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4.謝罪・報告・相談をします。

その日迎えに来た兄と弟は一目でアンリエッタの異変に気づき、弟が本を返してきてくれ、すぐに馬車で帰宅した。


その馬車の中でアンリエッタは二人に第一王子とのことを報告・説明をした。

同乗していたのはアンリエッタ付きの侍女のマリーで、彼女は口が堅く、信頼に厚い。アンリエッタが嫁ぐ時には一緒に来てくれることになっている。


話を聞き終えると兄は溜め息をつき、弟は顔を強張らせた。


「お兄様、ルイ、ごめんなさい」

「いや、アンのせいじゃない」


兄はぽんぽんと優しくアンリエッタの頭を撫でてくれた。


「だがまあ、殿下は、愚かとしか言いようがない」


不敬だが誰にも聞かれない馬車の中だ。


「あの方は"西"側を全て敵に回す覚悟はおありなのかな?」


ルイが冷ややかに言う。

公爵家が王族に忠誠を誓っている以上、その公爵家の忠誠を疑われるということは、公爵家への侮辱、ひいてはその公爵家に忠誠を誓っている者たちへの最大の侮辱だ。

公爵家の名を出しさえしなければ、事はラシーヌ伯爵家との問題で済んだのだが。


「……わかっておられなかったようですわ」

「殿下の教育係は何を教えているんだろうな。側近も同罪だな」


兄がそう言う気持ちもよくわかる。

このことは王族の教育としては、真っ先になされていないとまずいものだ。

ルイも無言で頷いた。


「とにかく帰ったら早急(さっきゅう)に対策を立てないとな。両親に説明して、あとは至急相談したいことがあると手紙を出して来てもらおう。公爵家には後で説明と謝罪に伺うしかないな」

「はい……」


考えただけで血の気が引くが、やらなければならないことだ。


「婚約者にはアンから出したほうがいい」

「そのつもりですわ。書き上げたら一度内容を確認いただいてもよろしいですか?」

「ああ、勿論だ。……話す相手を家族ではなく身内としたのはいい判断だったな。身内なら私の婚約者にも、母上の実家の辺境伯家にも話が通せる。今回の件、辺境伯家にも話を通さないまずいだろうからな。……あいつが暴走した時のために」

「……ええ」


知っているのと知らないのとでは対応に違いが出る。知っていれば事前に対策が取れるだろう。

……余計な負担をかけてしまって本当に申し訳ないが。


「アン、あまり思い詰めるな」

「はい……」

「だが、うっかり別の部屋に入ったことは反省するように。今回の件もよいわけではないが、その身に危険が及ぶ可能性もあったんだからな?」

「はい、気をつけます……」

「この一件はいいことじゃないけど、姉上が無事でよかったよ。さっきは本当にびっくりしたんだから」

「心配させてしまったわね、ごめんなさい」


ぽんぽんと兄が優しくアンリエッタの頭を撫でる。

ルイも仕方ないなという笑みを浮かべる。

それからは話す内容を詰めながら帰路に就いた。




両親にはやはり叱られ、同時に心配もされた。

密かに身内に相談したいことがあるから至急来てもらえないかと手紙を送ると、兄の婚約者でありアンリエッタの親友のミシュリーヌ・サルマン侯爵令嬢、従兄弟で"西"の辺境伯家の三男のロジェ・ボワ辺境伯令息、そしてーー


「姫様!」


"西"の公爵家令嬢シュエット・ウエスト様がいらしてくださった。

貴族たちはそれぞれの(いただ)く公爵家の令嬢を"姫様"と呼び慕っている。ちなみに王女は王女殿下と呼んでいる。


「災難だったね、アンリエッタ」


応接室のソファに座り、こちらを(いたわ)るような微笑みを浮かべた女性は"西"の宝だ。

非公式の訪問だからか、癖のない黄金色の髪は結われずに背中に流されているが硬質な輝きを持っており、上質な翡翠のような濃く深い翠色の瞳は理知的な強さを秘めている。装いは装飾の少ないシンプルなドレスだが、それがかえって凛とした雰囲気によく似合っていた。


「姫様、申し訳ございません!」


深々と頭を下げる。

アンリエッタの家族も同様だ。

シュエット様は微苦笑してそっとアンリエッタの頭を撫でる。


「謝らなくていい。アンリエッタ、顔を上げるといい。みなも顔を上げておくれ。」


おずおずとアンリエッタが顔を上げるとシュエット様は安心させるように微笑みかけてくださった。


「姫様、ありがとうございます……」

「うん」

「姫様、どうしてこちらに……?」


父が尋ねる。

公爵家には"お話することがあるので後程(のちほど)伺ってもよろしいでしょうか?"という趣旨の手紙を送りはしたが、断じて呼びつけてはいない。


「ああ、シオン殿から事情を記した手紙が届いたんだ。断じてアンリエッタには非はないと書かれてもいた。私もそう思う。非はすべてクロード殿下にある」


驚いたことにヴァーグ侯爵令息は他地域である"西"の公爵家に事情を(つまび)らかにした手紙を送り、アンリエッタを庇ってくれたらしい。


「ですがわたくしのうっかりのせいで……」

「うん、それはしっかり反省しておくれ」

「はい……」

「今回は理性的な方だったからよかったけど、場合によってはアンリエッタの身も危なかったからね」


思っていた理由と違う理由で叱られた気がする。

思わず目をぱちくりさせる。


「由々しきことに素行の悪い者もいる。今回はアンリエッタが無事でよかった。これからのことを考えれば、手放しでは喜べないけど、とにかくアンリエッタの身が無事でよかった」

「姫様……ありがとうございます……」


シュエット様は微笑んで頷かれると、部屋にいる者たちを見回した。

全員の視線がしっかりと御自分に向いているのを確認すると、固唾を呑んで見守っている面々に向かって口を開いた。


「我が公爵家を巻き込んだのはクロード殿下の落ち度だ。アンリエッタだって脅されて無理矢理協力させられる被害者だ。アンリエッタに非はない」


きっぱりと言い切ってくださる。

もう感謝ばかりしかなく自然に(こうべ)が垂れた。


「ありがとうございます」


それはアンリエッタの家族も同じだった。

アンリエッタに非はないーーそれはすなわち、咎めを受けることはないと宣言してくれたのだ。アンリエッタも、伯爵家も。

ただただ(こうべ)を垂れて感謝の意を示す。


「"西"は私が押さえよう。二、三日したらアンリエッタは婚約者もいるのに言い寄られて迷惑しているとみなに伝えよう」

「ありがとうございます」


シュエット様はミシュリーヌとロジェに視線を向ける。


「ミシュリーヌもロジェもアンリエッタを助けてやっておくれ」

「「御意」」


ロジェは胸に手を当てて頭を下げ、ミシュリーヌはドレスをつまんで腰を落として頭を下げる。


「さあ、二人にも事情を説明してあげるといい」

「はい」


アンリエッタはミシュリーヌとロジェに向き合う。


「まずは二人とも座って。来てくれてありがとう」


ソファセットはシュエット様も座られているものしかない。

シュエット様にも促され、二人はぎこちなくソファに座る。婚約者同士ではないのでロジェは一人がけのソファだ。

さっと侍女がシュエット様の紅茶を新しいものに取り換え、二人の前に紅茶を置く。

アンリエッタも促されてロジェの対面に座り、侍女が置いてくれた紅茶で唇を湿らせてから、二人に今日あったことをかいつまんで話した。


「もう、アン、あなたはまったく」

「本当だぞ、アン。もう少し慎重に行動しろ。今回は無事で済んだからよかったものの、いやこれからのことを思うとそうも言えないかもしれないが、とにかく危ないだろうが」


二人にも叱られる。


「ごめんなさい」

「できるだけ協力するから。アンに嫌がらせしたら見てなさい。わたくしは侯爵家の娘ですもの。問題にならない程度にやり返してあげるわ」

「ありがとう、ミシュリー。わたくしもやられっぱなしにはしないわ」

「ええ!」


やられっぱなし舐められっぱなしはひいては家が軽んじられることになる。それは防がなければならない。


「アン、あいつには手紙を書くんだろう?」


ロジェはアンリエッタの婚約者を知っており、いろいろと苦労をかけた結果、彼のことはぞんざいな扱いになった。


「ええ、もちろん。そうしないと、まずいでしょう」

「なら、懇切丁寧に書いておけ。ついでにちょっと大袈裟に愛を囁いておけ」

「ああ、それがいいと思うわ」


ミシュリーヌも賛同する。

アンリエッタの顔がひきつる。


「……ど、努力するわ」

「誤解されないようにするんだぞ。少しでも殿下に気持ちを向けたとみられれば、暴走するぞ」

「そんな誤解は勘弁してほしいわ」

「そうよねぇ。アンは婚約者一筋だものね。彼のために勉強頑張ってるものねぇ」


ミシュリーヌにからかわれてアンリエッタの頬に朱が差す。

それはその通りなのだが、指摘されると恥ずかしい。


「誤解されてもその姿を見せれば何とかなりそうだな」

「ロジェまで!」

ははっ、とロジェが笑う。


「……(さら)われないでね、姉上」

「攫われないとは思うわ」

「私もミシュリーがそんなふうに照れてたら攫うかもな」

「えっ」


今度はミシュリーヌが狼狽する。


「こらっ、そういうことは結婚してからにしなさい」

「え」

「そうします」

「え……」

「ミシュリー、頑張って」

「アンも同じようなものだと思うわ」

「え」


ロジェが重々しく頷く。


「ええー」


アンリエッタとミシュリーヌは若干遠い目になりながら顔を見合わせ、お互いの健闘を祈って頷き合う。

先程までの緊張を(はら)んだ空気が緩む。


「ふふ。仲が良くていいね。我が"西"は安泰かな」


不意に響いた声に全員ではっとして背筋を伸ばす。


「申し訳ございません」

「謝る必要はないよ。さて、私はそろそろ帰るとしよう」


シュエット様が立ち上がられた。


「姫様、本日は御足労いただきありがとうございました」

「いいよ。アンリエッタ、何か困ったことがあったら、遠慮なく言っておくれ」

「ありがとうございます」

「ではね」


全員で屋敷の外に立ち、シュエット様が馬車に乗って帰っていかれるのをお見送りした。


これからのことをもう少し相談してから


「アン、本当に気をつけろよ」

「何かあったらすぐ相談するのよ」


との言葉を残してロジェとミシュリーヌも帰っていった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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