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5.第一王子殿下の目論見通りです。

そして、現在に至る。


"西"側の貴族はもちろんのこと、ヴァーグ侯爵令息が"南"の公爵家に報告を上げたのか状況をきちんと見極めておられるのか、"南"の貴族たちからも今のところは嫌がらせを受けてはいない。

一番の過激派はやはり"東"側の貴族で、"北"側の貴族はそれほどでもない。せいぜい遠回しに苦言を(てい)されたり、嫌みを言われたりする程度だ。それくらいなら聞き流してしまえばいい。逆に"東"側の貴族は直接絡んでくることが多い。

彼女と同じ"東"側の貴族が過激派なのは、"東"の公爵令嬢の影響なのだろう。

他地域のアンリエッタでさえこうなのだから、同じ "東"の陣営のベルジュ伯爵令嬢ではどうなるかわからない。考えると背筋がひんやりとする。

なので第一王子の目論見は正しかったのだろう。

巻き込まれただけのアンリエッタには迷惑でしかなく、ベルジュ伯爵令嬢がどうなったところで知ったこっちゃないというのが本音だ。


ベルジュ伯爵令嬢への貸しは高くなる一方だ。ただ貸しは一つなので、取り立てる機会は一度だけだ。慎重に見極めねばならない。

ベルジュ伯爵令嬢への貸しが高くなる一方だということまで、第一王子は気が回っているのだろうか。

ただどちらにせよ、これはアンリエッタとベルジュ伯爵令嬢との間の貸し借りなので第一王子に口出しする権利はないが。

二週間ほどでもうこれだけの状況なのだから、この先どれだけ迷惑をこうむるかはわからない。

ベルジュ伯爵令嬢からは一番利益を得られるタイミングで最大限むしりとってやろう。




兄と弟とは次の授業は別の建物なので心配されながらも別れて、アンリエッタは今一人で歩いている。

わざとぶつかられそうになったり、足を引っかけられそうになったりするくらいで、さすがに大きな怪我に繋がりそうなことまでは今のところされてはいないので、こうして一人になってしまうようなことがあっても、無理をさせてまでついてもらうことをさせなくて済んでほっとしている。


歩いていく先で不自然に立ち止まって、本人はさりげなくのつもりだろう様子でこちらを見ている少女がいる。

"東"の子爵家の令嬢だ。

今回のことで誰に何をされるのかわからないので、学院に通う貴族の顔と名前を改めて確認し、完全に一致させておいた。

それに彼女には何回か絡まれている。

素知らぬふりで歩いていくと、彼女はさっと片足を出した。

アンリエッタの足を引っかけて転ばせるつもりなのだ。

そんなあからさまなことに引っかかるつもりはない。

アンリエッタはふと視線をそらした。

そして友人を見つけて足の向きを変えた。


「えっ」


後ろで驚いたような声が上がったが当然無視する。

前に同じようなことをやられた時に足を(また)いだら踏まれたと言いがかりをつけられたことがあるのだ。

転ばせようと足を出していたのだから踏まれても文句を言われる筋合いはないのだが、あまりにもうるさかったので、靴と靴下を褒め、汚れ一つないことも合わせて言えば、「当然ですわ」と誇らしげに見せつけてくるという墓穴を掘ってくれたので騒ぎは収まった。

前回は(はや)し要員のお友達を連れていたが今日は一人のようだ。


「きゃあ」


背後で悲鳴が上がり、思わず振り向けば、後ろを歩いていたのであろう"南"の子爵令嬢の一人が出されていた足につまずいたらしい。

幸いにして転ぶまではいかなかったようだが、"東"の子爵令嬢に文句を言っている。

それに応戦しながらも"東"の子爵令嬢がこちらをにらみつけてくる。

断じてアンリエッタのせいではない。あそこで足を出して人を転ばせようとするのが悪いのだ。

アンリエッタはまるっと無視してミシュリーヌに声をかける。


「おはよう、ミシュリー」


ミシュリーヌのほうが身分は高いが、友人なので先に声をかけてもルール違反にはならない。


「おはよう、アン、大丈夫?」

「まあこれくらないなら、将来の練習だと思えば、平気だけど」

「アンの婚約者の方は、人気がありそうだものね」

「ええ」

「そろそろ鎮められた?」


言い方がどうかとも思うが、まさにそんな感じなのだ。

婚約者と婚約を取り持ってくださった方にも事情を説明する手紙を送った。

婚約を取り持ってくださった方は、力になるから何かあったら遠慮なく言うようにとおっしゃってくださった。

だが婚約者のほうは……とにかく宥めるのが大変だった。

何回、第一王子に心惹かれてはいないかと聞かれたことか。

むしろ惚れる要素がどこにもない。

そこから疑われるのはさすがに心外だ。

恋人を守るために無理矢理嫌がらせの矛先を向けさせた相手の一体どこに惚れるというのだろうか。

そのことを何度も手紙に書き、恥ずかしかったが頑張って心に婚約者以外を住まわせるつもりはないのだと言葉を変えて何度も書いた。

そしてようやく"信じるよ"と手紙をもらってほっとしたのがつい昨日のことだ。


「ええ、何とか」

「ふふ、お疲れ様」


ここまでの苦労を思い、じっとりとした目でミシュリーヌを見てしまう。

それを笑顔で流され、促されて並んで歩き出す。次の授業は一緒に受けるのだ。

ちょっとだけ(しゃく)に障ったので少しだけ反撃しておく。


「途中でお兄様に相談したら、自分でもこうすると真面目な顔で言われたわ」

「…………」


ぴしりと固まったミシュリーヌは、だがすぐに回復した。


「わたくしはアンのようにうっかりなことはしないから大丈夫」

「その慢心が危ないわ」


とはいえ、ミシュリーヌはアンリエッタよりよほどしっかりしており慎重なのでこのような事態には陥らないだろう。ただの言葉遊びだ。


「大丈夫よ」


ミシュリーヌももちろんわかっているのでただ笑って流された。

そんなふうにおしゃべりしながら歩いていると不意にーー


「あら、身の程知らずが堂々と歩いていますわ」

「本当に。わたくしでしたら恥ずかしくてあんなふうには歩けませんわ」


どこからか聞こえてきた聞こえよがしな声を無視する。


「さすがですわね。伯爵令嬢程度の身分で王族に言い寄るだけのことはありますわ。面の皮が厚いこと」


ちらりとだけアンリエッタとミシュリーヌは彼女たちを見る。

意地悪く笑う彼女たちに自分たちの言葉が効いたと思われないうちに素早く反撃する。


「状況を正確に把握できない方々は憐れね」

「そんなふうに言うものではないわ。きっと自分たちの見たいものしか見えないお花畑に住んでいるだけなのでしょうから」


くすくすと笑い合う。


「まあ、それなら仕方ないかもしれないわね。まだまだ夢見るお子様なのでしょうから」

「あらあらお子様だなんて、さすがに言い過ぎよ」


くすくす。

くすくす。

もちろん向こうだってそれくらいでは引き下がりはしない。


「婚約者の方が可哀想ね。本当にいれば、の話ですけど」

「そうね。他所の殿方に色目を使う女なんて、ましてやお相手は王子殿下だなんて、身の程知らずにも程がありますし、婚約者の方にも失礼ですもの。そのうち捨てられるのではなくて?」

「あら、本当にいないかもしれませんわね。だから焦って王族の方に色目を使うのでしょう」

「あらあら。よりによって、と言いたいところですけど、誰にも相手にされないからこそ、無謀なことをしてしまったのかもしれませんわね」

「そう考えると可哀想になってきましたわね」

「本当に」


くすくすと彼女たちは笑う。


「……ここにアンの婚約者がいなくてよかったわね」

「ええ、本当に」


扇を広げて小声でこそこそ言い合う。

いれば舌先で完膚なきまでに叩き潰されただろう。

こちらの反応が思ったものではなかったからか訝しげにこちらを見ているがそれどころではない。


「あの方たちの家とは取引はなかったと思うわ、大丈夫」

「そう。まあ、でも喧嘩を売ってきたのは向こうなのだから、何かあっても自分たちの責任でしょう」


急に冷静になったのかミシュリーヌは突き放した。

実際問題ミシュリーヌには関係ない話だから突き放せるのだろうが、アンリエッタはそこまで割り切れない。


「アン、そこまで責任を感じる必要はないわ。まだ何かあったわけでもないのだし」

「そうね」

「それに彼女たちは愛のない政略的な婚約関係かそもそも婚約者がいないかで想像がつかないのよ。婚約者じゃないと言われただけで怒るだなんて」

「まあ、そうかもしれないわね。それも一つの生き方だとは思うけれど……なんか、可哀想ね」

「そうね。彼女たちが望んでいるかはわからないけれど、それを知っている身としては、知らないことを憐れに思えるわね」


二人で思わず彼女たちを可哀想なものを見るような目で見てしまった。

こそこそと話していたと思えば急に憐れんだような視線を向けられ、彼女たちはたじろいだようだったが、すぐに興醒めしたような顔になり、「行きましょう」「ええ」と声を掛け合い、立ち去っていった。

彼女たちとは同じ授業ではないので、教室に入ってからまた絡まれるということはないだろう。


「アン、災難だったわね。大丈夫?」

「ええ。ミシュリー、ありがとう。あれはわたくしが言われているわけではないので気にしないわ」


真実が一欠片も含まれていない中傷など、こちらを傷つけるものではない。

アンリエッタはすっとミシュリーヌに身を寄せて扇で口許を隠し、小声で囁く。


「彼女には(こた)えるかもしれないけれど」


視線をそっと流すと少し離れた位置でベルジュ伯爵令嬢が青ざめている。

隣にいる友人らしき令嬢が心配そうに声をかけている。

同じ授業ではないから、次の授業が近くの教室なのか、たまたま通りかかったりしたかで聞いてしまったのだろう。

だが本来はこれは彼女に向けられたもの。

どれだけ真実を含んでいるかは知らないが、その何かしらは彼女を傷つけたのだろう。

興味はないが。

たまたま聞いてしまっただけでもあれだけ顔色を悪くするのだから、真っ正面からぶつけられれば耐えられないだろう。

一緒にいる友人も大人しそうな子なので庇って反論してくれそうもない。

第一王子の推測は当たったようだが、アンリエッタにはどうでもいい。無関係であることにはかわりないのだから。


「そろそろ授業が始まるわ。行きましょう」

「ええ」


アンリエッタはミシュリーヌに声をかけてその場を立ち去った。

しばらく動けそうにないベルジュ伯爵令嬢に一欠片の同情を抱くこともなく。

読んでいただき、ありがとうございました。

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