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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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34.従兄の妻たちに可愛がられています。

ボワ辺境伯家に着くといきなり外から馬車の扉を開けられた。

驚いて見れば、そこにいたのはボワ辺境伯家次男でロジェの次兄のマクシムだ。

どうやら彼が無断で馬車の扉を開けたようだ。


アンリエッタは(まばた)きし、ルイとロジェが文句を言うために口を開こうとした。


その前に。


ごんと音を立てて後ろから頭を(はた)かれていた。


「こらっ! 声掛けもせずに開けるとは何事か!」


マクシムの妻のヴァレリーの仕業(しわざ)だ。


ヴァレリーの髪は漆黒で、瞳は夏の空のような濃い水色だ。

彼女は"南"の伯爵家から嫁いできている。

野盗でも出ようものなら、夫とともに捕縛に動くほど腕が立つ。

実家はやはり"南"の辺境伯家の隣に領地があり、海の荒くれ者たちにも慣れている、とか。

"南"でも海に面しているのは辺境伯家だけのはずだが。

他の国では違うこともあるようだが、この国では国境沿いは全て辺境伯家四家が治めている領地だ。


マクシムが頭を押さえてしゃがみ込んでいるのを無視してヴァレリーが馬車の中をのぞき込む。


「ロジェお帰り。アン、ルイ、久しぶりだね。三人とも、うちのが悪かったね」


貴族女性とは思えない粗っぽい口調だ。

まったくだとロジェとルイが頷く。


「マクシム兄貴、さっさとどいてくれ。降りられない」


ロジェが微塵も心配した様子もなく冷たく言う。


「本当だよ。いつまで姉上を馬車の中にいさせるつもり?」


同じくらいルイも冷たい。


まだマクシムは頭を押さえて(うずくま)っているが大丈夫なのだろうか?

心配になってマクシムを見ようとするもロジェとルイに止められる。


「義姉上の細腕で殴られたところで(たい)したダメージにはならない」

「そうだよ。姉上が心配するほどのことじゃない」

「はは、二人とも口が上手くなったじゃないか。確かに私の細腕で殴ったところで大した威力にはならないな」

「お前ら何を言っている!」


マクシムが勢いよく立ち上がって三人に噛みつく。


「ほらアン、大丈夫だろう?」

「……ええ、そうね」


としか言えない。


「いや、まじで痛かったって。すぐには立ち上がれなかったんだぞ!?」


さらにマクシムが噛みつく。

しかしロジェもルイも、ヴァレリーでさえも冷ややかな目でマクシムを見る。


「鍛え方が足りないんじゃないか?」

「そうだね、義父上に言っておくよ。あと所業は義母上に伝えておく」

「待て! 母上に言うことはないんじゃないか!?」


マクシムが慌てる。

無理もない。辺境伯夫人である伯母は怒るととても怖いのだ。

そして礼儀にも厳しい。

辺境の者は乱暴者だと言われないようにと。

マクシムやヴァレリーは身内の前だからこのような言動だが、これが身内以外の者の前では完璧な紳士、淑女になる。

それがわかっているからこそ身内の前ではこの言動が許されているともいう。


「いや。しっかりきっちり言っておかないと」


ヴァレリーは夫に容赦がない。

がっくりとマクシムは肩を落とす。

彼は妻が有言実行な人物なのをしっかりとわかっているのだ。

だがすぐに自分の中で折り合いをつけたのかすっと背筋を伸ばした。


「それはそれとしてアンには謝らないとな」


真っ直ぐにマクシムがアンリエッタを見る。その顔は真面目で先程までの三人に翻弄されている情けない姿はなかった。


「アン、許してくれ。早く会いたくてな」


マクシムが頭を下げる。

アンが許すという前にヴァレリーが言う。


「アン、こんな無礼は許さなくていい」

「いやそこは庇ってくれるところじゃないのか!?」


マクシムが妻に詰め寄るが、彼女は一顧(いっこ)だにしない。


「礼儀知らずはアンに近寄るな」

「何でだ!?」

「アンは淑女なんだよ。当然じゃないか」

「そうだよ。その繊細な姉上をいつまで馬車に乗せておく気? 今日は一日乗りっぱなしなんだよ?」

「まったくだ。いい加減どいてくれ、マクシム兄上」

「ああ、気づかなくて悪かった。マクシム、さっさとどきな」

「お前らなぁ」


ぼやきながらもマクシムは素直にどいた。

そのぼやきを無視してロジェが降り、ルイが続いた。


「姉上」


ルイが差し出した手に手を重ねてアンリエッタも馬車を降りた。


「姉上、大丈夫? 身体が痛くなったりしていない?」

「大丈夫よ」

「よかった」


ルイがほっとして微笑(わら)う。


「皆待っている。行こう」


ロジェの言葉にルイが頷く。

そしてそのままエスコートしてくれる。


「見な、ルイのあの紳士的なエスコート。マクシムも見習いな」

「俺だってやる時はやるよ」


後ろからそんなやりとりが聞こえてくる。

仲が良くて何よりだ。

お互いに信頼があるから遠慮会釈なく言いたいことが言い合えるのだ。

アンリエッタもエドゥアルトとそうありたいものだ。




*




「いいこと、アン、あの男に泣かされたらすぐにわたくしに言いなさい」


そう言ったのはボワ辺境伯の長男リオンの妻のアリアーヌだ。

"北"の侯爵家から嫁いできた彼女は焦げ茶色の髪と鮮やかな緋色の瞳を持つ凛とした美しい女性だ。

たおやかさを感じさせつつ、折れない柳のような人だ。

婚約するまで剣も持ったことのなかった人だ。

それが今では一人でならず者を叩きのめしてしまうのだ。


並みの努力と覚悟ではできないことだ。

それだけ婚家に馴染もうと努力したのだ。

アンリエッタもそうでありたいと思う憧れの人だ。


今、アンリエッタはアリアーヌと二人でお茶をしている。

ルイはロジェとマクシムに連れていかれた。話があるらしい。

リオンは王都で用事があるらしく今は留守だそうだ。


アリアーヌの言うあの男とは第一王子ではなくエドゥアルトのことだろう。

ボワ辺境伯家の人間はエドゥアルトに手厳しい。

今回のように振り回されることが多々あるので仕方ないのかもしれない。


アンリエッタは曖昧に首を傾げる。

ここは肯定してはいけない気がする。

アリアーヌがエドゥアルトのところに乗り込んでいけば大変なことになる。

誰か止めてくれればいいが、何故だか誰も止めてくれないような気がしてならない。


「アン、報告・相談・連絡は大切なことよ」


それはわかっているが、それとこれとは別な気がする。


「わかっています」

「そう。ならちゃんと言いなさい。わたくしがあの男にきっちりと言ってあげるわ」

「お手柔らかにお願いします」

「駄目よ」


厳しい顔できっぱりと言われてしまう。


「いいこと、アン、あのような男は甘い顔をするとすぐにつけあがるわ」


アリアーヌはいつになく厳しい顔だ。

何かあったのだろうか?

あのような、と言ったからにはエドゥアルトだけのことではないのだろう。


「ええっと、そうなの、ですか?」

「ええ、弟がそうだったわ」

「弟君、ですか?」


アリアーヌにも兄と弟がおり、兄のところには子供が生まれているが、弟は確かまだ独身だったはずだ。

アリアーヌは重々しく頷く。

他家のそれも他地域の家のことだ。下手に聞かないほうがいいだろう。


「まあ、あの子のことはいいわ。今頃は将来の義妹が責任を取って矯正しているはずだから」


矯正、とは穏やかではない。


「今のままでは到底結婚はできない、と。張り切って矯正しているわ」


軽く目を見開く。


彼はもう学院を卒業している。

学院を卒業すれば、婚約者がいる者は結婚するかその準備に入るのが一般的だ。


もともとアリアーヌの弟が婚約していたのは知っていた。

婚約者が一つ下の幼馴染みだったことも聞いている。

彼女もアリアーヌの弟と同じ時に学院を卒業していた。

それでも結婚したとは聞いていなかったので何らかの理由で婚約が解消になったのだと思っていた。


アンリエッタがその婚約を知っていたのは彼らが(おおやけ)にしていたからだ。

といっても公式に発表していたわけではなく、ただ隠す気がなかっただけなのだが。


「今は領地で父と兄のもとで補佐の勉強をしているわ」

「そうなのですね」

「あの歳で矯正というのもなかなか大変みたいよ」


それはそうだろうと思う。

思わずといった様子で重い溜め息をついたアリアーヌがアンリエッタを見据える。


「だから甘やかしてはいけないのよ。惚れた弱味でアンには難しいところがあるでしょう。だからわたくしが()らしめてあげるわ」


これだけは譲れないとでも言うような強い意志を持った瞳でアリアーヌは言い切る。


「えっと、甘やかしているつもりはないのですけれど」

「本当かしら? 押し切られたりは?」


ないとは言えなかった。

アンリエッタは口をつぐむ。


「それが惚れた弱味よ。でもあまり甘やかすと大変なのはアンなのよ?」


アリアーヌの言う通りだ。

もはや何も言えない。


「それに可愛いアンが泣かされるなんて許せないわ。」


……本当に第一王子にしろベルジュ伯爵令嬢にしろ、彼女がとっくに学院を卒業していることに感謝すべきかもしれない。

これほどアンリエッタを可愛がってくれているアリアーヌが学院にいたら二人ともただでは置かなかっただろう。

泣かされてはいないが今の状況では同じことだろう。


アリアーヌに可愛がられている自覚はあるのだ。

ロジェを通してボワ辺境伯家には第一王子の件は伝えてある。

アリアーヌも知っていることだろう。

だが表面上は何も知らないことになっているから動いていないだけで。あと物理的に王都まで距離がある。

本当にこのままこれくらいで収まってほしい。


アリアーヌが今挙げているのはエドゥアルトのことだがアンリエッタはつい第一王子とベルジュ伯爵令嬢のことを考えてしまった。


「ありがとうございます」

「だから泣かされたら言いなさい。いえ、泣かされる前に言うのよ。不満とか嫌なこととか無理強いされたとか何でもいいわ。とにかく何かされたら早めに言うのよ?」


珍しい。

アリアーヌは公正明大な女性だ。

エドゥアルトに対してだって苦言を呈することはあってもここまで言うことはなかった。


「ルトが何かしましたか?」


気持ち的には、しでかしましたか? 、だったがさすがにそんなふうには言えない。


「あの男の訪問は本当に唐突なものだったのよ」


憤懣(ふんまん)やる方ないという表情だ。

先日、アンリエッタに会いに来た時のことだろう。


「ルトはわたくしのことを心配してくれたのですわ」

「それでも先触れはあってしかるべきでしょう」


確かに。アンリエッタに対しても会いに来るとは一言も言っていなかった。


「そうですね」


庇う言葉は出なかった。

緊急時でもなければ先触れを出して訪問することは最低限のマナーだ。

それを怠ったとなれば非難されても仕方ない。


「申し訳ありません。次に会った時に言っておきます」

「アンが謝る必要はないわ。だけどあの男にはよくよく言っておきなさい。礼儀知らずにアンを嫁がせるつもりはないわ」


嫁がせるつもりはない、と言うがこれは政略結婚なのだが。


「ふふ、いくらでも方法はあるのよ?」


アンリエッタの思考を読んだかのようにアリアーヌは言う。

アリアーヌの言う通りなのだろう。

政略的な婚約というのは、裏を返せば状況によっていくらでも引っくり返るということだ。

アンリエッタとエドゥアルトの婚約はそうそう覆るものではないが。


「政略結婚とはいえ、あの男である必要はどこにもないのだもの」


いっそ晴れやかな笑顔だ。

そんなにエドゥアルトが嫌なのか。

だとしても、アンリエッタはーー


「わたくしは、ルトがいいですわ」


きっぱりと言えばアリアーヌは優しい笑顔に変わる。


「そう。あの男と添い遂げるつもりならしっかりと手綱は握っておかないと駄目よ」

「……はい」

「相談には乗るわ。力も貸す。だからきちんと相談なさい」

「はい。ありがとうございます」

「アンを不幸にしたくないのよ」


だからこそいろいろと言ってくれたのだろう。

わかっている。

ただ、過激になりそうで怖いのだ。


「ありがとうございます。その気持ちが嬉しいです」


アリアーヌが身を乗り出してアンリエッタの手を握る。


「だからね、アン、報告・連絡・相談を忘れては駄目よ?」

「はい」


結局は頷くことになる。

ころりとアリアーヌの手のひらの上で転がされたような気がする。

アリアーヌは満足そうに微笑(わら)った。


まだまだ彼女に勝てそうもない。


読んでいただき、ありがとうございました。


誤字の指摘をありがとうございました。

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