだ。

準備しすぎるくらいでちょうどいい。

無駄になるならそれでいい。

足りない方が困る。


それだけ信用のない相手だった。

ラシーヌ家は臨戦態勢でその日までに準備を整えた。




*




話し合い当日。

ベルジュ伯爵は娘を伴ってやってきた。


ベルジュ伯爵令嬢はうつむいており、決してアンリエッタを見ない。

(やま)しい気持ちがあるのだろう。

さすがにそこまで図太い神経はしていなかったようだ。


一方でベルジュ伯爵は不遜な様子を隠そうともしない。どことなくアンリエッタを見下しているようでもある。

父娘の態度は対照的だ。


ベルジュ伯爵の態度は謝罪に訪れたようには見えない。

何のためにラシーヌ家を訪れたのだろうか。


家族が溜め息を堪えているのがわかる。

これはやはり立会人を呼んでおいて正解だったようだ。


とりあえず二人を応接間に案内する。

母とルイは別室で待機となった。


「さてでは訪問理由を伺いましょうか」


父を真ん中に左右にアンリエッタと兄が座り、向かいのソファにベルジュ伯爵とベルジュ伯爵令嬢が座ったところで父が切り出した。

ベルジュ伯爵は、冷笑を浮かべる。


「うちの娘は悪くないと言いに来たのですよ」


一瞬聞き間違えたのかと思った。

即座に父と兄の視線が険しくなる。


隣に座っていたベルジュ伯爵令嬢も弾かれたように顔を上げて自分の父親を見た。

その目は信じられないと告げていた。

少なくとも彼女には悪いことをしたという自覚はあるらしい。


そんな娘の視線にもベルジュ伯爵は気づかない。


「そもそも伯爵令嬢という身分で王子殿下に色目を使うほうが悪いのでは? 一体どのような教育をなさっているのか。私には理解できませんよ」


嘆かわしいと言わんばかりの表情と態度だ。

ぴくりとベルジュ伯爵令嬢の身体が揺れる。


どちらがどう口説いたのかは知らないが、もしやベルジュ伯爵令嬢のほうが積極的に距離を詰めたのだろうか。

アンリエッタにはどちらでも関係ないがベルジュ伯爵令嬢の心境としては違うだろう。

とはいえベルジュ伯爵令嬢の心境など最早アンリエッタには関係ない。


父が溜め息をつく。わざとだろう。


「噂しか興味がないようですね。口説いているのはクロード殿下のほうですよ」


ベルジュ伯爵がふんっと鼻で嗤う。


「そんなことあるはずがないだろう」


ベルジュ伯爵は随分と思い込みの激しい人間のようだ。

その思い込みやすい性格を利用すれば思考誘導は容易(たやす)そうだ。

そのうち足下を掬われるだろう。


アンリエッタには関係のない話だし、今回はその思い込みの激しさが面倒だ。

絶対に自分の考えを曲げようとはしないだろう。


「王子殿下ともあろう方が伯爵令嬢ごときに興味があるはずがありません。そのような噂を流して自らの価値を上げようなどと考えているのかどうかは知りませんが片腹が痛いですよ」


勿論そんなことは考えていない。


「我らが"西"の公爵家を侮辱する、そう取って構わないでしょうか?」


父の声が低い。


「公爵家は関係ないでしょう?」


ベルジュ伯爵は本当にわからない様子だ。

父が溜め息を(こら)えつつ告げる。


「当然ウエスト公爵家には報告してあり、アンリエッタに非はないとのお言葉と周知をいただいている」

「なっ。公爵家にまで虚偽を申し立てたのですか? 重罪ですよ!」


ベルジュ伯爵は"東"だけというわけではなく、公爵家と王家への忠誠が高いのかもしれない。


「事実を報告しただけですよ」


淡々と父は返す。


「ご自分たちの都合のいい事実を、ですか? 何とも忠義に篤いですなぁ」


嫌味を言ったつもりなのだろう。

父はにっこりと微笑(わら)う。


「お褒めに与り光栄です。忠義に篤いからこそきちんと()()を報告してあります」


その意味するところを知らないのはベルジュ伯爵だけだ。

勿論ベルジュ伯爵令嬢はきちんと事実をウエスト公爵家に報告していることは知っている。

第一王子と契約を交わした時に告げていたからだ。

だが何故かベルジュ伯爵令嬢はちらりとアンリエッタを見た。


ベルジュ伯爵はわざとらしく溜め息をついた。


「ねじ曲げた事実は事実とは言わないのですよ。"西"の公爵家もとんだ忠義者を抱えているようですな」

「忠臣としてきちんとした報告を上げるのは当然です」

「忠臣とは聞いて呆れますな」

「まあ貴方がどう思おうが事実は何も変わりませんよ」


……父は相手にするのが面倒になったのだろう。

話の通じない相手に延々と同じことを主張されるのは聞いているだけでも疲れる。


「そうですな。どう思い、どう画策しようと事実は変わりませんね」


お互いの事実はずれたままだろうがそもそも今日の話し合いの趣旨とは直接的には関係ない。

それに(こだわ)ってはいつまで経っても平行線だと気づいたのかベルジュ伯爵は切り口を変えてきた。


「そもそも伯爵令嬢風情が王子殿下の寵愛を得ようというのが身の程知らずですよ。まさか妃の座に納まろうなどと浅はかな考えでも持っているのでは? 身の程知らず過ぎて片腹が痛いですよ」


思わずベルジュ伯爵令嬢を見た。

まさか狙っているのだろうか?


彼女は微かに首を横に振っている。

これはどう取られるのだろうか?

立会人を見たいが、余計なことをして気を引きたくはない。

できるだけ有利な状況にしておきたいのだ。


「アンリエッタはそんなことなど微塵も考えてはいませんよ」


事実だ。

冗談でも言われたくない。

万が一にも打診されたところで断固拒否だ。


「まあ娘を信じたい気持ちはわかります。ですが(いさ)めるのもまた愛情だと思いますがね」

「その言葉はそっくりお返し致しますね」

「何と、うちのリリアンが何をしたと言うのですか?」


ベルジュ伯爵は目を丸くして大仰に言ってのける。

ベルジュ伯爵は本当にベルジュ伯爵令嬢がしたことは悪いことだとは思っていないようだ。


父が呆れた表情を隠そうともせずに口を開く。


「そもそもの話として怪我をさせたことについての反省も謝罪もなしですか。随分と良い教育をなさっておられるようだ」


あ、とベルジュ伯爵令嬢が口を開いた。

その口から言葉が出てくる前に、


「お褒めに与り光栄ですよ」


実ににこやかにベルジュ伯爵は応じる。

きっとベルジュ伯爵は本気でそう思っているのだろう。

調子づくように言葉を重ねる。


「そもそもリリアンは身の程知らずだということを教えたに過ぎません」


父と兄が冷たい視線をベルジュ伯爵令嬢に向ける。

びくりとベルジュ伯爵令嬢が身体を震わせる。


「それなのにリリアンは反省文の提出と提出するまでは停学という処分を受けました。抗議したいのはこちらのほうですよ」


アンリエッタに怪我を負わせたことについての慰謝料などは家同士の話し合いになるので学院は介入しないのだ。

それなので学院としての処分は学院内で騒ぎを起こして怪我をさせたことに対する反省文とそれを提出するまでの停学ということになったようだ。


それもこれも学院が社交界の練習の場であるからだ。

避けたり戦ったりするのならそれはそれでよし、何かあったなら当人と家で解決すること、ということだ。


勉強だけなら家でできる。だがこういうことを学ぶために学院はあるのだ。


しかし本当に抗議のための訪問だったとは。


「おっしゃっている意味が理解できませんね」

「感謝されることはあれど、処分を(くだ)される筋合いはない、ということです」

「呆れて言葉も出ませんな」


父は呆れた表情を隠そうともしない。


「処分が不服なら学院のほうに抗議なさればよろしいのでは?」

「当然しましたが、取り消してもらえなかったのですよ」

「まあそうでしょうね」


父の相槌も呆れを隠しもしなくなった。


ベルジュ伯爵令嬢がアンリエッタを怪我させたことは揺るがない事実だ。

目撃者もいる。

何より彼女自身はやったことを認めていると聞いた。


それなのにベルジュ伯爵だけが娘は悪くないと信じている。

ベルジュ伯爵令嬢の行動はアンリエッタを諫めるため、そのためなら怪我させるのも()()しという考えだからだ。

ベルジュ伯爵の演説は調子を上げる。


「そもそもがそちらのご令嬢が身分も(わきま)えずにクロード殿下に付き纏うのが悪いのに、それを諫めたリリアンが罰を受けるのはおかしくありませんかね?」

「事実無根なことで怪我をさせられたのですから、そちらのご令嬢が罰を受けるのはむしろ当然ですね」

「事実無根などとどの口が言うのですかな?」

「この口ですが?」


平然と父が言う。

兄が続く。


「そもそもきちんとお調べになったのですか? 学院でのことをきちんと調べれば妹がクロード殿下に付き纏ってなどいないことはすぐにわかるはずですが」


娘であるベルジュ伯爵令嬢に訊くだけでもそのことはわかるはずだ。

彼女がどういうふうに言うかはわからないが。

正直に話すことはできなくとも少なくとも付き纏っているのが第一王子のほうだということくらいは言えるはずだ。


だがベルジュ伯爵の様子を見る限り、彼女は何も言ってはいないようだ。

本当に何を考えているのだろう?


どこまで行っても主張が平行線を辿っている話し合いを聞きながらアンリエッタはじっとベルジュ伯爵令嬢を見る。

ベルジュ伯爵令嬢はアンリエッタのほうを見ようとはしない。

手を握りしめ、じっとテーブルに視線を固定している。


「調べるまでもないでしょう。王族が伯爵令嬢など相手にするはずはありません。それに、火のないところに煙は立たず、と言いますからね」

「敢えて関係のないところから火をつける方もいますしね。何もかもを鵜呑みにするのは危険かとと忠告だけはさせていただきますよ」

「親切にありがとうございます。頭の片隅に入れておきますよ」

「一度噂についても調べてみたほうがいいですよ。貴族なら当然のことですから、これは余計な忠告ですね」

「そうですね、と言いたいところですがその忠告は受けておきましょう」


これで実際に調べたりするのだろうか?


どんどんベルジュ伯爵令嬢の顔色が悪くなっていく。

調べられれば少なくともアンリエッタが第一王子に付き纏われているとわかるはずだ。


きちんと調べれば、の話ではあるが。

このベルジュ伯爵の様子からしたら自分の都合のいいようにねじ曲げて理解する可能性のほうが高そうではあるが。


「ですがこの一件についてはリリアンは何も悪くないと言っておきますよ。そもそも伯爵令嬢程度がクロード殿下に付き纏うのが悪いのですから」


話が振り出しに戻った。

このままずっと平行線なのだろう。

父と兄もうんざりした顔をしている。


ベルジュ伯爵の主張は、第一王子に纏わりつくアンリエッタが身の程知らずだ、それを諫めただけの娘は悪くないということから一ミリも動いていない。

いつまで経っても話は平行線を辿るだけだろう。


妥協点も見出だせない。

双方譲れないところが決まっており、そこをお互いに認められないのだ。

そもそも出発点からして違う。


それでも何とか対話を重ねようとするが、ベルジュ伯爵は一方的な論理を重ねるだけだ。

平行線の対話と立会人の立てる筆記の音だけが室内に響いている。


ベルジュ伯爵令嬢の顔からはすっかりと血の気が引いている。

それはそうだろう。

ベルジュ伯爵の非難はそのまま彼女に当てはまるものだ。


ベルジュ伯爵は意図せずに娘を攻撃していることになる。

しかも、それには気づいていない。

(はた)から見ると何とも滑稽だ。

その様子を一歩退いたところからアンリエッタは眺めていた。


やりとりは主に父とベルジュ伯爵、そして時折兄が交じっている。

アンリエッタとベルジュ伯爵令嬢はただいるだけだった。






この話し合いの間、アンリエッタもベルジュ伯爵令嬢も一言も話すことはなかった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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