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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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51.まさか裏切られるとは思いませんでした。

アンブシュール子爵令嬢からはあの後、謝罪の手紙とともにレースのハンカチが届いた。

アンリエッタは彼女のことを許していたが、どうやらそれで家族のほうも気持ちを収めてくれたようでアンリエッタは密かにほっとした。




*




その日、アンリエッタは学院の図書館で調べ物をしていた。

図書館内は騒ぎを起こすことは厳禁なので、比較的安全に過ごせる場所だった。

だから図書館内では一人で行動することもままあった。


今もちらほらと利用している者はいるが、アンリエッタを気にしているような者はほとんどいない。

だから少しの警戒心はあれども調べ物の本探しに集中していた。


ふと意識が目の前の本棚から逸れた。

何となく振り向く。


ベルジュ伯爵令嬢がこちらに向かっているのが見えた。

その表情が硬いような気がするのは気のせいだろうか?

何かあったのだろうか?


ちょうどアンリエッタは梯子(はしご)を使って上のほうの本を取ろうとしているところだった。

ルイやロジェ、兄がいれば高いところの本は取ってもらえるのだが、今アンリエッタは一人だった。


ベルジュ伯爵令嬢は真っ直ぐにアンリエッタのほうに向かってくる。

アンリエッタに何か用事があるのだろうか?


たぶん、無意識にベルジュ伯爵令嬢は何もしてこないだろうと油断していたのだろう。

気づかないうちに警戒心が緩んでいたのは(いな)めない。

他の"東"の者だったら警戒してはしごを降りていただろう。

だがそうしなかった。


ベルジュ伯爵令嬢がアンリエッタの乗る梯子の下に来た。

ベルジュ伯爵令嬢は無言で下を向いている。

やはり様子が変だ。


「ベルジュ伯爵令嬢、」


どうしたのか訊こうとして呼んだ名に大きく身体を震わせた。

そして。


「ごめんなさい!」

「えっ? きゃあっ!」


大きな声で謝罪したベルジュ伯爵令嬢がアンリエッタの乗っている梯子を力一杯押した。

梯子が倒れ、完全に油断していたアンリエッタは受け身も取れずに床の上に転がる。

派手な音が響いたのですぐに何事かと人が集まってくる。


「大丈夫ですか!?」


アンリエッタに駆け寄ってきたのは司書の女性だ。

アンリエッタは身を起こす。

司書の女性が背中に手を添えて支えてくれる。

小さく礼を言ってからアンリエッタは真っ直ぐにベルジュ伯爵令嬢を見上げて問う。


「どういうつもりですか?」


立ち尽くしていたベルジュ伯爵令嬢が肩を跳ね、視線を逸らした。

周りの視線がベルジュ伯爵令嬢に向けられている。


「あ、あ、私は……」


ベルジュ伯爵令嬢の口からはそれ以上は語られない。


「あちらで事情を伺いましょう」


アンリエッタの傍についてくれた司書とは別の女性司書がベルジュ伯爵令嬢を連れていく。

司書の女性が心配そうにアンリエッタの顔を覗き込む。


「とりあえず医務室に行きましょう。立てるかしら?」

「あ、はい」


司書の女性の手を借りて立ち上がろうとしたところで右足首に痛みが走った。

咄嗟(とっさ)に悲鳴は飲み込んだ。

立ち上がることはできずにまた座り込んでしまう。


「足を痛めたのかしら?」

「そのようです」

「私に掴まって。ゆっくり立てるかしら?」

「ありがとうございます」


司書の女性に支えられながらゆっくりと立ち上がる。


「歩けるかしら? ゆっくりでいいわ。」

「は、はい」


事務の男性が近寄ってきた。


「医務室まで歩くのは大変でしょう。医者を呼んできます」

「お願いします。では事務室に。そこまで頑張ってもらえる?」

「はい、大丈夫です」


足首はずきずきと痛むが歩けないほどではない。

司書の女性の手を借りて事務室へと移動した。


椅子に座らせてもらって医者が来るのを待つ間に事情を聞かれた。

アンリエッタは素直に答える。

別に隠すことはなく、ベルジュ伯爵令嬢を庇うつもりもない。


医者が来て診察してくれる。


「捻挫ですね。湿布を貼っておきましょう」


医者が丁寧な手つきでアンリエッタの痛めた右足首に湿布を貼って包帯を巻いてくれる。


「梯子から落ちたということですから、後から他に痛みが出てくる可能性もあります」

「はい」


これは家族にも言っておいたほうがいいだろう。

何事も情報共有は大事だ。

伝えておけば後々痛みが出ても慌てず対処してくれるだろう。


「今日一日は安静にしていてください。今日は帰ったほうがいいでしょう」

「わかりました。ありがとうございます」

「お大事に」


そう告げて医者は戻っていった。

ずっと付き添ってくれていた司書の女性が口を開いた。


「残りの授業は何でしょう? こちらで連絡しておきましょう」

「ありがとうございます。礼儀作法の授業だけです」

「リッド女史のね」

「はい」


どのみち礼儀作法の授業だとこの足では難しかっただろう。


「わかったわ。伝えておくわね。他はある?」

「いいえ、ありません」

「わかったわ。少し待っていて」

「はい」


一度部屋を出ていった彼女は少しして戻ってきた。


「馬車乗り場まで送るわ」

「ありがとうございます」

「荷物は持つわ」


荷物は席を聞いて取ってきてくれていた。


「申し訳ありません。ありがとうございます」

「気にしないで。行きましょうか。ゆっくりでいいわ」


捻挫した足になるべく負荷がかからないようにしながらゆっくりと立ち上がる。

そのまま彼女の手を借りながら歩く。

閲覧室に戻るとルイがいて驚いた。


「ルイ、どうしたの? 授業中でしょう」

「どうしたの、じゃないよ。姉上が怪我をしたって聞いて飛んできたんだよ」


どうやら誰かがルイに連絡したようだ。


「わたくしは大丈夫よ。だから授業に戻りなさい」

「授業より姉上のほうが大事」


きっぱりと言い切ったルイは絶対に退かないという()をしている。

これは何を言っても授業には戻らないだろう。


「姉上は授業に出る気なの?」

「いいえ。今日は安静にしていたほうがいいと言われたから帰るわ」

「じゃあ僕も帰るよ」


言うと思った。

アンリエッタが言っても退かないだろう。

なら授業には出たほうがいと司書の女性なら言ってくれるのではないかと彼女を見上げた。

彼女はにっこりと微笑む。


「身内が一緒なら安心できるわね」


……認められてしまった。

ルイがようやく司書の女性に目を向けた。


「姉上のこと、ありがとうございます。お礼が遅くなり、申し訳ありません」

「いえ、当然のことをしただけよ」

「ここからは僕が姉上に付き添いますので」

「何かあるかわからないから馬車乗り場までは付き添うわ。彼女の荷物は持つから支えてあげてくれる?」

「ありがとうございます」


ルイがアンリエッタに向き直る。


「抱いていこうか?」

「いえ、そこまでじゃないわ。歩けるわ」

「そう? 無理しないでね」

「ええ、ありがとう」

「じゃあ掴まって」

「ええ」


ルイに支えられて歩き出す。


「ゆっくりでいいから」

「ありがとう」


痛めた足を庇いながらいつもより時間をかけて馬車乗り場に辿り着いた。


まだ帰る時間ではないので当然家の馬車はない。

司書の女性が馬車の手続きをしてくれる。


学院の馬車がゆっくりと走ってきてアンリエッタたちの前で停まる。

御者が台を用意し、扉を開けた。


ルイと司書の女性の手を借りて馬車に乗り込んだ。


「お大事に」

「ありがとうございました」


ルイがアンリエッタの荷物を受け取り、馬車に乗り込む。

扉が閉まり、ゆっくりと馬車が動き出した。




*



「それで何があったの? どこを怪我したの?」


馬車が動き出してからルイが矢継ぎ早に訊いてくる。


「あ、待って。先に教えて。本当は座っているのもつらかったりしない?」

「大丈夫よ。梯子から落ちて右足首を捻挫したのよ」


それだけ告げるだけでもルイの顔色が変わる。


「何で梯子から落ちたの?」


どうせ帰ったら皆に話すのだからここで隠す必要はない。


「ベルジュ伯爵令嬢に倒されたのよ」


ルイが口の中で何か呟いた。

……追及しないほうがいいだろう。

ルイが咎めるような視線をアンリエッタに向けた。


「だから言ったでしょ、ベルジュ伯爵令嬢を信用したら駄目だって」

「そうね。ルイたちの言う通りだったわ」


信用したつもりはなかったが、無意識に信用してしまっていたようだ。

だからこれはアンリエッタの自業自得だ。


「もう二度とベルジュ伯爵令嬢に近寄らないようにして」

「……さすがにそれは無理だわ」

「それくらいの気持ちでいてってこと」

「……わかったわ」

「今度こそきっぱりとベルジュ伯爵令嬢を拒んでよ?」

「ええ」


二度と信用したりしない。

ルイが満足げに頷く。


「それで、」


ルイの顔が心配そうなものになる。


「足の捻挫だけ? 他に痛いところはない?」

「今のところは。でもお医者様は後で痛みが出ることもあるから今日一日安静にしているようにって」

「だったら今日は一人にならないで。必ずマリーを傍につけておいて」

「わかったわ」

「帰ったら念の為うちの医者にも診てもらって」

「ええ、そうするわ」


口頭で説明するよりも一度診てもらっておいたほうが後で痛みが出たとしても素早く対処してもらえるだろう。


「帰ったら詳しく話してもらうからね?」

「ええ」


とりあえず今は追及するのはここまでにしてくれたようでルイがきゅっとアンリエッタの手を握る。


「とりあえず姉上に大きな怪我がなくてよかったよ」

「心配かけてごめんなさい」

「うん。つらければ寄りかかっていいよ?」

「ええ、ありがとう」


ほんの少しだけ寄りかからせてもらう。

ルイの温かさに強張っていた心と身体がほどけていくようだ。


ルイは何も言わない。

それが今は有り難かった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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