42.お友達とのお茶会です。
今回短めです。
今日はとある伯爵家にアンリエッタは招かれていた。
エドゥアルトもルイもいない。
今日は令嬢たちだけのお茶会だ。
会場には緊迫した雰囲気がーー微塵も流れてはおらず、和やかな様子だ。
それもそのはず、ここに集まっているのは気心の知れた友人ばかりだ。
「エッタ、本当に久しぶりね」
「前回会ったのが、春、だったかしら?」
記憶を辿りながらの友人の言葉にアンリエッタは頷く。
「ええ、そうね。前回この国に来たのが春休みだったから」
「エッタはまだ学生だったわね」
「ええ」
この国では学校に通うのは任意だ。
家庭教師に教わる者も多い。特に令嬢は家庭教師に教わるのが一般的で学校に通う者は少数だと言う。
やはり登下校中など、狙われる機会が増えることが少数派の理由なのだとか。
ある程度決まった時間で同じ道を通るとなると襲撃予定は立てやすい。
男女が同じ空間にいれば多少は色恋沙汰での問題が起きないでもないが、夜会や舞踏会でよりは少ないという。
やはり学校に通う者は勉強を重視している者が多いためだろう。
学校に通う令嬢は少ないが、それでもこの国では教養の高い女性を忌避したりはしない。
女に学問など必要のない、という国もあるのだ。
その点ではこの国に嫁ぐアンリエッタは恵まれている。
ちなみにこの国の学校には年齢制限がない。
だから子育てが終わってからや爵位を譲ってから通う者もいるとか。
その辺りは我が国とはまったく異なる。
勿論生涯学び続けることは必要だが、我が国では学院は成人前の者が通う場所だ。
この国のように学びたい時期に門戸を開いたりはしない。
アンリエッタもそれこそ随分後になるだろうが、エドゥアルトが爵位を子供に譲った後にこの国の学校にも通ってみたいと密かに思っていたりする。
エドゥアルトと一緒に学生とかも楽しそうではないか。
誰にも言ってはいないが。
そういうわけで彼女たちはアンリエッタがまだ学生であることをすんなりと受け入れてくれている。
「そうそう、エッタに報告があるのよ」
友人の一人がティーカップを置いて真っ直ぐにアンリエッタを見る。
「何かしら?」
「実はね、婚姻の日にちが決まったのよ」
「まあ、おめでとう! いつなの?」
「準備があるから半年後になるわ」
具体的な日にちが示されて訊かれる。
「エッタは参列できそうかしら?」
その頃なら学院も試験が終わり、長い春休みに入っている。
補講等、何か想定外のことがなければ大丈夫だろう。
「大丈夫だと思うわ」
「よかった。じゃあ、招待状を送るわね」
「ええ」
衣装を用意しておく必要がある。
その前にお祝いの品を贈らなければ。
帰国したら両親にも相談しておかなければ。
いやその前にエドゥアルトにも伝えておく必要があるか。
やることを頭の片隅に入れておく。
「本当におめでとう」
もう一度伝えておく。
「ありがとう」
彼女は本当に幸せそうだ。
他の友人たちも口々に「おめでとう」と祝福する。
お祝いの言葉は何度言ってもいいのだ。
皆に「おめでとう」と言われた友人は本当に嬉しそうに「ありがとう」と微笑んでいる。
幸せな光景だ。
アンリエッタの口許にも自然に微笑みが浮かぶ。
そんな友人たちを同じように見ていた主催者の友人がアンリエッタに視線を向けて言う。
「そうそう。今日来られなかったヘレナは悪阻が重いんですって。エッタにせっかく会える機会なのに残念だって言っていたわ」
アンリエッタは軽く驚く。
「結婚したのこの春だったわよね。もう妊娠したのね」
「ええ。エッタには手紙も出せなかったから、今日直接言いたかったのに、って悔しそうだったわ」
「そう。何かお祝いを贈らないと」
「私も。まだ贈っていないのよ。どんものがいいか迷ってしまって」
「まあ、そうなの?」
「ええ」
友人の一人がぽんと手を打って提案する。
「ねぇ皆で贈り物を一緒に選ばない? エッタもまだしばらくはいるのでしょう?」
「あら、それは素敵ね!」
アンリエッタが答える前に他の友人が声を上げた。
さらには次々に友人たちが声を上げる。
「どこの商会のものがいいかしら?」
「いくつかの商会を呼んで選ぶほうがいいのではなくて?」
「ああ、そうね」
「誰かの屋敷に集まりましょう」
「エッタもそれでいいでしょう?」
「ええ、勿論」
皆で贈れば、この国での今の流行りとか暗黙の決まり事とかもわかり安心だ。
「わたくしが言い出したから場所はうちの屋敷を提供するわ」
一緒に選ぼうと声をかけてくれた友人が言う。
「じゃああとは日時ね。いつがいいかしら?」
皆で予定を擦り合わせて日時を決めた。
「また自分だけ仲間外れって拗ねたりしないかしら?」
「自分のお祝い事なのに?」
「また自分だけエッタに会えなかったって」
「あの子本当にエッタが大好きよね」
「ね。だからこそ今日は何としても来たいって言っていたのだけど、さすがに止められたみたい」
「そうだったのね。顔を見せに行きたいところだけれど、悪阻なら行かないほうがいいわね。気を遣わせるわけにはいかないもの」
「そうね。手紙くらいにしておいたほうが無難かもしれないわ」
「そうするわ」
頭の片隅のやることリストに追加しておく。
忘れずに早めに送らないと。
帰ったらすぐに書こう。
手紙でおめでとう、とだけでも伝えたい。
「あら、エッタ、そのリボン」
友人の一人がアンリエッタのリボンに目を留めた。
エドゥアルトが贈ってくれたリボンを早速つけてきたのだ。
「ルトが贈ってくれたのよ。似合うかしら?」
顔を横に向けて皆に見せる。
「ええ、とても」
「エドゥアルト様はエッタのことがよくわかっているのね」
アンリエッタの頬がほんのり赤く染まる。
「そ、そう思う?」
「ええ。だってそのリボン、エッタによく似合っているもの」
「ありがとう」
「それだけエドゥアルト様がエッタを見ているということね」
頬が赤くなっていることが自分でもわかる。
周りの視線が温かい。
「エッタも婚約者と仲良しね」
「結婚式には必ず呼んでね」
皆が微笑ましいという顔で口々に言う。
アンリエッタは照れ臭くなってうつむく。
「え、ええ、勿論よ」
「ふふ、約束よ」
「ええ」
「楽しみね」
「本当に」
そして話題はまた別のことに移っていく。
その輪に加わりながらふと思う。
婚姻が決まった彼女はアンリエッタと同い年、懐妊した友人は一歳上だ。
同年代の友人たちが次々と結婚・懐妊していく様子に焦らないと言えば嘘になる。
この国ではこのくらいの年齢で結婚・出産をするのが当たり前だとまざまざと突きつけられている気になるから。
「エッタ、どうかした?」
「いいえ、何でもないわ」
「そう? 悩みがあればいつでも聞くから言ってね」
「ありがとう」
さすがにこんなことは彼女たちには言えない。
だからアンリエッタはただ微笑んで別の話題を振った。
読んでいただき、ありがとうございました。




