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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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32/89

一周年記念SS ミシュリーヌの婚約

幼い頃のお話です。

読まなくても本編に支障はありません。

楽しんでもらえたなら嬉しいです。

ミシュリーヌの婚約は彼女が八歳、相手のエドワールが十歳の時に調えられた。




サルマン侯爵領とラシーヌ伯爵領はお隣同士で、両親同士も仲が良く、よく家族でお互いの屋敷を行ったり来たりしていた。




その日、何の話のついでかダンスの練習の話になった。

歳が離れている兄とではダンスの相手としては十分ではない、同年代の子と踊りたい、と話したと思う。


「なら、僕と踊ってみる?」


二歳年上のエドワールが優しくそう言ってくれた。


「いい、の?」

「勿論」


話を聞いていた親たちが声を上げる。


「じゃあ、舞踏室に行きましょうか。あそこにはピアノがあるからわたくしが弾いて伴奏をつけるわね」

「バイオリンはあるかしら?」

「ええ、あるわ」

「では私はバイオリンを弾きましょう」

「私の弾けるものはあるかな?」

「コントラバスはどうだ?」

「ああ、あるならそれで」


あれよあれよと決まっていく。


「行こうか」


差し出されたエドワールの手に手を重ねる。


「姉上は僕が!」


意気揚々(いきようよう)とルイがアンリエッタをエスコートしている。


「ふふ。小さな紳士ね」


アンリエッタがルイに声をかけているのが聞こえる。


こうやってきちんとエスコートされたのは思えば初めてのことかもしれない。

それに気づいてしまえば、知らず知らず胸が高鳴る。

そっとエドワールを見上げると、優しく微笑んでくれた。




ぞろぞろと移動した舞踏室ではすでに準備が調えられていた。

恐らくは使用人たちが先回りして準備してくれたのだろう。


両親たちが各々(おのおの)楽器を手にして音合わせをする。


ミシュリーヌは部屋の真ん中までエスコートされた。

エドワールと向かい合って立つ。

右手を胸に当て、足を軽く引いたエドワールに左手を差し出された。


「美しきご令嬢、一曲お相手いただけますか?」

「そこからなのか!?」


兄が突っ込んでいるが無視でいいだろう。


「はい」


ミシュリーヌはそっと差し出された手に手を重ねた。

それを合図に音楽が流れ出す。

最初のステップを踏み出した。


エドワールは巧みにミシュリーヌを踊らせてくれる。

兄と踊る時とは大違いだ。

やはり年齢差による身長の差は大きいのだろう。

それにエドワールにはアンリエッタもいる。

同い年のアンリエッタは背丈もミシュリーヌと大して変わらない。


ミシュリーヌからは自然に微笑()みがこぼれ、それを見たエドワールも優しく微笑んだ。


最初は緊張していたが、踊っているうちに周りを見る余裕が出てきた。

兄は一人壁際に立ち、面白くなさそうな顔でエドワールと踊るミシュリーヌを見ていた。

アンリエッタはルイと一緒に踊っている。

まだ五歳のルイはうまく踊れないが二人とも楽しそうだ。


余所見(よそみ)をしないで。パートナーの僕を見てほしい」

「ご、ごめんなさい」


慌てて謝り、エドワールに視線を戻した。

彼は優しく微笑んだままでほっとする。


それからはエドワールから目を離さずに一曲踊りきった。

音楽がやむ。


「どうだった?」


ミシュリーヌは満面の笑みを浮かべた。


「楽しかった!」

「それはよかった」


エドワールも柔らかに微笑む。


「このままもう一曲どうかな?」

「ええ、喜んで!」


再び曲が流れ出す。先程よりはやや難しい曲だ。

大丈夫か、と視線だけで訊かれて頷く。

エドワールにリードされて最初のステップを踏んだ。



それから何曲か続けて踊った。



とても楽しかったがさすがに疲れた。


「疲れたかい?」

「ええ、さすがに」


その答えを聞いて母は鍵盤から手を下ろし、エドワールたちの両親は弦を下ろした。

もうこれでダンスは終わりだろう。

だがエドワールはミシュリーヌの手を握ったままだ。

ミシュリーヌは首を傾げた。


「どうかした?」


エドワールはミシュリーヌの手を離さずに真剣な()でミシュリーヌの瞳を見つめている。


「ミシュリーヌ、私と婚約を交わし、生涯を一緒に歩いてはもらえないだろうか?」

「え……?」


ミシュリーヌは大きく目を見開いた。


確かにアンリエッタとは違い、ミシュリーヌにはいまだ婚約者はいないが、それはミシュリーヌが決められることではない。

貴族である以上、婚約・結婚は家同士の契約だ。

だが。


「あら、いいんじゃない」

「ええ、素敵ね」


母親たちは乗り気だ。

え? 婚約ってこんなに簡単に調うものなの?


「おお、昔お互いの子供たちを結婚させようと言っていたことがあっただろう。夢が叶ったな」

「いや、ちょっと待ってくれ」


エドワールたちの父は賛成のようだがミシュリーヌの父は反対のようだ。


「あなた、お隣の領地よ。ラシーヌ伯爵家に嫁ぐなら会おうと思えばいつでも会えるわ。それに、気心も知れている家じゃない。嫁いびりなんてされないわ」

「当然よ。ミシュリーは娘同然だもの」

「それなら、いいか。確かに下手(へた)に遠い家やよく知らない家に嫁がせるよりずっといい」


父もあっさりと賛成に回る。

きょろきょろと思わず周りを見てしまう。


「わたくしたち義姉妹になるのね!」


アンリエッタが嬉しそうに微笑(わら)う。


「姉上が喜んでいるから僕も賛成するよ。嫌いじゃないし」


ルイは安定の姉バカだ。だが、ひねくれた言い方だが歓迎はしてくれているようだ。

もはや婚約が調ったような空気だ。

そんな中で一人だけ。


「妹と婚約したければ私を倒してからにしろ!」


兄が声を上げた。

……何か物語でも読んで影響を受けたのだろうか。


「僕が勝ったら認めていただけますね?」

「勿論だ」

「言質はいただきましたよ」

「男に二言はない」


本当に何の本の影響を受けたのだろう?


「では、私の得意なものでよろしいですね?」

「まあ、当然だろうな」


兄が何かを言う前に父が了承した。


「……いいだろう。それで何で勝負するつもりだ?」

「勿論、剣での打ち合いでお願いします。木刀で構いませんので」

「……わかった」


渋々と兄は頷いた。


「やるなら庭でやりなさい」


父の一言で今度はぞろぞろと庭に出る。






「まあ、頑張りなさい」

「エド、怪我させちゃ駄目よ」

「わかっていますよ」


エドワールも余裕そうだ。


「無理だと思ったらすぐに降参するんだぞ」

「なるべく早く終わらせてやりなさい」

「はい。時間をかける必要はありませんからね」


誰も兄が勝てるだなんて思っていない。

四歳も差があって体格の差があるはずなのに。


「お兄様、頑張ってー!」


アンリエッタが無邪気に応援している。


「兄上が負けるはずないよ」


ルイは素っ気ない。


「誰も私の味方はいないのか!?」

「反対しているのはお前だけだからな」


父があっさりと言う。

双方の家族はうんうんと頷いている。

兄はがくりと項垂(うなだ)れた。


そんな間にも準備がなされ、執事が木刀を二本持ってきた。

あとに引けなくなった兄が木刀を受け取ると(ひら)けた場所にずんずんと歩いていく。

エドワールはその後ろをゆったりとついていく。

開けた場所で一定の距離を空けて二人は向かい合う。

審判の位置には家令がついた。

木刀をそれぞれが構えた。


「始め!」






そしてあっさりと兄は負ける。

勝負にもならなかった。


「ミシュリーを泣かせたら許さないからな」


正直そこまで兄に大事にされているとは思っていなかった。


「泣かせるつもりはありませんよ」

「その言葉忘れるんじゃないぞ」

「ええ、勿論」

「なら認めてやる。絶対に泣かせるなよ」

「はい」


エドワールがはっきりと頷き、兄も満足そうだ。

もういいだろう。


「それでお兄様、一体何に影響されてこんなことを?」


ミシュリーヌは腰に手を当てて兄に訊く。


「ああ、ミシュリーは知らなかったか」


得心がいったように兄が言う。


「何をです?」

「もともと婚約はしていたが、きちんと私の口からナディアに婚約したいと言ったら向こうの兄にそう言われてな。当然勝ったが」


本ではなく未来の義兄の影響だったようだ。

ナディアは兄の婚約者の名前だ。


「よくパトリス様が勝ちましたね」


ふっと兄が笑う。


「何も武力だけが勝負ではないからな。私はボードゲームで負かせたのだ」

「ああ、なるほど。知略系のゲームはお得意でしたね」

「ああ。欲しいものを手に入れるために戦いを挑むのなら、自分の得意分野に引き込まなくてはな」

「そうですね」


エドワールが頷く。

だからこそ彼は兄との勝負を剣術に持ち込んだのだ。

その勝負に持ち込まれた時点で兄の敗北は決まっていたのだ。


でもそうすると、エドワールはこの勝負に絶対に勝ちたかったということで、それはつまり……


かぁっと頬に熱がのぼり、ミシュリーヌは慌てて頬を押さえた。

兄とエドワールの会話は続いている。


「お前はアンの時に言わなかったのか?」

「……できると思いますか?」

「……無理だな」


ミシュリーヌはアンリエッタの婚約の経緯(けいい)を知らない。

だが兄は何か知っているのかもしれない。

そこへ幼い子供特有の甲高い声が割って入った。


「兄上、あの男と決闘する時は僕に()らせて」


……何か物騒な言葉に聞こえたが気のせいだろう。うん、ルイならあり得るが、気のせいということにしておこう。


「そんな機会はないから物騒なことを考えるのはよしなさい」


エドワールが(たしな)める。

ぷくっとルイが頬を膨らませる。

こういうところはまだ子供だ。


「でも、姉上が泣かされたら、いいよね?」

「ああ、勿論」


即答だった。


「えっと、大丈夫だと思うわ」


アンリエッタが控えめに止める。

ミシュリーヌもアンリエッタの婚約者には何度か会ったことがあるが、とにかくアンリエッタにベタ惚れだった。

アンリエッタが泣かされることはないだろう。


「姉上、泣かされたらちゃんと僕に言ってね」


きゅっとアンリエッタの手を握ってルイが訴える。

アンリエッタは困った顔で微笑(わら)っている。

だが頷かない。

頷くとまずいことはわかっているのだろう。


「姉上!」とアンリエッタの手を揺らすルイの姿からそっと視線を()らした。

逸らした先にはお互いの両親の姿があった。


「これで本当の身内になれるな」


父が嬉しそうに言えば、


「ああ。アンの婚約者のことも知られているし、身内であれば心強い」


エドワールたちの父親も嬉しそうに言った。


暗黒時代と呼ばれる時代があったので、婚約者がどこの家の者かというのは伏せられるのが一般的だ。

だがアンリエッタの婚約者のことはサルマン家の者は知っているのだ。

勿論、他家に知られてはいけないというわけではない。

信頼している他家の者に話すことはどこの家でもやっていることだ。


その隣では母親同士が楽しそうにお喋りしている。

耳を澄ませてみると気も早く、結婚式の話をしている。


「アンとミシュリーといっそのこと合同結婚式とか素敵よね」

「素敵でしょうけど、さすがに無理でしょうね」

「そうよね。さすがに無理よね……。でもアンとミシュリーの花嫁姿は楽しみね」

「ええ、楽しみね。気合いを入れて準備しないと」


誰も母親たちを止める人間がいない。

ミシュリーヌもアンリエッタもまだ八歳だ。花嫁衣装を着るのは当分先だ。

呆れて母親たちからも視線を逸らした。


「ミシュリーヌ」


いつの間にかエドワールが隣に来ていた。

彼の顔を見上げる。


「それでミシュリーヌ、返事を聞かせてもらえるかい?」


そういえばまだ返事をしていなかった。

答えはもう決まっている。

家族に流されたわけではない。

ミシュリーヌの意志だ。



「ええ、もちろん。喜んで」



満面の笑みを浮かべてミシュリーヌは告げた。




読んでいただき、ありがとうございました。


これからもよろしくお願いいたします。

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