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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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39/89

27.久しぶりに婚約者と過ごします。

採寸とデザイナーとの軽い打ち合わせを終えて今、アンリエッタは自室でエドゥアルトとお茶をしていた。


デザイナーはデザインを詰めてくると言って席を外している。

使用人が適当な部屋に案内してそこでやっているのだろう。


適切な距離でと強く念を押され、マリーの監視もあり、座る位置は対面になった。

いつもならごねるエドゥアルトも今日は大人しく対面に座っている。


アンリエッタはゆっくりとお茶を飲む。

ドレスの打ち合わせは楽しいが、やはり採寸は面識のほとんどない者の前に下着のみで立つので緊張して疲れる。


「リエッタ」


エドゥアルトは本当に大切なものを声に乗せるように名を呼ぶ。

この国の家族や友人はアンリエッタのことを"アン"と呼び、隣国の親戚や友人は"エッタ"と呼ぶ。

エドゥアルトだけが"リエッタ"と呼ぶのだ。


「お疲れ様」

「ありがとう」


そしてまたにこにことエドゥアルトはアンリエッタの耳許で揺れる耳飾りを見る。

すごく機嫌がいい。


アンリエッタは思わず耳許に手をやる。

エドゥアルトがくすりと微笑(わら)った。


「その耳飾りをつけてくれているのを見てすぐにわかったよ。リエッタの心が変わっていないって、そう言いたいんだってすぐにわかったよ」


アンリエッタとエドゥアルトの婚約は政略的なものだ。

だけど、この耳飾りを差し出して幼い頃のエドゥアルトは言ってくれたのだ。


「"ずっと一緒に生きていきたい"」


あの時と同じ言葉をエドゥアルトは口にした。


「リエッタも変わらず、同じように思ってくれているんだ、って思ったら嬉しくて。さっきは驚かせてごめんね」


驚いたし、恥ずかしかったが、決して嫌ではなかった。


「本当に驚いたわ」

「うん、ごめんね」

「でも、……嫌じゃなかったわ」


エドゥアルトは天を仰ぐ。


「ルト?」

「本当にリエッタって無意識に僕を殺しにかかるよね」

「えっ!?」

「なかなかの殺し文句だよ、本当に」


アンリエッタにそのつもりはない。

感じたことをそのまま言葉にしたに過ぎない。


「これからもリエッタにこうやって翻弄されるんだろうなぁ」


未来を紡ぐ言葉。

無意識に強張っていた心がほどけていく。


助けてもらったからこそ続く未来がある。

そうでなかった未来を心で感じていたからこそ知らず知らずのうちに強張っていた心をいともたやすくエドゥアルトはほどいてくれた。


エドゥアルトは真っ直ぐにアンリエッタの()を見て告げた。


「離してあげるつもりはないから」


たとえ、何があってもーー。


そう聞こえた気がした。

胸の奥から喜びが(あふ)れてくる。


「ええ、離さないで」


嬉しさからエドゥアルトを見つめるアンリエッタの瞳は熱に潤んでいるが本人に自覚はなかった。


「ああっ、もうっ、本当に可愛すぎっ!」


エドゥアルトが突然吠えた。

アンリエッタは目をしばたたかせる。


「本当にもうどうしてそんなにいちいち可愛いの!」


アンリエッタは困惑するしかない。


「えっと、大丈夫かしら?」

「大丈夫。大丈夫だからそのまま動かないで」

「え、ええ」

「今触れたら絶対止まれない」


部屋に緊張が走る。


「わかっている。ここから動かないから。今何かしたら、"今日会ったので夏休みはいいでしょう"と義父上から言われかねない」


父は昔からエドゥアルトに厳しい。

先程も圧をかけていたようだし、やりかねない。

不安が顔に出てしまったのだろう、エドゥアルトが安心させるように微笑む。


「大丈夫だよ」

「え、ええ」


今はアンリエッタも何もしないほうがいいのだろう。

そもそも見ていないほうがいいのだろうか?

だけれどそれはそれで拗ねそうで判断がつかない。


「本当にリエッタが可愛すぎてつらい……」


そう言われても困る。

どうすればいいのかわからない。

何もしていないのにこの状況である。


「はぁ。本当にもう」


強い眼差しで見据えられる。


「本当に、嫁に来たら覚悟しておいて」


猛禽類に狙われた獲物というのはこういう気持ちなのだろうか?

婚約者に対して思うことではないとは思うが、アンリエッタは身震いした。

慌てて話題を逸らす。


「でも、今から作って間に合うのかしら?」


ドレスの制作には時間がかかる。

エドゥアルトはアンリエッタの意図がわかったのだろう。

苦笑してそれでも乗ってくれた。


「大丈夫だよ。()()()()()()()()()()()()()()()。あとは微調整だけのはずだよ。あの一着くらいならできるでしょ。というか、彼女の矜持(きょうじ)にかけて仕上げてくるよ」

「他のドレス……」


確かに他のドレスはいるだろうが、本当にわざわざドレス一枚のために来た、ということになってしまう。

本当に建前でしかないのだ。


「言ったでしょ、いくつかの会でパートナーを務めてほしいって。同じドレスで参加なんてさせられない」

「わかっているわ。ただ、本当に建前だったのね、と思って」

「建前というのは、時には必要なんだよ」

「ええ、それもわかっているわ」

「それに、リエッタの好みのドレスを作るのもいいかなって思って。次に作る時の参考になるし」


エドゥアルトはどこまでいってもエドゥアルトだ。

アンリエッタのことでぶれることはない。

いつだってアンリエッタの情報の更新を怠ることはないのだ。

アンリエッタは微笑んだ。


「ではわたくしはルトが選んでくれたドレスを楽しみにしているわね」

「うん、楽しみにしていて。僕も楽しみだ」


和やかな雰囲気に包まれる。


不意にエドゥアルトが立ち上がる。

彼の意図がわからなくてそのまま見ているとアンリエッタのほうにやってきた。

そのまま隣に座ったエドゥアルトがそっとアンリエッタの頬に触れる。


「思ったより元気そうでよかった」


心配をかけていたのだろう。

今回の訪問の本当の目的はアンリエッタの様子をその目で確かめるためだったのだろう。

あと半月もすれば会えるはずだったが、それさえも待てなかったのだろう。


「心配かけてごめんなさい」

「リエッタのせいじゃないから」

「でも、わたくしのうっかりのせいだわ」

「うーん、それはあるけれど、でも権力を使って無理矢理言うことを聞かせた第一王子とそれに甘んじた恋人と止めきれなかった側近が悪い」

「それは、その通りね」


何の庇い立てもできないが、そもそもする必要はない。

エドゥアルトが顔を覗き込んできた。


「大丈夫? つらくない?」

「ええ、大丈夫よ。皆いろいろ助けてくれるから」


手のひらでそっと頬を包まれる。


「でも傷ついていないはずはないでしょ?」


アンリエッタはただ微笑む。

事実と異なることだから傷つく要素はないのだが、悪意や(さげす)みはそれだけで心を削る。

だがそれをエドゥアルトに告げるつもりはない。

だから何でもない口調で言う。


「あの噂を信じる人がどれくらいいるのかしら?」

「どういうこと?」

「"西"は事実無根の噂だと知っているし、"北"はノール公爵令嬢が噂は間違いだと認識してくれたから沈静化したし、"南"はわからないけれどもともと静観していて噂自体はあまり信じていないようだわ。"東"はエスト公爵令嬢のため、という側面があるもの。テスト期間中はあまり聞かなかったから、そういうことだわ」

「それでも、そういう噂を流されること自体不名誉でしょ」

「ルトは気になる?」

「愛しい婚約者の悪口を言われて不愉快にならない男はいないよ」

「そうよね。家にもシュタイン家にもルトにも迷惑をかけて申し訳ないわ」

「うちのことは気にしなくていいよ。愚か者を炙り出すのに利用しているからね」

「そう」


それが本当かどうかはわからない。アンリエッタの気持ちを軽くするための嘘かもしれない。


「愚かな者は本当に愚かだなぁって実感しているよ」


エドゥアルトの笑みに黒いものが混じっている気がする。


「そ、そう」


エドゥアルトはアンリエッタに優しく微笑みかける。


「だからうちのことは本当に気にしなくていい。それより心配なのはリエッタのほうだよ。無理してない?」


本当にエドゥアルトは優しい。

アンリエッタは頬を包んでいる手にすり寄る。


「ルトが怒ってくれるから大丈夫よ」


払拭しようにも第一王子が手を退いてくれなければどうにもならない。

あるいはエスト公爵令嬢がアンリエッタは何も思っていないと気づいてくれるか。

どちらも厳しそうだ。


「それに、」


アンリエッタは髪に、そこに結われているリボンに触れる。

以前手紙に書いたのは嘘ではない。

言わなくてもそれだけで伝わる。


ふわりと微笑んだエドゥアルトが頬から手を離しそっとアンリエッタの髪のリボンに触れる。


「本当にリボンを使ってくれているんだね」

「疑っていたのかしら?」

「まさか。でも実際に目にして、すごく嬉しい」


そのままエドゥアルトは手に持つリボンに唇で触れた。

アンリエッタ自身に触れられたわけではない。

なのに体温が上がった。

それに気づいたエドゥアルトが満足そうに微笑(わら)った。


咳払いの音が聞こえた。

見なくてもわかる。マリーだ。

部屋には他にもエドゥアルトの従者や万が一のためとつけられた使用人が複数いるが間違いないだろう。


「いいところなのに邪魔しないでくれる?」


エドゥアルトが不機嫌に言う。

さ、さっきは抑えていたのに!?


「ですので邪魔をしました。……止まれる自信がおありですか?」

「くっ……」

「旦那様はやられますよ?」

「くぅっ……」

「わたくしも会えなくなるのは嫌だわ」

「はぁー。何の拷問だろう。本当に」


深く息をつきながらエドゥアルトが言う。


「ルト?」

「ううん、大丈夫。これ以上は何もしない」


エドゥアルトはリボンを離し、気持ち身を引く。

ほっとするような少し寂しいような、複雑な気持ちだ。

エドゥアルトが話を戻した。


「でも直接的な嫌がらせもあるでしょ?」

「そっちは今のところ大丈夫よ」


エスト公爵令嬢のは避けようがなかったが、それ以外は大したことなかった。十分避けられる。


「ロジェでもルイでも盾にしてとにかく怪我だけはしないで」

「ルト……」

「そのために傍にいることを許しているんだよ?」


本当にエドゥアルトはぶれない。


「とにかく今日のこともあるし、本当に気をつけて」

「ええ」


エドゥアルトは眉尻を下げる。


「本当に本当に残念だけれど明日には帰らなきゃならないんだ」

「またすぐ会えるわ」

「リエッタは寂しく思ってくれないの?」

「寂しいわ。でも、会えるのはもっと先だと思っていたから、会えて嬉しかったわ」


ぎゅっと抱きしめられる。


「本当にリエッタには負ける」

肩口に顔を(うず)めて呟かれた言葉はアンリエッタには届かない。


「ああー、帰りたくないな」

「またすぐに会えるわ」


本当にすぐだ。

夏休みはもう目前なのだ。


「会いに行くわ」

「うん。待っている」




結局、エドゥアルトがごねて、ロジェとエドゥアルトは夕食を食べてから帰っていった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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