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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 それぞれの焦燥

シアンは書類を(めく)る手をふと止めた。


彼女は元気にしているだろうか?


何気なくそう思った。

思ってから認識し、心の中にくすぐったくも、苦くもある感情が浮かんだ。


脳裏に浮かぶのはアンリエッタの姿だ。


夏休みに入ってからは全く彼女の姿を見ていない。

学院で言葉を交わすことはほとんどできなかったが、それでも姿を垣間見ることはできた。


クロード様が会話に挙げてくれたから、今彼女が王都にいないことはわかっている。

まあ婚約者のいる令嬢は長期休暇中は婚約者の領地に行き、夫人教育を受けることが多い。


シアンの義姉も長期休暇の時には母の元へ夫人教育を受けに来ていたものだ。

アンリエッタも領地に行くと言っていたが、婚約者の領地に行っているのかもしれない。


そう考えると胸がもやもやする。

初めての感覚だ。

女性に対して初めて持つ想いだからこそ、何もかもが初めての感情・感覚なのだ。

振り回されないようにするだけで精一杯だ。


学院でも大変だった。

気を抜けば彼女の姿を探し、見つければ目で追ってしまいそうになった。

鍛え直されなければ抑えきれず、周囲に知られることになっただろう。


それは、アンリエッタに更なる悪評をもたらすことになっただろう。

それはシアンの望むところではない。


クロード様のせいでそうでなくても平穏な学院生活を送れていないのだ。

シアンの気持ちが周囲にバレればさらに波乱が起きるだろう。

ますます平穏な学院生活が遠のく。

それはいくらなんでもアンリエッタに申し訳ない。


それに、そんなことになればアンリエッタの中でシアンの評価が下がるだろう。

それは……嫌だ。


そうでなくともよくは思われていない。

クロード様の側近という立場もあるが、シアン自身のやらかしのせいだ。

クロード様を止めきれていなくて評価はよくなかったのに、自分の浅はかな行動でさらに落とした。


あれも今思えば、気持ちが暴走したのだろう。

あの時、彼女に自分の口から婚約を打診した時、確かにシアンの気持ちは高揚していたのだから。


それすらもあの時はわからなかった。

自身の気持ちを自覚していなかったのだから当然だ。

たとえ自覚していたとしても同じ行動を取っただろう。


あれは、あの時の自分の中では最善だと思って行動したのだから。

単なる考えなしの行動だったが。 

情報の精査も足りなかったし、アンリエッタ側の利点と弊害にも思慮が及んでいなかった。当然根回しも。

何もかもが足りなかった。


今思い出しても勝算はない。

思い出すたびに頭を抱えたい衝動に駆られる。


やってしまったことはもうどうにもならない。

後はどれくらい挽回できるかだ。


だが夏休みの間はどうにもならない。

夏休みの間にアンリエッタに会うことはないだろう。

それどころか夏休みの間はアンリエッタの姿を見ることすらできそうにない。


まだまだ夏休みは半分以上残っている。

その事実に何度溜め息を押し殺したか。


こんなに夏休みを長く感じたのは初めてだ。

早く学院が始まるといい。

そう願うのも、初めてだ。


「シアン、どうした? 何か問題があったのか?」


シアンの手が止まっているのに気づいたクロード様に声をかけられた。


「あ、いえ、何でもありません」

「疲れたのか? そろそろ休憩するか?」

「大丈夫です。申し訳ありません。少し考え事をしておりました」

「そうか? 無理はするなよ?」

「はい。ありがとうございます」


本当に気遣いはできる方なのだ。

それを出来ればアンリエッタにも向けてあげて欲しい。

そうすれば彼女の気苦労が減る。

それに、クロード様の評価も変わるだろう。


シアンは意識を切り替えて手元に視線を落とした。

書類を(めく)る。


仕事に戻る前にただ一言だけ思った。


ーー会いたい。




*




リリアンは領地に戻らずに王都にいた。

婚約者のいないリリアンは婚約者の領地に行く必要がない。

領地には新婚の兄夫婦がいるので却ってリリアンは戻りにくい。


友人の大半は領地や婚約者の領地に行ってしまい、王都にはいない。

王都に残っている友人たちはいるのだが今は少し距離を置かれてしまっている。


その原因はわかっている。

アンリエッタと仲良くしようとしているからだ。


アンリエッタはシエンヌ・エスト()公爵令嬢()の恋敵だと思われている。

そんな女と仲良くするなど何事だ、と。

姫様への反逆行為だと思われているのだ。


実際にリリアンは姫様を裏切っている。

勿論アンリエッタと親しくしようとしているから、だけではない。

姫様の想い人であるクロード様の恋人だからだ。


親しい人には誰にも言っていない秘密の恋人。


バレたらどんな目に遭うかわからない。

クロード様もそこは懸念されておられて、目撃されないよう、感づかれたりしないよう、細心の注意を払われている。

それをリリアンがふいにするわけにはいかない。

だから人目のあるところでは遠くから見ているしかなかった。


第一王子殿下と伯爵家の娘。


何の接点もない。

話しているだけで不自然で目立ってしまう。

一度や二度なら何かを訊かれたことにすれば(かわ)せるかもしれない。

しかし何度もは無理だ。

それなら人目のあるところでは一切話さないほうがいい。


クロード様と話し合ってそう決めた。

だから遠目に見ていることしかできなかった。


堂々とクロード様と話せるアンリエッタが羨ましかった。

自分勝手だとは勿論わかっているけど。

二人が話しているのを見ているのはつらかった。


クロード様の前に堂々と立つアンリエッタは凛としていて格好よくて。

クロード様と並んでいても見劣りしない。

むしろ、お似合い、に見えた。


それが、悔しかった。


取るに足らなければアンリエッタへの嫌がらせはさほどではなかったのではないかと思う。

お似合いに見えるからこそ激しくなる。

そんな気がする。


それに、アンリエッタを口説くクロード様が戯れには見えないからでもあるのだろう。

真剣に、口説いているように見える。

だからこそ、リリアンにも不安が募る。


口説く振りをされているうちにアンリエッタがクロード様を好きになったらどうしよう……?


だってクロード様は本当に素敵な方なのだ。

アンリエッタが惹かれてもおかしくはない。


クロード様だって口説く振りをしているうちに本気になるかもしれない。

だって、アンリエッタだって素敵な人だ。

クロード様が惹かれたとしても納得はできる。嫌だけど。


一緒にいられない分、不安は高まっていた。


だけど、アンリエッタと偶々(たまたま)一緒にいた時にクロード様が声をかけてくださったのだ。

あれはーー私を心配してのことだった。

アンリエッタが何かしたのではないか、と。

誤解だったのだけど。


でも嬉しかった。

そして気づいた。

アンリエッタと一緒にいれば、クロード様に声をかけていただける。


浅ましくもそれを望んでしまった。

借りは積み上がるばかりだけど構わないと思った。


勿論、アンリエッタと仲良くなりたいと思ったのも本当だ。

恐らくアンリエッタもその周りも誰も信じないだろうけど。


友人になりたい。

その気持ちに嘘はない。

アンリエッタは(ほだ)されてくれそうだけど周りがそれを許しはしないだろう。


違う形で出会っていれば友人になれたかもしれない。

残念だ。


だけど、諦めずにアプローチはしていこうと思う。

奇跡は起きるかもしれないから。

クロード様と気持ちが通じたように。


勿論、アンリエッタに申し訳ない気持ちは、ある。

でも、クロード様を諦めることもできない。


学院に通っている間だけ、あるいはどちらかに婚約者ができるまでの関係。


それをお互いにわかっている。

言葉にして確認したことはない。

それを言葉にしてしまったらこの関係は崩れてしまうような、そんな気がして、怖かった。


期間限定の恋人なのだ。

限られた時間の中でぎくしゃくはしたくない。

できるだけ嬉しいことを思い出として残したい。

その思い出を抱えて生きていきたい。





完全に集中力が切れてしまい、リリアンは勉強のために開いていた本を閉じた。


夏休みに入ってからはクロード様にはお会いできていない。

もともと学院でしか会っていなかったのだ。


夏休みに会えないのは仕方ない。

仕方ないのはわかっているが……。


ぽつりと呟く。


「会いたいな……」




*




クロードは寝る前に少し読書をと思い開いていた本を捲る手をふと止めた。

何気なく栞を手に取る。


ふとアンリエッタが落とした栞をリリアンが追いかけて届けに行ったことが思い出された。

あれからリリアンはアンリエッタと仲良くしているようだ。

それがいいとも悪いとも言えない。


アンリエッタの傍にいれば結局はリリアンが目をつけられてしまうのではないか?

その不安はある。

だがリリアンがアンリエッタと一緒にいれば声をかけても不自然ではない。


利点も弊害もどちらもある。

クロードとしてはただリリアンが傷つかなければそれでいい。


手の中の栞を弄ぶ。

リリアンには栞の一枚すら贈ったことはない。


秘密の恋人だ。

残るものを贈ることはできない。


リリアンからも勿論ハンカチの一枚ももらったことはない。

この関係が終わった時に、お互いの手元には何も残らない。


クロードとリリアンの関係なんて儚いものだ。

どちらかに婚約者ができれば終わる関係。

一緒にいられる未来など到底描けない。

あくまでも期間限定の関係だ。


そのことについてリリアンと話したことはない。

はっきりさせてしまえば、そこでこの関係が終わってしまいそうで口に出せない。


今はまだ手放したくない。

少しでも長くこの幸福を感じていたい。

それが、我が儘だとしても。


栞の表面を無意味に撫でる。

リリアンとは夏休みが始まってから会えていない。

図書館のあの自習室だけが唯一二人きりで会える場所だ。


夏休みに入ってからは公務がずっと入っていて学院にも行ける暇などない。

行ったとしても会えるどうかなどわからない。


リリアンへの連絡手段がない。

手紙など送れるはずがない。


唯一リリアンとの関係を知っているシアンに託すわけにもいかない。

シアンもまたリリアンともベルジュ家とも接点がない。

シアンがリリアンに手紙など送れば何事だとなりかねない。

いや、あっという間にベルジュ伯爵に話が行き、リリアンが問い詰められる事態になるだろう。

それは避けなければならない。


だから、打つ手はないのだ。

思わず溜め息が漏れる。


リリアンはどうしているだろうか?


せめてその様子が知りたい。

アンリエッタならば、と不意に思う。


クロードがアンリエッタを口説いていることは広まっている。

アンリエッタとリリアンの付き合いもある。

アンリエッタ経由ならリリアンに手紙が送れないだろうか?


少し検討して思い出す。

そういえば夏休みの間は領地に行っていると言っていた。

今王都にいないのならどうにもならない。


そもそもクロードから手紙など送ったら、それはそれで騒ぐ者も出てくるか。

全くの秘密裏に私的な手紙を送るなどクロードの立場では無理だ。

アンリエッタにも迷惑になるだろう。


そこに思い至った。

どうもアンリエッタへの配慮を欠いてしまう。

無意識にアンリエッタの優しさに甘えているのだろう。


シアンにももっとアンリエッタに配慮するようにと何度も苦言を(てい)されている。

その時は気をつけようと思うのだが、頭からすり抜けてしまうのだ。


何でこうなってしまうのか、きっとあれだけ抵抗されたが最終的にはこちらの要求を呑み、協力してくれているからだろう。


気をつけねば、とは思う。

思うが、現状、協力してくれているのはシアンとアンリエッタだけだ。

だからつい甘えてしまう。


今だけだからーー。


言い訳のように胸中で呟く。


この恋が終わった時、手元には何も残らない。

手紙の一つですら。

残るのはただ、思い出だけだ。


その思い出だけを胸に秘めてクロードは国の決めた相手と結婚する。あるいは一生を独身で過ごす。

その傍らにリリアンがいることはない。


リリアンもまたクロードとは別の男のもとに嫁ぐ。

貴族の令嬢である以上、それは確定事項だ。


リリアンが他の男のもとに嫁ぐ。

考えるだけで胸をかきむしりたい衝動に駆られる。


政略結婚であっても幸せになってほしい。

その想いに偽りはない。


だが、リリアンが自分以外の男の腕の中で幸せそうに微笑むーー


思わず強く栞を握ってしまった。

紙の栞だったことが災いして手の中でくしゃりと潰れる感覚がしてはっとする。

慌てて手を開けば栞が歪んでいた。

自室で使う分には問題ない。

一応、皺を伸ばしてみるが、当然もとのようには戻らない。


溜め息をついて栞を挟んで本を閉じた。

意味もなく本の表紙を撫で、胸中でそっと呟く。


ーー会いたい。


読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。

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