表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/89

22.粛々とお説教を受けます。

ラシーヌ伯爵家の家族の居間には今ラシーヌ伯爵家の面々の他にミシュリーヌと、呼び出されたロジェがいた。

アンリエッタは自主的にヴァーグ侯爵令息が迎えに来たところからすべて話した。

部屋に複数の溜め息がこぼれる。


「……第一王子殿下に呼び出されて部屋に行ったのは、まあ仕方ない」

「はい」


何回も呼び出しに来られるくらいなら一度で済ませたほうがいい。

回数が増えれば誰かに見られる危険性は高まる。


ヴァーグ侯爵令息とアンリエッタに接点はないので不審がられるか、実は第一王子のことは密かに受け入れている、とでも噂されるのも勘弁してもらいたい。

ヴァーグ侯爵令息までも手玉に取っていると噂されるのも困る。

そんな事実はない。


ヴァーグ侯爵令息とは少し複雑な関係になってしまっているので噂になると余計に困る。

婚約者の暗躍を引き起こさせるわけにはいかないのだ。

……本当に、ヴァーグ侯爵令息が婚約解消された場合の婚約者という立ち位置でなければそこまで過剰に反応はされないと思うのだけれど。たぶん。


「しかし、殿下は何を考えておられるのか」


父は溜め息混じりに呟いた。

静かな部屋にその呟きは存外響いた。


「本当です。アンが今までどんな思いで務めていたと思っているのでしょう?」


兄の言葉にアンリエッタも思わず頷く。

ベルジュ伯爵令嬢がアンリエッタの傍にいて嫌がらせに立ち向かえるというなら、そもそも最初からアンリエッタを盾にする必要などない。

第一王子がベルジュ伯爵令嬢の性格を見誤っていたとしか思えない。

彼女はか弱い令嬢ではなくなかなかしたたかな性格をしている。


「本当に姉上の献身を無駄にしてくれる」


どうしてくれようか、という言葉が聞こえたような気がしたが、気のせいと思いたい。

さすがに第一王子相手に何か仕掛けられるのは困る。


「ルイ」


ルイは無害そうな顔で振り向く。


「大丈夫だよ、姉上。第一王子殿下には何もしないよ。殿下にはね」


第一王子以外には何か仕掛けるつもりなのか。

周りをぐるりと見回してみても誰も止めようとはしない。

まあ、止める理由もない。


「一応殿下には断ってきたのですが」

「無駄でしょうね」


ミシュリーヌがきっぱりと言う。

他のみんなも無言で頷く。

アンリエッタは溜め息をついた。


「まあ、以前のように"命令"されなかっただけましか」


溜め息混じりに言う父の言葉に頷く。

そうそう何度も使える手でもない。

今回はベルジュ伯爵令嬢の勢いに呆気に取られていたというのもあるのだろうが。


撤回させられなかったのも痛いが、ベルジュ伯爵令嬢が個人的に動くのであれば第一王子に撤回させても意味はない。

彼女も本当に何を考えているのだろうか。

今は少し弾かれていたとしても、一時的なものだろう。

これ以上関わらなければもとに戻るはずだ。

本人だってそれはわかっているはずだ。

それなのに、何故?


「それより姉上、ベルジュ伯爵令嬢と接点を持った話、聞いてないんだけど?」


ルイが不機嫌に言う。


「ああ、試験前に本の場所がわからないって泣きつかれたのよ」

「その話も詳しく」


ルイに詰め寄られてあの時のことを思い返す。

正直そこまでちゃんとは覚えていない。


アンリエッタは遠くなっている記憶を思い出しながらその時のことを話した。

いくつもの溜め息が室内にこぼれる。


「よりによってそこで第一王子殿下とベルジュ伯爵令嬢の接点を作ってしまったのか」

「姉上とベルジュ伯爵令嬢の接点もね。姉上の優しさは美点だけど相手を選んで」

「ごめんなさい」


第一王子が来たのは完全に予想外だったのだ。


「アンとベルジュ伯爵令嬢が一緒にいれば声をかけられると気づいてしまったのね」

「それで味を占めたんだろうね」

「ルイ、言い方!」


さすがに不敬になりかねない。


「他に言いようがないよ」


反論ができない。

アンリエッタもそう思ってしまったから。


「それよりアン、どうしてその時にそれを言わなかった?」


兄の言葉ももっともだ。

アンリエッタも試験勉強に忙しくそれどころではなかった。

ベルジュ伯爵令嬢のことは些末(さまつ)なことだと流していた。


「申し訳ありません。試験勉強に気を取られて些末なことだと流してしまいました」

「アン、どんなことでも報告は大切だ。徹底してくれ」

「はい。申し訳ありませんでした」


今回のようなことになってからでは遅いのだ。

慣れて気が緩んでしまっていたのだろう。

情報共有は本当に大事だ。

再度心に刻む。

そして意志を示すために宣言する。


「でも友人になるつもりはないわ」


命令でも何でもないのだから友人になるかはアンリエッタの自由だ。

そもそもベルジュ伯爵令嬢が第一王子との関係を諦めるか、自分で対処してくれればアンリエッタは巻き込まれずに済んだのだ。

そんな相手と普通友人になりたいとは思わないだろう。


だが。


「断言するわ、アンは絶対に(ほだ)される」


ミシュリーヌの断定にアンリエッタは反論できなかった。

自分でもその予感はしているのだ。


いっそベルジュ伯爵令嬢が本当に嫌な性格であればよかった。

アンリエッタの落とした栞など放置するような、そんな嫌な性格ならば。

あるいは悪用するような、そんな悪どい性格だったなら。


沈黙は明確な答えになってしまう。

室内に落ちるのはまたしても複数の溜め息だ。

誰も否定しないことからも皆が危ぶんでいることがわかる。


「ずっと姉上の傍にいたいけどそれは無理だし。本当に残念だけど」


傍にいてできるだけ妨害してくれるつもりなのだろう。


「わたくしが妨害するわ。アンの優しさにつけ込むなんて許せないもの」


ミシュリーヌの言葉にルイが力強く頷いた。


「ミシュリー、迷惑をかけてごめんなさい」

「迷惑なんかじゃないわ。わたくしがベルジュ伯爵令嬢がアンの友人になるのが許せないだけ。本当に図々しいわ」

「ミシュリー……ありがとう」

「当然よ。わたくしはアンの親友よ。任せなさい」


ミシュリーヌは不敵な笑みを浮かべる。


「彼女は"東"だし、何より元凶なのだから容赦する必要はないもの」

「うん、思いっきりやっちゃっていいよ」


ルイが後押しするように言う。

ベルジュ伯爵令嬢を庇うつもりはないが、やりすぎないか心配になってくる。


「姉上の心労を思えば、僕たちが多少(・・)言い過ぎたところで何でもないでしょ」

「ふふ、そうね。覚悟の上よね」


ミシュリーヌが同意する。


「だいたいどこから姉上の友人に選ばれるという発想が出てくるのかな?」

「本当よね。アンの友人の座はそんなに安くないわ」

「厚顔無恥なうえに身の程知らずとは。これはきっちりわからせたほうがいいよね」

「そうね」


ミシュリーヌがやる気に満ちた顔で同意する。

一つ懸念が思い浮かんでアンリエッタはルイを(たしな)めることにした。


「ルイ、やりすぎて第一王子殿下を怒らせないでね」


ルイが愕然(がくぜん)とした顔でアンリエッタを見る。


「姉上、まさか第一王子殿下のことを……」

「いいえ。突っかかられて痴話喧嘩だのなんだのと噂になるのが嫌なのよ」

「ああー……本当に厄介」


ルイが顔をしかめる。


「本当にベルジュ伯爵令嬢は何考えているんだろう? 恋人が他人を口説いているのを見たいだなんて信じられないよ。噂を加速させたいのかな?」


そんなわけはないと思う。

誰が好んでそんなことをしたいと思うのか。


「それともベルジュ伯爵令嬢ってバカなのかな?」


誰も口を挟む間もなくルイが辛辣に吐き捨てる。

かなり苛立っている。


「第一王子殿下は短慮だけれど、それに乗るベルジュ伯爵令嬢は愚かね」


母が言葉を変えてルイの言葉を肯定する。

なんなら(けな)す人間が増えている。

誰からも反論は出ない。

はっきり言ってしまえばアンリエッタも母の意見に賛成だ。


目先の利益に飛びつき過ぎだ。

それも、少しだけ話せるかもしれない、というそれだけの利点だ。

はっきり言ってしまえば弊害のほうが大きい。

第一王子には特にないかもしれないが、ベルジュ伯爵令嬢のほうは大きい。

自身の公爵家の意向に逆らうのは、家にとっても彼女自身にとっても遥かに不利益のほうが多い。

そして、アンリエッタ個人にとってもラシーヌ家にとっても何の利もない。

つまり迷惑以外の何ものでもない。


「恋は盲目って本当なのね」


ミシュリーヌが呆れたように言う。


「いいえ。恋は本性を(あぶ)り出すものよ」


誰も彼もが恋をして愚かになるわけではない。


「私もアンに賛成だな」


同意した兄の視線はミシュリーヌに向けられている。その瞳には確かな熱がある。

気づいたミシュリーヌの頬が赤く染まる。

二人はそのまま見つめ合ってしまった。


身内のそんな雰囲気は妙に気恥ずかしくて視線をそらした先でロジェと目が合った。

それまで黙っていたロジェが口を開く。


「アン、本当に気をつけろよ。お前に何かあったらアルトが何をするかわからないぞ」


家のこととか国のこととか、あと家族のことを考えれば、そうそう無茶はしないはず……と信じたい。何かこっそりと仕掛けるくらいはするかもしれないけれど。

だが信じたいと思う時点で希望的観測だ。


「……気をつけるわ」

「気づいているようだが一応言っておくぞ。あいつは、国より家より家族よりお前と歩む人生のほうが大事だぞ」

「……わかっているわ」


第一王子もベルジュ伯爵令嬢も、ついでにヴァーグ侯爵令息も余計なことをせずに大人しくしていてもらいたい。

これ以上、婚約者を刺激しないでほしい。本当に。

アンリエッタにもどこまで止めれるかはわからないのだ。

そこまでは行かなくてもとにかく(なだ)めるのが本当に大変なのだ。

宥めるこちらの身にもなってもらいたい。


どのみち婚約者はどこかから情報を掴んでいるのだろう。

国の平和のためにも、アンリエッタの平穏のためにも、これ以上厄介事を引き起こさないでもらいたいと切に願った。




ウエスト公爵家と婚約者、それから婚約を取り持ってくださった方には手紙で知らせておいた。

読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ