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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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28.夏休みの話で持ち切りです。

夏休み間近ということで、話題になるのは夏休みの過ごし方だ。

あちらこちらで夏休みの予定の話をしているのが聞こえてくる。


漏れ聞こえてくる限り、たいていは領地に帰るか、婚約者の領地に行くようだ。

少数だが、卒業間近で卒業後は王城で勤務することが決まっており、夏休みの間見習いとして働く予定の者もいるようだった。


どことなく浮き足立っている雰囲気が学院内には漂っている。





「ミシュリーも領地に帰るのよね?」

「ええ」

「ではいつも通り一緒に帰りましょう?」

「また同乗させてもらえる?」


いつも領地に帰る時はミシュリーヌも一緒だ。

領地は隣同士で家族ぐるみで付き合いがある。

それにサルマン侯爵領は通り道だ。


「ええ、勿論よ。ね、お兄様、ルイ、ロジェ?」


ロジェも毎回一緒だ。

いつもならジェレミーも一緒なのだが、今回は王都でやることがあるから一緒には帰れないと言われている。

ぐるりと見回せば三人ともがはっきりと頷いた。


こうやって人目のつくところで言っておけば勘繰(かんぐ)られることもないだろう。

ミシュリーヌはエドワールの婚約者だが正式には発表されていないのだ。

一緒に領地に行くのにも対外的な理由が必要だった。

領地が隣同士で友人同士なら道中一緒でも不自然ではない。


「ありがとう」

「一緒のほうが安全だもの」

「そうね。わたくしも一人で帰るよりよっぽど心強いわ」


ロジェは勿論のこと、兄もルイも実は腕が立つのだ。

ミシュリーヌ一人よりよほど安全に帰れるだろう。


「わたくしはミシュリーも一緒で嬉しいわ」

「わたくしもよ。一人で帰るのはやはりつまらないもの」


ミシュリーヌの両親も兄夫婦も皆領地にいる。

そこに帰るとなると一人で、ということになってしまうのだ。

護衛がいるとはいえ、令嬢の一人旅は狙われる確率が()ね上がる。


それは当然ながら婚約者を大事にしている兄にも看過できない状況なのだ。

それでいて婚約を発表していない以上、ミシュリーヌを誘えるのはアンリエッタだけだ。


勿論、アンリエッタとしてもミシュリーヌと一緒なのは嬉しいし、危険に(さら)したくない気持ちは一緒だ。

領地が隣同士で親友であるという立場はこういう時に有利に働く。


「……アンリエッタ様は夏休みは領地に帰るのですね」


そう言ったのは今日も紛れ込んでいるベルジュ伯爵令嬢だ。


「大抵の者はそうではありませんか? 貴女は帰らないのですか?」

「……半分ほどは」

「まあ、やはり婚約者のいない方は気楽でいいですわね」


ミシュリーヌの嫌味にベルジュ伯爵令嬢は小さく唇を噛んだ。


本当に彼女はこの先どうするつもりなのだろう?

彼女の父親も娘の婚約者を見つけないのはどういうつもりなのだろう?


第一王子とのことが父親公認とは思えないのだが。

恐らく家族にも友人にも内緒のはずだ。

探していて見つからないのか水面下で調整しているところなのか、そもそも探していないのか。


探していたり調整したりしているところならなおさらアンリエッタには関わらないほうがいいはずだ。

それとも娘には関心がなく放置しているのだろうか?


情報がないから判断ができない。

あとは可能性としては結婚ではなく仕事をするつもりなのだろうか?

貴族の女性の仕事はこの国でも限られる。

他国よりは門戸は広いと思うが、それでも男性よりは狭いのは事実だ。


家庭教師や学院の教師の道もあるが、その職業は経験が何よりものを言う。学院を卒業したばかりの令嬢には()けるものではない。


一番確実で可能性があるのは王城での就職だ。

文官か女官や侍女だ。


誰かの推薦があり、試験に合格すれば女官や侍女になるのは可能だ。

それも推薦してくれる相手がいれば、の話だ。

その上で試験に合格できるだけの教養と礼儀作法がいる。

ベルジュ伯爵令嬢の素養がどれほどのものかはアンリエッタは知らない。

だが生半可なものでは合格できるようなものではない。


それは文官でも同じこと。

文官になるのであれば幅広い知識は必須条件だ。


彼女がどうする気なのかは知らないが。

ベルジュ伯爵令嬢について本当に何も知らないのだ。

知っているのは誰もが知っている通り一辺倒なことだけだ。

今まで興味がなかったから調べていなかったのが痛い。


最低限ベルジュ伯爵令嬢の周辺のことくらいは調べておくべきだった。

猶予はあまりなかったとはいえ失態だ。

今のアンリエッタには"東"の情報は入手しにくい。


家族はどこまで調べてあったのだろう?

後で訊いてみよう。

それと本人に探りを入れてみるべきかしら?


さりげなく見たつもりだったがベルジュ伯爵令嬢と目が合った。

ベルジュ伯爵令嬢はふわりと微笑(わら)った。

どことなく嬉しそうに見える。


やはり人恋しいのだろうか?

それなら第一王子に甘えるか、アンリエッタから離れて"東"の中に戻ればいい。

アンリエッタに期待しないでほしい。

アンリエッタには仲良くなる気などないのだから。

それなのに。


「アンリエッタ様、お手紙差し上げてもいいですか?」

「……何故でしょう?」

「二ヶ月も会えないのは寂しいので」

「お友達となさったらいかが?」


アンリエッタが答える前にミシュリーヌが冷ややかに言った。


「ですのでアンリエッタ様に訊いているのです」

「わたくしは友人ではありません」

「まだお友達とは認めてもらえませんか」


ベルジュ伯爵令嬢は悲しそうに眉尻を下げる。


「本当に図々しい。姉上がお前を友人と認めるなんて未来永劫あり得ないよ」


ルイが冷ややかに言う。


「あら、わからないじゃありませんか」


ね、とベルジュ伯爵令嬢は小首を傾げてみせる。

アンリエッタは首を横に振る。

ルイはほらみろとばかりの表情だ。


「今は、の話です。この先はわかりませんよ」

「姉上に迷惑をかけている時点で友人になれるわけないでしょ。頭悪過ぎ」


ルイの辛辣な言葉にもベルジュ伯爵令嬢は(ひる)まない。

最近ますます(したた)かさに磨きをかけている気がする。

他の皆はもう二人のことは放っておいて昼食を食べている。

ベルジュ伯爵令嬢の存在を適当に流しているのだ。


「アン、ほら食べないと」

「ええ」


アンリエッタも止まっていた手を動かす。

それにしても。

言い合っているルイとベルジュ伯爵令嬢、それを流している兄たちを眺めてアンリエッタは思った。


何がどうしてこうなったのだろう?




*




その日の帰り、ルイと馬車に向かっているとヴァーグ侯爵令息を連れた第一王子とばったり会った。


「やあ、アンリエッタ」


アンリエッタはカーテシーをした。

隣でルイが頭を下げている。


「帰るのか?」

「はい」


頷いたところで解放されそうにはない。

案の定、第一王子は話を続けた。


「夏休みはどうするんだ?」

「領地に帰りますわ」


何故か後ろのヴァーグ侯爵令息がぴくりと反応する。

だが彼は当然何も言わない。


「そうか。そうだよな。大抵の者は領地に戻るよな。シアン、お前も領地に戻るのか?」


第一王子が振り向いてヴァーグ侯爵令息に訊く。


「いいえ。私は御傍に。領地のことは父と兄の領分ですので」

「そうか」


それは今確認することだろうか?

この隙にさっさとお(いとま)させてもらってもいいだろうか?


アンリエッタが暇乞いする前に第一王子の視線がアンリエッタに戻る。

いつまで経っても彼の演技は雑だ。

本当に恋しい者に会ったら他に視線をやることはないはずだ。

自分がベルジュ伯爵令嬢を前にした時のことを思い出せばわかるはずなのだが。


内心で溜め息を噛み殺す。

この場合、アンリエッタも同じように第一王子の夏休みのことを訊くべきなのだろう。


「殿下は御公務でお忙しいのでしょうね。無理はなさらないでくださいね」

「あ、ああ、ありがとう」


何故か第一王子は驚いたようだ。

ルイは隣でこっそりと溜め息をついている。

普通のことではないだろうか?


「アンリエッタも身体に気をつけるといい」

「お心遣いをありがとうございます」


軽く頭を下げる。

顔を上げれば第一王子はすっかり落ち着いている。

本当に何だったのだろうか。


「だがそうか、夏休みの間はアンリエッタに会えないのか」


第一王子が顎に手をやり考え込む。

お互いに会えずとも何の支障もない。

夏休み中はベルジュ伯爵令嬢の盾役など必要ないだろうし、アンリエッタを通じて会っているわけではない。

顎から手を離して第一王子がアンリエッタを見る。


「手紙を送っていいだろうか?」


何故でしょう!?

声に出かけて慌てて(こら)える。

代わりに困ったような微笑を浮かべた。


「勘違いされるようなことは御控えいただけると有り難いです」

「私とアンリエッタの仲ではないか」


何の関係もございません。

と言えたらどれだけ楽か。


「手紙を送り合う関係ではありませんわ。御容赦くださいませ」


曖昧な態度では伝わらないのでここはきっぱりと断る。


「私はそういう関係になりたいと思っている。駄目だろうか?」

「婚約者のいる身ですので御容赦くださいませ」


軽く頭を下げて断る。


「だがアンリエッタの近況が知りたいんだ。領地でどのように過ごしているかとか」

「近況を知らせ合うような仲ではございません」


ベルジュ伯爵令嬢といい第一王子といい何故アンリエッタと手紙のやりとりをしたがるのか。

そしてどうしてヴァーグ侯爵令息は第一王子を(いさ)めないのか。

……彼の場合はいつものことか。

一時はよくなっていたはずだったのだが試験期間を経て元に戻ってしまったようだ。


「これからそういう関係になりたいのだが」

「申し訳ありませんが、お断りします。婚約者がいますので」

「友人でも手紙のやりとりはするだろう?」


別に第一王子とは友人でも何でもない。

アンリエッタはにっこりと笑う。


「まあ、殿下の友人だなんて畏れ多いことでございます」


そもそも名前呼びも許されていないのに友人とは無理がある。

それで言うのであれば第一王子の想い人であるというのはさらに無理があるが。

こちらに関しては許されていてもアンリエッタが拒んでいると解釈できる。


「なかなか手強いな」


第一王子は苦笑する。

アンリエッタは無言で頭を下げる。

完全に拒絶の姿勢を見せた、はずだった。


「手紙のやりとりくらいは駄目か?」


だが第一王子は諦めてはくれなかった。

しつこい。

こうなれば最終手段である。


「領地は遠いですし」


ラシーヌ伯爵領は国境付近にある。

ボワ辺境伯家とは間に子爵領を一つ挟むだけだ。

手紙の往復だけで一週間はゆうに超える。


それに、実際は領地にいるわけではない。

だがこれはアンリエッタだけではない。

学園で領地に帰ると言っていた半数ほどは自領ではなく婚約者の領地に行くことだろう。

アンリエッタは婚約者に会いに行く他にも隣国の親戚のところに顔見せに行く予定でもある。


「ああ、そうか。ラシーヌ領は国境のほうだったな」

「はい」

「では、気が向いたらで構わないから返してくれ」


何故そうなるのかしら!?


「……善処します」


そう言うしかない。

ぱっと第一王子が微笑む。

演技が真に迫っている。

普段は雑な演技のくせにどうして今回ばかりはきちんと演技しているのだろう。


アンリエッタは心の中でこっそりと溜め息をついたのだった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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