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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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38.婚約者の家に挨拶に行きます。

今回、少し長めです。

「変じゃないかしら?」


鏡の前で右に左にと身体を揺らして自分の格好を確認しながらマリーに訊く。


「大丈夫ですわ。エドゥアルト様もお嬢様に惚れ直すこと間違いなしですわ。あちらの御家の皆様も気に入られることでしょう」


マリーが微笑ましそうな顔で言う。


「本当?」

「ええ、勿論ですわ」

「ありがとう、マリー」


アンリエッタは青色の地に金の刺繍を施した訪問着を着ている。

きちんとまとめられた髪にはエドゥアルトから贈られた彼色のリボンを結んでいる。


鏡に写るアンリエッタは緊張した顔をしている。

当然だ、これから()()()()()に挨拶に行くのだ。

粗相をするわけにはいかない。


先触れも勿論きちんと出している。

そのへんの抜かりはない。


今は社交シーズンなので侯爵家の面々は王都の屋敷に揃っているそうだ。

今日全員がいるかはわからないが、気を引き締めていかなければ。


婚約者の家族にはできるだけよく思われたい。

心の通じている婚約者の家族なら尚更だ。


そう、アンリエッタの婚約者であるエドゥアルト・シュタインはこの国の侯爵家の嫡男だ。


アンリエッタの婚約者を本気で(さぐ)ろうとすれば、国内の家同士の婚約より知るのは容易である。

隣国では隠していないからだ。


勘のいい者ならこちらまで情報収集の手を伸ばして知っているだろう。

知られて困るようなことは特にないので構わない。

何が何でも隠し通したいほどではないのだ。

横槍など入れられたくはないが、よほどのことがなければこの婚約は覆らない。


こんこんと扉が叩かれ、侍女が扉を開けた。

そこからルイが入ってくる。


「姉上、準備できた?」

「ええ」

「僕のほうも準備できたよ。そろそろ行こうか」


ルイもアンリエッタの身内としてシュタイン侯爵家に挨拶に行くのだ。

ルイもきちんとした正装だ。

アンリエッタの身内として赴くのだ。正装していないと失礼に当たる。


「ええ」


ルイが差し出した手に手を重ねようとして動きを止めた。


「ごめん、こっちだね」


ルイが肘を差し出したのでその肘に軽く手を添えた。

これがこちらの国の作法だ。

婚約者や夫婦ともなれば手を添えるのではなく組むこともある。


国によって当然作法は違う。

その国の作法に合わせるのは当然のことだ。


「そうね」

「次からは気をつけるよ」

「ええ。行きましょう」

「うん」


ルイのエスコートで部屋を出た。




*




叔父の屋敷からシュタイン家の屋敷はそれほど離れていない。

馬車に揺られて半刻も経たないうちに馬車はゆっくり停まった。


門番と御者のやりとりが聞こえ、門の開く音がした。

再び馬車が動き出す。


今度はそれほど走らずに馬車が止まる。

王都での屋敷の敷地は爵位に相応しい大きさではあるが、土地の限られている王都では自ずと限界があるのだ。


外で御者がやりとりしている。

少し待てばやりとりする声が聞こえなくなり、馬車の外に踏み台を置く音が聞こえる。

それから外から軽く扉が叩かれた。


「開けてよろしいでしょうか?」


御者の声に「ええ、いいわ」と答える。

すぐに馬車の扉が開かれる。

差し出された手に手を重ねて降りれば、そこにいたのはエドゥアルトだ。


「リエッタ、待っていたよ」

「ルト、わざわざ出迎えに来てくれたの?」

「早くリエッタに会いたかったからね」


そのまま流れるように軽く抱き締められた。


「ルト?」

「会いたかった……」


肩口に顔を(うず)めてエドゥアルトが言う。


「私も会いたかったわ」


アンリエッタが囁けばぎゅっと抱き締められる。


「ちょっと何やっているの!?」


ルイの声にはっとなり、エドゥアルトの背に回しかけていた手を下ろす。


「何って久しぶりに会った愛しい婚約者を抱き締めている」


悪びれず、アンリエッタを抱き締めたままエドゥアルトが答える。


「何考えているの! 離れて!」

「邪魔しないでくれる? 久しぶりに会えた婚約者同士の逢瀬を邪魔するなんて無粋だよ?」

「時と場所を考えてよ」

「ルイ様の言う通りですわ」


第三者の声が聞こえてアンリエッタの身体が小さく跳ねる。


「エヴァ」


咎めるようにエドゥアルトが名を呼ぶ。

エヴァはエドゥアルトの妹の名だ。


「咎められるべきはわたくしではなくお兄様ですわ」


エヴァは(ひる)むことなく言い返した。


「ルト? 離して?」


いつまでも玄関先で抱き合っているわけにはいかない。


「……………………わかった」


エドゥアルトが本当に渋々渋々と抱擁を解く。

アンリエッタはエドゥアルトに軽く微笑んでエヴァに向き直る。


エヴァはエドゥアルトと同じ金色の緩く波打つ髪を半分下ろし、半分結い上げている。やはりエドゥアルトと同じ真っ青な瞳には温かな光を宿してアンリエッタを見ていた。


「お義姉様、お久しぶりです」


エドゥアルトとの婚約は幼いうちに整えられたもので、エドゥアルトがエヴァにアンリエッタのことを「姉になる人だ」とずっと言い続けたことにより、早いうちからお義姉様呼びで定着している。


実はエヴァに実の姉だと思っていた、と言う笑えない打ち明け話をされたこともある。

何で一緒に住んでいないのか疑問に思って尋ねて発覚したとか。

本人はころころと笑いながら言っていたが、アンリエッタとしては何とも言い難い気持ちを味わった。


「エヴァ、久しぶりね。ますます美人になったわね」


エヴァはルイの一歳年上で可愛いというより美人なのだ。


「ありがとうございます。お義姉様もますますお綺麗になられて。お兄様も気が気ではありませんわね」

「そうだね」


エドゥアルトがきゅっとアンリエッタの手を握る。


「さあ、行こうか。両親も首を長くして待っているよ」

「そうね。お待たせしてしまっているのなら急がないと」

「お兄様のせいですのでお義姉様は気になさらなくてよろしいですわ」

「そうだよ。姉上は気にしなくていい。そこの男が全て悪い」


エドゥアルトは二人の言葉を聞き流してアンリエッタをエスコートして歩き出した。


「エヴァ様、エスコートさせていただいても?」

「ええ。ありがとうございます」


後ろから二人のそんなやりとりが聞こえた。

きちんとエヴァをエスコートするルイが誇らしい。







応接間ではなく家族用の居間に案内されたアンリエッタは室内に入ると頭を下げた。


「遅くなりまして申し訳ございません」

「顔を上げて」


その言葉にゆっくりと身体を起こした。

部屋にいたのは現侯爵夫妻でエドゥアルトとエヴァの両親ーーアンリエッタの義両親だ。

お二人から"お義父様""お義母様"と呼ぶ許可をもらっている。


「気にしなくていい。どうせアルトが何かやらかしたのだろう?」

「まったく。(こら)(しょう)がないのだから」


エドゥアルトの両親の彼の評価は辛辣だ。

その言葉を聞いてもエドゥアルトはアンリエッタの隣で涼しい顔をしている。


「お兄様がお義姉様を抱き締めたまま離さなかったんですの」


ルイのエスコートで部屋に入ってきたエヴァがバラしてしまう。

途端にお二人は呆れた視線をエドゥアルトに向ける。

だがそれにもエドゥアルトは涼しい顔だ。

義父が溜め息を一つついてから言う。


「皆座りなさい」

「はい」


アンリエッタはエドゥアルトのエスコートで義両親の前に並んで座る。

ルイはエヴァを一人がけのソファにエスコートして座らせてから空いている一人がけのソファに座った。

それぞれの前にお茶が(きょう)される。


「さて、アルトのせいで出だしから悪かったね」

「いえ」

「お兄様は反省されるべきですわ。お義姉様はお兄様を甘やかしてはなりません」


エヴァは手厳しい。


「そうね。エッタ、甘やかすべきではないわ。アルト、時間だとわかっていて戯れるなど言語道断です。反省なさい」


義母も手厳しい。

しかしそれでもエドゥアルトは涼しい顔だ。肝が据わっているというかなんというか。


「久しぶりに会ったんですよ? 我慢できるはずがありません。むしろ(こら)えたほうだと思いませんか?」


真剣な顔で逆にそんなことを言ってのける。


「それでも我慢なさい」

「善処しましょう」


全然そのつもりはないことが伝わってくる。

義母が溜め息をつく。


「エッタ、きちんと貴女が手綱(たづな)を取りなさい。甘やかしては駄目よ」


アリアーヌと同じことを義母までもが言う。

この助言は聞いておいたほうがいい。

だからアンリエッタは強く頷いた。


「努力します」

「ええ。相談はいつでも受け付けるわ」

「ありがとうございます。心強いです」


本当に。

困った時はすぐに相談させてもらおう。

義母も力強く頷き返してくれた。







改めて挨拶した後、しばらくは近況などの当たり障りのない話をしていた。

それが一段落したところで何気ない様子で義父が切り出す。


「そういえば、エッタとそちらの第一王子殿下の噂はこちらの国にまで聞こえてきている」


触れられるとは思っていた。

これは避けては通れないことだ。

アンリエッタは心持ち今までより背筋を伸ばし、緊張した顔で義父の次の言葉を待つ。


シュタイン侯爵家(うち)では全く気にしていないが、エッタはやっぱり気になるだろう? だからはっきり言っておく。あんな程度の低い噂など我々は微塵(みじん)も信じていない」


義父がきっぱりと言ってくれた言葉にアンリエッタはほっとした。


「ありがとうございます」


自然と頭を下げた。

ルイも同じように頭を下げている。


「二人とも顔を上げなさい。当然のことだ」


義父に促されて二人で顔を上げる。


「噂など気にすることはない。堂々としているといい」


義父の言葉は有り難い。


「はい。ありがとうございます。ただ参考までにどのような噂が流れているかお聞きしても?」

「無論だ」

「それはわたくしが」


エヴァが教えてくれる。


曰く、

ーー第一王子に口説かれている。

ーー第一王子と恋仲になった。

ーーはしたなくもアンリエッタのほうから第一王子に近寄って(たぶら)かした。

ーー婚約者が近くにいないからやりたい放題だ。

等々。


「お気になさらないでくださいまし。全てお義姉様への嫉妬ですわ。お義姉様が魅力的だから第一王子殿下が惚れてしまうのは仕方ないと思いますけれど」


エヴァにも第一王子との件はきちんとした情報が知らされているはずなのだが。

家族できちんと共有し、今後どのように対応するかも話し合ったとエドゥアルトの手紙にも書いてあった。

恐らく使用人がいるからあくまでも第一王子に言い寄られている、という(てい)で話しているのだろう。

若干、そう若干本気で言っているようにも感じるが。


「それに()()()()()()家ではお義姉様の浮気など信じておりませんの」

「まあそうよね」


きちんとした家なら噂が本当かどうかきちんと確認する。

信憑性のない噂に踊らされるなど愚の骨頂だからだ。

敢えて乗ることもあるが、それは事実をきちんと把握して乗ることにしたに過ぎない。

踊らされるのとは違うのだ。


事実を知って乗るか、知らずに乗るか、だと得られる結果がそもそも違う。

欲しい結果があるのなら正確な情報の収集は欠かせない。


事実を知っていてあえて噂に乗っているのか、噂を信じているのかは何となくわかるものだ。

その言葉が本気かどうか、どことなくちぐはぐさを感じるかとか、そんな些細なことを見逃さないように注意深くあればいいのだ。


そこで何故かへにょりとエヴァが眉尻を下げる。


「ごめんなさい、お義姉様。噂を利用して選別しておりますの」

「別にいいわよ。存分に使ってちょうだい」

「ありがとうございます」


エヴァがどことなくほっとした様子を見せる。


「噂に踊らされるような者がいる家だと付き合いを考え直さなければなりませんし」


それは確かにそうだ。

噂に踊らされるような者は信用できない。

噂を鵜呑(うの)みにするだけの者からの情報も信用できるものではない。

有用性があるとしたらどのような噂が流れているかを知ることくらいか。

だが、わざわざ付き合いを持ってまでして得たいものでもない。


わかっている、とアンリエッタも頷く。


「わかっていて中傷してくる者もいますからね。お気をつけなさい」


義母の言葉に頷く。 


「はい。心得ております」


それくらいは想定内だ。

第一王子と約定を結んだ時に覚悟はしていた。

エヴァが頬に片手を添える。


「愚かですわよね。お義姉様を中傷するような者をお兄様が受け入れるはずがありませんのに」

「僕はリエッタしかいらないからね。リエッタを中傷した時点で調査力が足りないと自ら宣伝しているようなものだ」


エドゥアルトの声が少し低い。


「不快な思いをさせているわね。ごめんなさい」

「確かにリエッタの悪口を聞くのは気分がいいものじゃない。だけどそれはリエッタのせいじゃないから」


今回の一件の責任は勿論我が国の第一王子にある。だがアンリエッタ自身のうっかりのせいでもあるのだ。

あの時アンリエッタがもう少し注意深くなっていればこのようなことになっていない。

だから、エドゥアルトに不快な思いをさせる責任の一端はアンリエッタにもある。


だがアンリエッタの考えていることがわかったのか、エドゥアルトが軽く首を振る。


「それに今回の一件だけじゃないから。リエッタの悪口聞かされるの」

「それだけお兄様の伴侶の座が魅力的に見えるのでしょうね」

「うちは地位も財産もあるからね」


そのうえ容姿も端麗だ。

令嬢たちが狙うのもよくわかる。

渡す気はないが。


「蹴落とすために悪評を流すのではなく、自分を高めればよいものを。エッタを下げたところで自分の価値が上がることはないと何故気づかない」


義父が不愉快そうに言う。


「愚かなのよ。エッタの爪の垢を煎じて飲めばいいのに」


義母もなかなか辛辣だ。

さりげなくルイまで頷いている。


そもそも自分を高めることは我が国では当たり前のことなのだが。

それと同時に相手に攻撃の余地があれば責め立てることもする。

だからこそ今アンリエッタは悪評を流されているし、聞こえよがしの悪口を言われているのだ。


しかしここで謙遜するのは間違っている。

同調して声を上げるのも品がないだろう。

だからアンリエッタはただ静かに微笑んだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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