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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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20.困っているのを見捨てられませんでした。

図書館で勉強していたアンリエッタは、次の授業に向かうために席を立った。

何があるかわからないので少し早めだ。


使っていた本を本棚に戻した。

棚からはたくさんの本が抜き取られており、それだけの本を使って今勉強している者たちがいるということだ。


全ての本を戻し終えて書棚の並んでいる場所から出ようしたところでベルジュ伯爵令嬢を見つけた。

書棚の前に立って本を出してぱらぱらと中身を確認しては戻しを繰り返している。

どうやら目的の内容の本が見つからなくて困っているようだ。


ベルジュ伯爵令嬢とは特に接点はないことになっている。

それに彼女は"東"だ。

関わらないほうがお互いのためだ。


見なかったことにする。


そう決めて視線を()らそうとした時、何の因果かベルジュ伯爵令嬢と目が合った。

そんなに見つめていたつもりはなかったが視線がうるさかったのだろうか。


どのみち関わりがないことには変わらない。

そのまま何事もなかったように視線を(はず)そうとした。


「あ……」


たぶん無意識に()れたものだろう。

そこに一片の(すが)るような響きを感じ取ってしまい、アンリエッタは無視できなくなってしまった。

心の中で盛大に溜め息をつきながら彼女に歩み寄る。


「ごきげんよう。ベルジュ伯爵令嬢、でしたかしら?」

「あ、えっと、はい」


ベルジュ伯爵令嬢は明らかに戸惑っていた。

無理もない。

目は合ったがまさか話しかけてくるとは思っていなかっただろう。


「何かお困りなのか、と思いまして」

「あ、実は資料が見つからなくて、困っていて……」


驚いていてまだ頭がうまく回らないのだろう。素直に口にしている。


「何の教科ですか?」

「王国史の、暗黒時代の国内状況と周辺国との関係でレポートを書かなくてはならなくて……」


アンリエッタは一つ頷く。

あの教師は事前にレポートを提出させ、試験時間にレポート内容についての口頭試問をするのだ。口頭試問については一人、五分から十分と短いものだが、きちんと理解できていないと答えられない質問をされるので油断できない。


しかし、試験期間まであと一週間ほどだが間に合うのだろうか?

いや、だからこそ(あせ)っているのだろう。


「王国史は去年取ったので力になれます。お手伝いしましょうか?」

「お願いします!」


本当に困っていたのだろう。即答だった。


「……自分で言うのもどうかと思いますが、貴女"東"ですよね? わたくしは教えるのは構いませんが、貴女は大丈夫なのですか?」


一瞬(ひる)んだベルジュ伯爵令嬢だったが、すぐに


「構いません」


相当追い詰められているようだ。


「わかりました。迷惑をかけると可哀想ですので、本の場所と参考になる本をいくつか紹介するだけにしますね」

「それで構いません。ありがとうございます」

「では、こちらへ。そもそも探している棚が違います」

「えっ!?」


王国史は確かにその辺りなのだが、暗黒時代の本は別の一角にあるのだ。

いくらここを探しても必要な資料はほぼ見つからないだろう。暗黒時代のことについてはほんの数行書いてあるものばかりのはずだ。


次の授業もあるのでのんびりはしていられない。

アンリエッタが歩き出すとベルジュ伯爵令嬢は慌ててついてきた。


「こちらです。この辺りが暗黒時代の本ですね」


ざっと書棚に視線をやる。

何冊かは抜けているから誰かが使っているのだろう。


「外交ならこれとかこれがわかりやすいですわ。国内の動きはこれやこれですね。それと、こちらはとある貴族の日記ですが、その当時の貴族たちの動きが詳細に書かれているので意外と面白くて参考になります。あとは書く内容に合わせてご自分で参考になる本を見つけたらいいでしょう」

「は、はい。ありがとうございます。読んでみます」


ベルジュ伯爵令嬢は慌てた様子でアンリエッタが言った本を抜き出す。


「慌てなくても本は逃げません。……席まで運ぶのを手伝いましょう」

「ありがとうございます」


二冊だけ本を引き受ける。


「席はどちらですか?」

「こちらです」


ベルジュ伯爵令嬢の隣を歩きながら、お節介かと思ったがもう一つだけ助言する。


「場所がわからなければ司書に訊いたほうが早いですよ。場所くらいでしたら教えてくれますし、参考になる資料などは具体的には教えてはくれませんが、資料選びの助言くらいはしてくれますから」


貴族の日記はアンリエッタも司書に教えてもらったものだ。

直接的にはレポートには関係ないものだったが、貴族の動きなど大変参考になった。何より面白くてつい読み(ふけ)ってしまったほどだ。


「……次はそうします」

「それがよろしいかと」


あとは無言で歩を進める。

ベルジュ伯爵令嬢が使っている机の付近には奇跡的に誰もいなかった。

この時期に誰も使っていないということはないだろうから、次の授業のために早めに席を立ったか、一時的に離席しているのだろう。

アンリエッタにとってもベルジュ伯爵令嬢にとっても幸運だった。


机の上に本を置く。

それではこれで、と言って立ち去ろうとした時、図書館に似つかわしくない大きい足音が聞こえてきた。

思わず視線を向けると第一王子がいた。後ろにはヴァーグ侯爵令息の姿もある。


アンリエッタがベルジュ伯爵令嬢と一緒にいるのを見かけて思わず寄ってきたというところか。


「アンリエッタ、……"東"の令嬢と一緒だが、その、大丈夫か?」


その"大丈夫か"は明らかにアンリエッタではなくベルジュ伯爵令嬢に向けられていた。

もう少しきちんと取り(つくろ)ってもらいたい。

アンリエッタは別にベルジュ伯爵令嬢をいじめていないし、そのつもりもない。


アンリエッタはカーテシーをする。

ベルジュ伯爵令嬢も慌てた様子でカーテシーをして頭を下げる。

声をかけられたのがアンリエッタなのでベルジュ伯爵令嬢は顔を上げることも声を発することもできない。


「大丈夫ですわ。少し彼女を手伝っただけですので」

「そうなのか? ああ、君も、顔を上げるといい。発言も許す」


ベルジュ伯爵令嬢が顔を上げる。

第一王子とベルジュ伯爵令嬢の視線が絡む。


二人の瞳が本当に嬉しそうに幸せそうに緩む。


本当に久しぶりに会ったようだ。

見つめ合ったまま第一王子が口を開く。


「……君は?」

「お初に、お目にかかります、殿下。ベルジュ伯爵が娘、リリアンと申します」

「そうか。……ベルジュ伯爵令嬢、アンリエッタが言っていたことは本当か?」


さすがに名前呼びはしなかった。初対面ならそれが普通なのだ。初対面時から名前呼びしているアンリエッタへの対応のほうがおかしいのだ。

まあさすがに、人の目があるこの場所でそんな愚は犯さなかっただけかもしれないが。

そこまで愚かではないだろう、さすがに。そこまで愚かだと困る。


「はい、本当でございます。私が目的の本が見つからなくて困っていましたら、偶然通りかかった彼女が本の場所と参考になる資料を教えてくれたばかりか、運ぶのを手伝ってくださったのです」

「……そうか。アンリエッタは、優しいな」

「ええ、そう思います」


さて、誤解も解けたしもういいだろう。

そろそろ次の授業に向かわなければならない。

たとえ久しぶりに話したのだとしてもアンリエッタには関係ない。協力する義務はない。


「御歓談のところ申し訳ありません。次の授業がありますのでわたくしは失礼させていただきますね」

「ああ」

「あ、ありがとうございました」

第一王子にはカーテシーをし、ベルジュ伯爵令嬢には小さく微笑(わら)いかけ、一応ヴァーグ侯爵令息には目礼をし、その場を後にした。






「待ってください!」


図書館を出て歩いていると、後ろからベルジュ伯爵令嬢の声が聞こえた。

立ち止まって振り返る。

彼女はすぐに追いついてきた。


「あの、これ、落としませんでしたか?」


ベルジュ伯爵令嬢が差し出してきたのは見覚えのある栞だった。

手に抱えていた教科書をぱらぱらとめくる。

ない。

どうやら次の授業で使うからと(かか)えていたのが(あだ)となったらしい。


「ありがとうございます。どうやら落としてしまっていたようです」

「よかった」


ほっとしたようにベルジュ伯爵令嬢は微笑(わら)う。

邪気のない微笑みだった。

こういうところに第一王子は惹かれたのかもしれない。


そんなことを考えながら栞を受け取る。


「ありがとうございます。助かりました」


本当に。

この栞は気に入っているものの一つだし、ファレーズ侯爵令嬢の言っていた通り、悪用される可能性だってあるのだ。


"東"である彼女はそれを考えなかったのだろうか?

……様子を見た限りは思いつきもしなかったのだろう。


「いえ。それじゃあ」


ベルジュ伯爵令嬢は図書館に戻っていく。

アンリエッタは見送ることなく背を向けて歩き出した。



いつも読んでいただき、ありがとうございます。


投稿を初めて明日で一年になります。

お話もゆっくりペースでごめんなさい。

予定ではもう少し進んでいるはずでした。

投稿一周年を記念(?)して、明日SSを投稿します。

本編には直接関係ない、幼い頃の話です。

よかったらご覧くださいませ。

これからもよろしくお願いいたします。


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