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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 ルイの静かな憤怒

姉上は興味のないというルイの態度にすっかり騙されてくれたようだ。


スーシュ伯爵令息、いや元伯爵令息か。

絶対に許せない相手の名が姉上の口から出た瞬間に殺気を放たなかった自分を褒めてやりたい。

彼がやったことは八つ裂きにされても文句が言えないような所業だ。


アンブシュール子爵令嬢が姉上に絡んだと聞いた時、どうして図書館まで送らなかったのかと後悔したが、彼女の口からスーシュ元伯爵令息の名前が出た時に姉上を騙せるだけの冷静さを持っていられたかと言われると自信はない。

できるならこの手で八つ裂きにしてやりたいと思うくらい憎い相手だ。


姉上の誘拐を目論んだ男。

誘拐してどうしようとしたのかなど、思い浮かべることすら(はばか)られることだ。

(はらわた)が煮えくり返る。


スーシュ元伯爵令息は家から絶縁されて"西"への立ち入りを禁止された。

隣国エーヴィヒへは行かないほうがいいとも忠告されたようだ。最後の温情だろう。


入国すればまず間違いなくエドゥアルト(あいつ)に報復される。

どうせ今回の一件の処遇もロジェ辺りからエドゥアルトに流れているだろう。

下手に探られるよりは話してしまったほうが面倒がなくていい。


"西"に入らない限りはルイたちには手が出せない。

隣国に入国したら好きにすればいい。

あの男は姉上に悟らせるようなことはしないだろう。


そもそもあの一件の犯人含めその処遇について姉上には一切知らせていない。

下手に話してあの時のことが心の傷として甦るのを避けたかった。


それは家族やロジェと話し合って全会一致で決まったことだ。

そのことは隣国に行った時にシュタイン家にも伝えてある。

シュタイン家も全面的に賛同するとの回答をもらっている。

姉上の心を案じてくれているのだ。

本当に有難い。


エドゥアルト(あの男)だけはエーヴィヒにスーシュ元伯爵令息が逃げ込んだ時に何かした場合に姉上に気づかれないようにするためもあるような気もするが。

姉上が気にするような事態にならなければ好きにすればいいと思う。

それで溜飲が下がるならそれはそれで。


ルイたちラシーヌ家は処罰については何ら関わっていない。事後承諾しただけだ。

私的制裁にならないようにとの危惧、いや配慮だろう。


依頼主の処罰はウエスト公爵家が請け負ったのでルイたちは手出しができなくなってしまったのだ。

勿論公爵家の采配に文句をつけるつもりはない。

どんな罰が下ろうとも許せないだけだ。


たとえスーシュ元伯爵令息が命を落としたところで溜飲が下がることはない。

それだけのことをした。

ただそれだけだ。


それに、これくらいの処罰にしたのは姉上に配慮してくれたのだということもわかっているのだ。

これ以上の処罰になると何をやったのかと勘繰る家も出てくる。

いや、今でも出てきてはいるだろう。


調べられて防がれたことをさも起こったことのように吹聴して姉上を傷物にしようという(やから)が出てくるだろう。

今くらいの処罰が曖昧にできるぎりぎりのところだ。

スーシュ伯爵家も醜聞でしかないから情報漏洩などさせないだろう。


これ以上、姉上に負担はかけたくない。

姉上は被害者なのに情報が漏洩されると醜聞になりかねないので、ウエスト公爵家も力添えを約束してくれた。


スーシュ元伯爵令息がウエスト公爵家へ不敬を働いたため、家に処分が及ばないようにスーシュ伯爵家が息子を処分したとさりげなく噂を流すことで三家が合意したのだ。

実際にスーシュ元伯爵令息がやったことはウエスト公爵家への不敬でもある。





姉上に気づかれないように深く息を吐いて怒りに強張った身体の力を抜く。

そっと姉上を窺う。

姉上は窓の外に視線を向けてぼんやりしている。


さすがに疲れているのだろう。

先日の劇場の一件でまた姉上に注目が集まってしまった。

一日気が抜けなかったことだろう。

ずっと気を張っていれば疲れて当然だ。

しばらくそっとしておこう。


再び思考に沈む。

貴族として生きていた者が平民としてどこまで暮らしていけるものなのか。

だからこそかなり重い罰であるのはあるのだ。


ルイたちからしてみれば五体満足で命があるだけ有り難く思え、だ。

一人の人間の人生を滅茶苦茶にしようとしたのだ。

五体満足での放出などかなりの温情だと心に刻めと言いたい。


自分の人生が滅茶苦茶になったと感じるなら自業自得以外の何物でもない。

自分が犯したことの責任を取ったに過ぎない。


さてスーシュ元伯爵令息はどうするか?


さすがにこれ以上姉上に危害を加えようとしない、と思いたい。

今回のことで自分の行動の愚かさを自覚したと信じるしかない。

まあ次に姉上に危害を加えようとした時点でその命が終わっても文句は言えない。

平民が貴族を害そうとしたらそうなる。


そこは厳然たる身分の差がある。

さすがにそれがわからないほどのバカではないだろう。

だとしたら彼が考えるのはこの先どう生きるかだ。


この国で"西"以外の場所で市井に紛れて生きるか、いっそのこと誰も知り合いのいない他国へ渡るか。

知り合いに会うのを嫌がるならば他国に渡るだろう。

あるいは他国に伝手があればそれに(すが)ろうとするだろう。


他国に渡るなら言葉や習俗がわかる国を選ぶのが自然だ。

それなら行き先に選ぶのは隣国エーヴィヒだろう。


"西"への立ち入りが禁止されたなら向かうルートは"南"からの船でしかない。

船で行くなら別にエーヴィヒに(こだわ)る必要はない。

ないが、人間、未知の場所よりかは多少なりとも知っている場所のほうが安心する。


だから他国に渡るなら十中八九隣国であるエーヴィヒだ。

かの国のことは"西"の貴族の必修科目だ。

文化も歴史もある程度の言葉もわかる。

スーシュ元伯爵令息がどこまで学習が進んでいたかは知らないが、それでも他の国よりは知っているだろう。


いくら忠告されていようともこの国で暮らしていくのに耐えられないと思えば、忠告を無視することは十分に考えられる。

忠告を破った先でどんな目に遭おうが自業自得だろう。

同情する気などそもそもない。


それよりもスーシュ伯爵家はこれから大変だ。

それなりに家族仲は良好だったと聞いている。

それも事件を起こすまでは、だ。

家族はあまりの身勝手さに早々に見切りをつけた。


妹も兄への情など怨みへと塗り替えられてしまったようだ。

当然だろう。

愚かな兄のせいで婚約が解消され、家を継ぐ勉強と新たな婚約者探しをしなければならないのだ。


周りから情報を集めた限りは妹であるスーシュ伯爵令嬢と婚約者の仲は良好だったようだ。

それを駄目にされたのだ。(うら)まれて当然だ。


自分の感情にかまけて、家や家族への迷惑は何も考えていなかったのだろう。

それとも家族だから許してくれるとでも思ったのだろうか?


そもそも姫様が姉上に非はなく、第一王子に口説かれて迷惑している、と明言してくれている。

それを否定するようなことをしたのだ。

公爵家に楯突いたのと同じことだ。


下手すれば家に咎めがいき、当主が親戚筋に替わることもあったかもしれないのだ。

それをスーシュ元伯爵令息一人への罰にした。

かなりの温情をもらっているのだ。

それすらも気づいているかどうか。


そもそも何もしなければすんなりと再婚約は叶っていただろう。

あとほんの少し待っていればよかっただけだ。

それだけで元通りになり、誰も傷つくことはなかったのだ。

それなのに。

愚かな男は一時の感情で全てを失った。


そもそも本当に元凶に復讐してやりたいと思うなら襲撃すべきは姉上ではなく第一王子のほうだ。

"西"の公爵家ははっきりと"アンリエッタは第一王子に口説かれて迷惑している"との見解を"西"の各家に通達しているからだ。

それを弱い姉上への攻撃にしたのは、ただ臆病で卑怯なだけの小物(こもの)だからだ。


一片の同情の価値もない。

バカだなと嗤う価値すらない。

その命にすら最早価値はない。

その程度の存在なのだ。


だから姉上には記憶の一片としてすら留めておいてほしくない。

教えないのはルイと、家族の我が儘だ。

優しい姉上は知ってしまえば自分にも責任があるのではないかとスーシュ元伯爵令息の行く末を心配して心の片隅でいつまでも気にかけることになりかねない。


だからアンブシュール子爵令嬢には余計なことをしてくれたという苛立ちはある。

だけどアンブシュール子爵令嬢には同情する点もある。


姉上は彼女の態度を許しているようだし、すぐに何か手を打つつもりはない。

アンブシュール子爵令嬢のことは、帰ってから話を聞きその内容次第だ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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