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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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二周年記念SS お兄様と呼んでみました。

それはエヴァの何気ない一言が発端だった。


「お義姉様、試しにお兄様のことを"お兄様"と呼んでみていただけませんこと?」


アンリエッタだけではなく、エドゥアルトとルイの視線もエヴァに集まる。


「エヴァ、急にどうしたの?」

「いえ、お義姉様がずっとうちで暮らしていたらお兄様のことを"お兄様"と呼んでいらしたのかしら、とふと思ったものですから」

「あー、もし万が一でも姉上がここで育っていればそうだったかもね」


その可能性を考えるのすら嫌そうにルイが言う。

そうなればルイとは一緒に暮らしていなかったのだから嫌そうにするのも当然だろう。

まあ、そうであったならルイが姉馬鹿になることもなかっただろうが。


「姉上」


ルイの声が少し低い。


「僕は姉上と暮らせて幸せなんだからね?」

「ええ、勿論わたくしもよ」

「姉上!」


ルイの機嫌が直ったようでよかった。

何となく話は流れたと思ったが違った。


「お義姉様、お願いできますか?」


エヴァは有耶無耶(うやむや)にはしてくれなかった。

軽い気持ちで気になったのではなかったのだろうか?


「いいんじゃない、姉上。呼んであげれば」


ルイは興味なさそうだ。

本人の意向に従おうとアンリエッタはエドゥアルトを見た。

エドゥアルトは少し考えるような素振りを見せてから頷いた。


「うん、僕もちょっと気になるから呼んでみて」


エドゥアルトがいいならアンリエッタに(いな)やはない。

ただお兄様呼びすればいいだけなので。


「ルト、お兄様?」


ちょっと照れ臭い。

はにかんでどうかしら、とエドゥアルトを見る。

エドゥアルトが崩れ落ちる。


「義父上は正しかった……」

「ル、ルト? 大丈夫?」


がしっと抱き締められ、肩口に顔を(うず)められる。


「ル、ルト?」

「僕はリエッタの兄じゃ嫌だ」

「ええ、勿論。ルトはわたくしの愛しい婚約者よ?」

「うん、リエッタは僕の大切で愛しい婚約者だ」


ぎゅうぎゅうと抱き締められる。

少し、苦しい。


「ルト? 落ち着いて?」

「ちょっと姉上を潰す気!? 離れて!」


ルイが慌てたように立ち上がる。

ようやくエドゥアルトの腕の力が緩む。

だが離されることはなかった。

エドゥアルトはアンリエッタの肩口に顔を(うず)めたままぽつりと呟く。


「よかった。リエッタがシュタイン家(うち)で育たなくて」


アンリエッタはきょとんとして首を傾げた。

何故そんな心配をしているのだろう?


そもそも前提が成り立たない。

リーシュ王国の貴族である以上、学院を卒業しなければ婚姻を結べない。

こちらの国で育つのはあり得ないし、政略的なものなのでこの国の貴族に養子に入って嫁ぐのでは成り立たない。


「そんなこと起こり得なかったでしょう?」

「まあ、そうだよね。普通ならあり得ない。だけど何か心当たりがあるようだよ。何したんだろうね?」


ルイが楽しそうな表情(かお)で指摘する。


「まあ、お兄様、何かなさいましたの?」


エヴァが追撃する。


「ルト?」


本当に何かしたのだろうか?

エドゥアルトが顔を上げる。

それからすっと視線を逸らし、誰とも目を合わせずに告げる。


「……昔、まだ小さい頃、リエッタと離れたくなくて義父上にリエッタを置いていって、と言ったことがある」


記憶にない。


「ええっと、わたくしは知らない話ね」

「そうだろうね。まだ幼かったから」


本当にいつの話だろう?


「ええっと、それで?」

「義父上に一蹴された」

「それはそうだろうね。よかったね。父上に資格なしって判断されなくて。確かシュタイン家の一番下の叔父殿が結婚したのは何年か前じゃなかった? その頃叔父殿に婚約者もいなかったんなら下手したらそっちとの婚約に変更になっていたかもしれないね」


途端にエドゥアルトの顔色が変わる。


「ルイ」

「本当のことでしょ、姉上」

「それはそうだけれど」


政略結婚とはそういうものだ。

再びぎゅうぎゅうに抱き締められる。


「叔父上にだってリエッタは渡さない」

「ルト落ち着いて。もう結婚なさって子供もいらっしゃるでしょう?」

「それはそうだけど。その可能性があったって考えるだけでも嫌だ」

「そ、そう」


エヴァもルイも呆れた様子でエドゥアルトを見ている。


「本当にリエッタと兄妹のように育たなくてよかった」


肩口にエドゥアルトの呟きが落ちる。

アンリエッタはとんとんとエドゥアルトの背中を叩いたのだった。





*





帰国後。

ルイがにっこりと微笑(わら)って兄に言う。


「兄上はミシュリーに"お兄様"って呼ばれていなくてよかったね」

「うん? どういうことだ?」


兄の視線がアンリエッタに向く。

話の内容からアンリエッタが何かやったと思ったようだ。

確かにやったのはアンリエッタだが、別にやらかしたわけではない。

やらかしたわけではなかったが、あまり言いたくなくて口をつぐむ。


「姉上があの男を"お兄様"って呼んだんだよ」


ルイが暴露する。

兄が信じられない、という顔でアンリエッタを見る。


「アン、何て残酷なことを……」

「ルトも言ってみてって言ったのですわ」

「あー、なら自業自得か」

「そうだよ」

「アルトも馬鹿なことを」


呆れたように兄が言う。

ふとアンリエッタは思い出す。


「でも、ミシュリーも昔はお兄様のことを"エドお兄様"って呼んでなかったかしら?」

「あれ?そうだったっけ?」


ルイが首を傾げる。


「ルイが小さい頃だから覚えていないかもしれないわね」


いつの間にかミシュリーヌは兄を"お兄様"と呼ぶのをやめていた。

気にしたことがなかったが、何か心境の変化でもあったのだろうか?


「へぇ。まあ、よかったんじゃない、兄上。兄と認識されていたらそこから恋愛感情を持たせるのは難しいもんね」

「……そうだな」


それを聞いてアンリエッタは考え込む。


「姉上、どうしたの?」

「いえ、もしシュタイン家で育って、ルトをお兄様と呼んでいたらどうだったのかしら、と考えてしまって」

「それで? どうなったと思うの?」


ルイが好奇心に目を輝かせて訊いてくる。


「ちょっと無理かもしれないわ。ルトがずっと"僕のお嫁さん"と言っていれば、そういう認識になるかもしれないけれど」


兄とルイが大きく目を見開いた。

いろいろな考えがあるが、少なくとも兄と慕う相手に恋をするのはアンリエッタには無理だ。

貴族である以上、相手に必ずしも恋する必要はないが。


「少なくとも今と同じ気持ちを持つのは無理だわ」

「……それ、アルトには絶対に言ってやるなよ」

「ええ、わかっています」

「ルイもだぞ」

「さすがにあの男が可哀想過ぎるから言わないよ」


ルイですら同情的だ。

だがこれは起こらなかった仮定の話だ。

仮定するのも無意味な。


アンリエッタはエドゥアルトと想い合えている今が幸せだ。


「ですから、お兄様の妹で、ルイの姉で、ルトともお互いに想い合えている今がいいのです。シュタイン家で育たなくて本当によかったです」


アンリエッタが笑顔で言えば、兄とルイも笑顔で頷いたのだった。



読んでいただき、ありがとうございました。


あと数話で帰国します。

物語も、半分は過ぎました。

予定より話数が増えてしまっていますが、最後までお付き合いいただければ有り難いです。

いつも読んでくださってありがとうございます。


一日早く投稿してしまいました。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

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